惚れ薬
活動報告にあった小話を引っ越しました。
時系列としては、第一部終了後あたりでしょうか。
みんなが出てきてわちゃわちゃします。
基本はエリザベス視点、最後だけちょこっとリリア視点です。
「惚れ薬」
「ごめん、ほんとごめん、バートン」
王都の一角――第四師団の詰所にて、目の前の先輩が両手を合わせ、私に頭を下げていた。
運んでいた押収物の一部を、彼が躓いた拍子に私にぶちまけてしまったのだ。
その押収物というのが、「惚れ薬」なる代物だった。
惚れ薬というくらいだから、薬を飲んだ相手を惚れさせることが出来る薬――かと思いきや、薬を使った者は目が合った相手を惚れさせる力を手に入れることが出来る、という代物らしい。
逆じゃないのか? 目が合った相手を全員惚れさせていたらきりがないと思うのだが。
違法すれすれの薬物で法外な値段で取引されていたというが、効果の程も眉唾ものである。
特に痛いわけでも沁みるわけでもない。
タオルで拭いたらほとんど乾いたし、そんなに謝ってもらう必要はないと思うのだが。
「さっきからどこを向いているんですか」
「いやだって目合わせたら終わるだろ」
先輩はあらぬ方向に視線を固定していた。
頭を下げているときはまだしも、顔を上げてそれは謝罪する人間の態度としてどうかと思う。
「男に惚れたとか噂になったら婚期が遠のく」
「もとからたいして近くにはありませんよ」
「うるさいなぁ!!」
私の言葉に先輩が地団駄を踏んだ。事実なのだから仕方がない。
同じ部屋の中にいる第4師団の師団長と副団長に目を向ける。
先輩と違って、2人はきちんと私の方を向いていた。だが特に変わった様子は見受けられない。
師団長にも副師団長にも効果がないようだし、やはり眉唾なんじゃないのか。
「ボクは奥さん以外は有象無象に見えてるからねぇ」
「ガキは射程範囲外だ」
そう思って眺めていると、2人それぞれにすっぱり言い切られた。そういうものなのだろうか。
あと師団長の部下を有象無象だと思っているような言い方はそれはそれで問題な気がする。コンプライアンス的に。
いや、女性としては、という意味だとは思うが。
「もういいから、今日は大人しく帰れ。街で女の群れにもみくちゃにされたくないだろ」
「……そうします」
ヌーの大移動のごとく押し寄せる町娘(年齢問わず)の集団を想像し、いつぞやの卒業式を思い出してそら恐ろしくなった。
射程範囲の話をするなら、ご令嬢ウケを重視した私は多くの女性のそれに収まっていることだろう。
混乱を避けるためにも、人目を避けてさっさと家にこもった方がよさそうだ。
指示通り早退することにして、詰所を後にする。
「隊長!」
「ロベルト」
詰所を出たところで、こちらに駆けてきたロベルトと目が合った。
そして目を見た後で、思い出す。しまった、惚れ薬。
「今日はもう上がりですか?」
「ああ。お前は今からか?」
「はいっ!」
ロベルトがいつものキラキラを飛ばして頷く。
特段いつもと変わらない、普段どおりのロベルトだ。
惚れ薬とやらの効果が出ているようにはまったく見えず、私は内心首を傾げる。
だがいきなり「私に惚れたか?」と聞くのも妙な話なので、世間話を装って質問してみることにした。
「ロベルト。妙なことを聞くけど」
「? はい」
「私を見て、何か感じたか?」
「はっ! お会いできて嬉しいと思いました!」
ロベルトが元気よく返事をした。
何だ、いつもと変わらないじゃないか。
やはり惚れ薬だなんだといっておいて、たいした効果はないらしい。
これなら安心だ。往来を歩いて帰るぐらいは問題なかろう。
「次に隊長と同じシフトになるのが楽しみです」
「ああ、そうだな」
ロベルトの言葉に適当に返事をして、私は普段通りに帰路についた。
◇ ◇ ◇
家に向かって大通りを歩いていると、見慣れた眼鏡の男を発見する。
「やぁ、アイザック」
「バートンか」
「どうしたんだ、こんなところで」
「探していた古書が入荷したという連絡があってな」
「ふぅん」
アイザックが出てきた古書店を覗き込む。
わざわざ来なくても、家まで届けてもらえばいいだろうに……まぁ、散歩がてらぶらつきたい気分だったのだろう。
「今日は警邏か?」
「うん。でももう終わって帰るところ」
「……乗っていくか?」
「サンキュ、お言葉に甘えるよ」
近くに控えていた伯爵家の馬車に乗り込む。
まだ女の子とは対面していないので、万が一惚れ薬に効果があったとしたら、どうなるか分からない。ショートカットできるなら好都合だ。
馬車に向かい合って座る。
先ほどから何度も目が合っているが、アイザックの様子にも特に変わったところはない。
これなら警邏のバイトをしても問題なかったのではないだろうか。まぁ、大事を取って、と言うことなのだろうが。
取り留めもない話をしながら馬車に揺られる。公爵家は王都の中心街からほど近い。あっという間に公爵家に到着した。
ふと、窓の外に王家の馬車を見つける。
そういえば今日は、お兄様に用事があって王太子殿下が訪ねて来るとか、そんな話を聞いたような。
「助かったよ、アイザック」
「いや。僕も……話せてよかった」
簡単なお礼と別れの挨拶を済ませて、我が家の門をくぐる。
ちょうど家にいたらしいクリストファーが迎えに出てきた。
「姉上、お帰りなさい」
「ああ、ただいま、クリストファー」
「早かったんですね」
「うん。ちょっと事情があって」
首の後ろに手をやりながら、答える。
惚れ薬だなんだと話したら必要以上に心配される気がするので、とりあえずは黙っておこう。
今のところ効果はないようだし、問題ないはずだ。
クリストファーは余所行きの服を着ておめかししていた。どこかに出かける予定だったらしい。
それで玄関で鉢合わせたわけだ。
道を譲ろうとすると、クリストファーが私のジャケットの袖を引っ張った。
うるうると潤んだ大きな瞳で、遠慮がちに見上げられる。いつ見てもたいへん愛らしい。
「あとで一緒にお茶しましょう」
「いいけれど。君、出かけるんじゃないのか?」
「別に今日じゃなくてもいい用事ですから」
ふむ。
確か今日はお兄様も殿下の来訪以外に予定はなかったはずだ。
クリストファーもなかなかブラコンでシスコンである。久しぶりに3人でゆっくり話したいということだろう。
「じゃあ殿下が帰ったら、お兄様と3人でお菓子でも食べようか」
「はい」
私の言葉に、クリストファーは嬉しそうにはにかんだ。
騎士団の制服から着替えて自室を出ると、階下にお兄様と連れ立って歩く殿下の姿を見つけた。
一瞬気づかなかったふりをしようか迷ったが、礼儀として一応挨拶くらいはしたほうがいいだろう。
階段を降りながら声を掛ける。
「殿下。お帰りですか」
「ああ、リジー」
殿下が立ち止まってこちらを振り向き、またいつもの王太子スマイルを浮かべた。
礼を執ろうとしたところで、手を振って制される。まぁ、しなくていいのなら私はそれで構わない。
彼は私の顔を見上げると、軽く首を傾げてこちらを覗き込む。
「残念ながらね。きみが戻ってくると知っていたら、もう少し長居したのだけど」
「はは」
殿下の社交辞令を笑って躱す。
王族の長居など誰も歓迎しないだろう。早急にお帰り頂いて、どうぞ。
「また今度、王城でね」
にこりと微笑まれて、私も貼り付けた笑顔で曖昧に応対しておいた。
それは私にとって「今度呼びつけるね」という宣言である。
私にも都合というものがあるし、これで結構忙しい。
出来れば呼びつけないでいただきたい。
きっぱりお断り申し上げられないのが貴族のつらいところではあるが。
殿下を見送り、侍女長にお茶の用意を頼んで自室に戻ると、執事見習いが私の部屋の水差しを取り換えているところだった。
ふと顔を上げた執事見習いと目が合う。
彼が突然、手に持っていた水差しを取り落とした。
幸い割れるようなことはなかったが……毛足の長い絨毯に、こぼれた水が浸み込んでいく。
「え、りざべす、さま」
「ん?」
呼ばれて、異変に気付く。
執事見習いの顔が赤い。
それにどこか目つきがとろんとしていて、焦点が合っていないような感じがする。
まるで熱に浮かされたようだった。
先ほど部屋に入ったときにはそんな表情ではなかったはずで、頭の中に疑問符が浮かぶ。
本人も事情が呑み込めていない様子で、ふるふると頭を振って額を押さえた。
「あ、あれ? 何だろ、……オレ、おかしいですね? エリザベス様が……何ていうか、すごく、可愛く見えるんすけど」
「え」
目を瞬いた。
それは、確かにおかしい。
目を白黒させている彼の肩を軽く叩く。
「どうした、気をしっかり持て」
「いや、オレもこんなのおかしいって、思うんすけど、え? ヤバい、何だこれ」
執事見習いは混乱した様子で、私を見ては視線を外す、そしてまたこちらを見る、という行為を何度も繰り返していた。
そこでふと思い出した。
そうだ、惚れ薬。もしかして……その効果か?!
「絶対そんなことあるはずがないのに、エリザベス様が、すごく美人で、可愛い女の子みたいな気がして、動悸が」
「そんなわけあるか」
「何か心なしかおっぱいもデカく見えます!」
「それはどう考えてもおかしい!」
さらしで潰している胸が大きく見えたのだとしたら完全に幻覚症状である。
惚れ薬とか謳っているが、幻覚を見せるとしたらそれはもうヤバい薬以外の何物でもない。違法すれすれどころかど真ん中だ。
私も執事見習いも半ば狂乱状態になりながら大慌てで侍女長を呼び、彼を回収してもらってその場は事なきを得た。
……が、惚れ薬のことを黙っていた私は、もちろん侍女長から厳しいお叱りを受けたのだった。
ちなみに効果は3回シャワーを浴びたら消えてなくなった。
惚れ薬が外用薬とか、どう考えてもおかしいだろう。いくら眉唾薬物とはいえ、せめて内服薬にしていただきたいものだ。
◇ ◇ ◇
「……ってことがあって。結局執事見習いにしか効かなかったんだ」
「………………」
「君の魅了みたいに、ネームドキャラには効きにくいとかそういうのがあったのかな」
あっけらかんと言うエリ様。
対するわたしは絶句でした。
お昼休みにご飯を食べながら、まるで何てことない話のように語られたその一部始終に、わたしは思わずフォークを置きます。
あの。ええと。
ツッコミどころしか、ないんですけど????
まず何でお休みの日にそんなに攻略対象たちとエンカウントするんですか?
絶対あの人たちエリ様がいそうなところを狙ってウロウロしてますよね??
わたしもエリ様に会いたいんですけど??
ずるい、うらやましい。
違う、ええと。一番大きいツッコミどころはそこではありません。
すうはあと息をついて、咳払いをして。
それからエリ様に尋ねました。
「あ、あの、エリ様」
「ん?」
「か、仮に、仮になんですけど。もし惚れ薬の効果がある状態でわたしと会ってたら……どうなってたと思います?」
「そんなもの」
わたしの質問に、エリ様が何を当たり前のことを聞くのか、と言いたげな声音で答えます。
「いつも通りに決まってるだろ。君、元から私のことが好きなんだから」





