IF後日談 Side:ロベルト
みなさま、たいへんお待たせいたしました!
IF後日談をお届けいたします。
時系列は偽物編終了後、リチャードたちが国に帰ったあとです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、それぞれ世界線はバラバラです。その点お含みおきください。
今回はロベルトの後日談です。
訓練場に立ち寄ると、何やら城に繋がる門の前で突っ立っているロベルトの後ろ姿が視界に入った。
かなり遠くにいるのに何故気づいたかといえば、明らかに殺気を迸らせているからだ。
明らかに戦闘を避けられないタイプのエネミーの立ち方をしている。
何やってるんだ、あいつ。
怪訝に思いながらも、特にロベルトに用事はないのでそのまま教官小屋に向かった。
洗濯から帰ってきた制服を引き取って、教官たちと一言二言雑談する。
そのついでに、先ほどのロベルトについて尋ねてみることにした。
「そういえば、表に立ってたロベルト、あれ何ですか?」
「辻ロベルトだ」
「辻ロベルト……?」
聞き慣れない単語だ。
察するに辻斬りとかと同じ類の「辻」なのだろうが、立っている場所は辻ではなく、完全にゲートキーパーの位置だった。
「ああやって通りかかるやつに見境なく勝負挑んでるんだよ」
「何でそんな」
「何でって……」
グリード教官がやけに苦々しげに答えた。
どうしてそんな答え方をするのかと顔を向けると、教官たちがみんなして険しい顔で私を睨んでいた。
何だ、その顔。
「隊長、見損なったぜ」
「何が」
「いつかロベルトと2人でうちの訓練場を背負って立つんだと思ってたのによ」
グリード教官が拗ねたように口を尖らせながら頬杖をつく。
そんな約束をした覚えはないので、勝手に思われても困る。
だいたいこの前の天下一武道会で私の就職先を散々争った挙句、結局まともに決まらなかったじゃないか。
グリード教官の言葉を皮切りに、他の教官たちも口々に言う。
「まさか他所の国の男と結婚なんて」
「俺たちのこと置いてくなんてひでぇよなぁ」
「連れてってくれたりしないわけ?」
「あの」
矢継ぎ早に投げかけられる教官たちの話を遮って、そして嘆息した。
やれやれ、まだそこで話が止まっているのか。リチャードが帰ってから何日経ったと思っているのだろう。どれだけ世情に疎いやら。
肩を竦めながら、呆れ半分で訂正する。
「しませんよ、結婚」
「は?」
教官たちが揃ってぽかんと口を開け放した。
かくかくしかじか事情を説明してやると、驚愕や唖然といった色が強かった皆の顔が、どんどん「はぁ????」という力の抜けたものに変わっていった。
やがて、額を抑えてため息をつく。
「はぁ〜〜〜〜〜」
さすがにクソデカため息過ぎないか。
しばらくみんなして頭を抱えていたが、グリード教官が一足早く立ち上がり、そしてずんずんとこちらに歩いてきた。
「おら、早く行け! ロベルトに謝れ!」
「え。何でですか」
「何でもだよ!!!!」
ぐいぐいと私の背中を押して小屋の出口の方へと追い立てる。
今にも蹴り飛ばさん勢いで追い出された。
珍しく本気で怒った様子だったが……はて、何を謝れと言うのだろうか。
……まぁ、よく分からないが、一応声を掛けていくか。
制服を小脇に抱えて、ロベルトに歩み寄る。
集中している様子だったロベルトが、こちらに気づいて顔を上げた。
こいつもこいつでものすごい顔をしている。修行僧のような思い詰めた顔だ。それは殺気も出るわけである。
「ロベルト」
「隊長、……」
声をかけると、ロベルトが掠れた声で私を呼ぶ。
ゆらりと歩み寄る姿がやけに鬼気迫っていて、気軽に挨拶をしようと思っていたのを引っ込めた。
ロベルトが私を見下ろしながら、言う。
「いつ、まで、ですか?」
「何が?」
「いつまで、この国に、」
「別に決めてないけど」
ロベルトの言葉に、首を捻る。
はて。
いつまで、とは。
そこではたと気づいた。
グリード教官はまだ、偽物騒動の真相を知らなかったのだ。ということは、ロベルトが知らない可能性もある。
……あっていいのか?
こいつ、がっかりとはいえ第二王子なのに。殿下から聞いていないのだろうか。
「ずっといると思うぞ」
「…………え?」
念押ししてみれば、ぽかんと間抜け面が返ってきた。
どうやら本当に知らなかったらしい。どれだけ貴族社会に興味がないんだ、こいつ。
どこか憔悴した様子のロベルトにも分かるように、懇切丁寧に説明してやる。
「婚約がどうとか、あれ全部嘘だから」
「う、うそ?」
「ああ」
「なぜそんな」
「北の国の姫様と王子様に穏便にお帰りいただきたくて」
そう答えた途端、ロベルトがその場に崩れ落ちた。
ぎょっとしたのも束の間、彼が長い息をついているのが聞こえて、やれやれと苦笑する。
いかにも安堵した、と言わんばかりだったからだ。
「よ、よかった、……」
「やれやれ。お前本当に私のこと、」
好きだな。
そう言おうとしたところで、気がついた。
確か天下一武道会でもそんな話をして、あの時ロベルトは、確か……
そして、リチャードの台詞。
王族はやめとけ、とか、何とか。
…………え?
いや、だがそんな、まさか。
「隊長? どうかされましたか?」
「何でも、ない」
顔を覗き込まれて、咄嗟に誤魔化した。
尊敬されてはいる。懐かれてもいる。
だがそれは、師弟関係に基づくもののはずで。
そういうのじゃない、はずだ。
ちらりと彼の様子を窺いながら、名前を呼ぶ。
「……ロベルト?」
「はいっ!」
ロベルトが元気よく返事をした。
彼の瞳から放たれたキラキラが、私の顔面にこれでもかと降り注いでいる。
このキラキラに、いわゆる好きとか愛とかのあれが、含まれているのか、いないのか。
……分からない。
リチャードのそれに気づかなかった私が、他の人間のそれを正しく判断できているのか。
まったくもって、自信がない。
今までの常識が、がらがらと音を立てて崩れ去っていくような気分だ。
相手を愛おしいと思う時、人はどんな顔をするのか、行動をするのか。
自分がリリアに向けてきたそれを思い返す。
まるで愛おしいものを見るように、やさしく目を細めて。
話をするときは、じっと相手を見つめて、頷いて、出来るだけ楽しげに見えるように。
相手の言葉を肯定して、受け止めて。些細なことでも褒めて、大切だと伝えて。
困っていたら手を差し伸べて、危険が迫っていたら守って。
目の前の男を見る。
幸せそうに細められた瞳、紅潮した頬。
まっすぐに、私に向けられた視線。
ヨウから私を遠ざけようと抱き上げたこともあった。
私になら殺されてもいいとか宣ったこともあった。
意識が戻らない私に三日三晩ずっと付き添って、手を握っていたこともあった。
こうして一つ一つの出来事を切り出してみると、何となく「そう」であっても、おかしくないのではと思えてくる。
いや、だが、しかし。
ロベルトだぞ?
私との婚約解消を快諾したはずで、だからそれは、結婚とかそういうあれそれの感情ではない、はずで。
瞳を見つめたままで硬直している私に、ロベルトが小首を傾げている。
確かめるのは簡単だ。
お前、私のことが好きなのか?
一言、そう聞いてみれば済む話だ。
だが……それでどんな答えが、返ってくるのか。
また前のような反応をされたら。
いや、もっと決定的なことを言われてしまったら。
そのとき、私はどうすればいいのか。
それがどうにもイメージできず、私はゆるゆると首を振った。
「………………何でもない」
「??」
ロベルトは終始、きょとんとした顔で首を捻っていた。
しかしすぐに気を取り直して、いつもの様子で楽しそうに言う。
「隊長、今日も手合わせしてください!」
「あー……ええと」
キラキラした目で見つめられるが、今日はちょっと遠慮しておきたい気分だった。
余計なことに気が散りそうで、集中できない、気がする。
だがロベルトがリードを咥えてきて散歩に誘う犬のように周りをうろちょろしているので、手合わせを断ったところで集中できないだろうことは明らかだった。
「……分かった」
結局根負けしてそう答えると、ロベルトは嬉しそうに飛び跳ねながら模造剣を持ってきた。本当に犬みたいだな、お前。
その顔を見て、少々気が抜けた。
まぁ、いいか。私が怖気付いていると思われたら癪だしな。
互いに一礼して、剣を構える。
呼吸を合図に、手合わせを開始した。
相変わらず重たいロベルトの太刀筋を受け止めながら、ぼんやりと考える。
そうだ。私と違ってまともな騎士道精神とやらを学んでいるロベルトなら、好きな女を気軽に抱き上げたり、寝室に付き添ったりしないだろう。
つまりあれは私のことを同性の師匠か同僚と思っているからこそできたことであって、今こうして手合わせをしているのだって、その証拠のようなものだろう。
ロベルトが蹴りを放ってきた。それを左腕で受けるが、骨がみしりと音を立てる。
好きな女にこんな蹴りを放ってくる男がいてたまるか。
前にリリアに聞いた話では、魔女騒動の時も容赦なく顔面パンチを狙いに来ていたらしい。
もちろんそうでもしなければ勝てない、というか一歩間違えば死ぬと踏んでの行動なのだろうが……乙女ゲームの攻略対象的には普通にアウトな行動だ。
そんなことを考えながら、振り下ろされたロベルトの剣を再び受け流そうとした。
のだが。
思考に気を取られて、行動が半拍、遅れた。
インパクトのタイミングには間に合うが、剣の角度が甘い。
剣戟の最中、甲高い音がして……私の剣が、吹き飛んだ。
後ろに飛び退こうとするが、ロベルトはその機を逃さなかった。
振り下ろす動作から、返す刀で、最小限の動きで。
――私の眼前に突きつけられた剣先に、軽く両手をあげて「降参」を示す。
やれやれ、完全に気が散っていた。
だが、負けは負けだな。まだまだ修行が足りない。
「お前の勝ちだ、ロベルト」
「え、」
私の言葉に、ロベルトは唖然とした顔をしていた。剣を持った腕を下ろすと、そのまま模造剣を地面に落っことす。
まるで、自分が勝てるなんて思っていなかったと言う顔だ。
まぁ、私も負けるとは思っていなかったしな。
妙なことを考えているからこうなるのだ。だいたい何度考えてみたって「そう」でない状況証拠がこんなにも思いつくのである。
何も「そう」と決まったわけではないのだから、もしもを考えてどうしようかと悩んでいたって仕方がないだろう。
ロベルトが口を開けっぱなしにしていたのは一瞬のことで、彼はきゅっと唇を引き結ぶと、やけに真面目くさった顔をして、こちらに一歩近づいてきた。
「隊長、あの、俺」
ロベルトが私の手を取る。
ん?
手を、取る?
何故、今、私の手を取る?
いや、前だってハグしてきたし、というかそのくらい日常茶飯事で。
そういえば前に、ハグしてきた時、こいつ。
ちらりとロベルトの表情を窺う。
頬を赤く上気させて……そして、まっすぐに、私を見つめていた。
いや、待て。
ちょっと待て。
何だ、その顔。
そんなわけ。
そんなわけ、……ないよな?
「貴女に勝てたら、伝えたかったことがあるんです」





