25.一番素敵な殿方
「エリザベス。出し惜しみはだめよ」
姫巫女様がやれやれと呆れたように言った。
「一番素敵な殿方を飛ばしてるじゃない」
言われて、はて誰のことだろうと首を捻った。
自慢ではないがさほど友人が多くない。他に紹介できるのは騎士団や訓練場の知り合いくらいではないか。
レイは年齢的にも対象外だろうし、先生やヨウは姫巫女様のお眼鏡にかなう身分ではない。フランクには婚約者がいるし、グリード教官には別居中の妻子がいる。
そこまで考えて、ポンと手を打った。
「ああ、うちの弟? 確かにクリストファーはオススメできるけど」
「違う違う」
姫巫女様がにっこり笑って、上目遣いで私を見上げた。
可憐な姫巫女様の上目遣いは、男であれば誰でも言うことを聞いてあげたくなるような、そんな魅力がある。
「お兄様♡ 紹介して♡」
「は?」
は?
は???????
「公爵家嫡男。しかも皆が口を揃えて誉めそやす人望の公爵様。これ以上の優良物件はないはずよ」
「ダメ」
「さっき少しご挨拶した時も感じが良かったし。ね? お願い」
「やだ」
脊髄反射で即答した。
何を言い出すかと思えば、寝言は寝て言ってほしい。
思わず素で反応してしまったが、ごほんと咳払いをして気を取り直す。
そしてやれやれと言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「お兄様は確かに人格者で素晴らしい人だけど。でも、ほら。君のタイプじゃないだろ?」
「あら。北の国は厳しいところだって言ったでしょ? ふくよかな殿方の方がモテるのよ」
姫巫女様が意味深にウインクを投げてきた。
え?
……マジで?
マジで言ってる????
そういえば前世でも、とある地域ではふくよかな男性は裕福さの象徴としてモテるとか、聞いたことがある……ような。
お兄様が優良物件なのは言わずもがなだが、姫巫女様だって相当の優良物件だ。それこそ、私が断る文句を探すのに困ってしまうくらいには。
ちょっと厨二なくらいはチャームポイントにしかならない。
珍獣系お騒が聖女と腐女子王女を見た後ではスイカに塩程度のインパクトだ。むしろ良さが引き立ってしまうかもしれない。
いや、しかし、お兄様の気持ちが一番大切なのであって、姫巫女様がどう思っているかは私にとって、さほど重要ではない。
「……お兄様には、ちゃんとお兄様のことを打算とか政略でなく大切にして愛してくれて、美しくて賢くて身分も釣り合いが取れるくらいに高くて、優しく思いやりがあり三歩下がって着いてきながらも、いざというときにはお兄様を支えて家を守れる強さを持っていて」
「私、当てはまってる」
「年齢18歳から25歳くらいまでの健康な働き者でヒールを履いてもお兄様を超えないくらいの身長で、時折見せる笑顔が少女のような愛らしさがあって、貞淑で清楚で花のように可憐で身分を鼻にかけず領民を心から愛し使用人にも分け隔てなく接し義両親とも私やクリストファーともうまくやれて、私がちょっと色目を使ったくらいでは靡かない」
「私のことね!」
「ダンスが上手でドレスが似合って社交性があって、話術が巧みでありながら他人の悪口を言わず、ご飯をおいしそうに食べて甘いお菓子が好きでお酒も少々嗜まれて、時々冗談を言ったりもするけれど基本的に理知的で論理的に物事を俯瞰して見る目を持っていて、膨大な知識量と経験に基づく判断をすることのできる自立した女性でないと」
「他己紹介ありがとう!」
姫巫女様の自己肯定感がカンストしていた。
そしてさほど間違っていないところが恐ろしい。
身分や性格は言わずもがな、リリアよりは限定的な力ではあるが聖女である。
今までお兄様に言い寄るご令嬢は私が微笑んでやるとあっという間に靡いていたというのに……この話をしてなお自信満々の相手とは初めて対峙する。
反論の言葉を探す私の顔を見て、姫巫女様が唇を尖らせる。
「エリザベスだって、得体の知れない人がお嫁に来るよりいいでしょう?」
「知り合いが義姉になるのも嫌だよ」
普通に嫌だよ。
それを素直に言葉に出すと、今度は姫巫女様が私の真似をして、わざとらしく肩を竦めた。
「知り合いも嫌、知らない人も嫌。そんな我儘言ったらお兄様も困っちゃうわよ」
「ぐ」
「だいたいそれって、寂しいから結婚してほしくないだけじゃない」
「うぐ」
「エリザベス様。こちらにおいでだったのですね」
姫巫女様に正論パンチを食らいながら喧喧諤諤やっていると、何やら不思議そうな顔をした侍女長が駆け寄って来た。
客人と話しているところに声を掛けてくるということは、急用だろうか。
そう思って向き直ると、侍女長がこちらに礼をした。
「お話し中に申し訳ございません」
「大丈夫。それよりどうかした?」
「それが、……私には何とも、判断がつかず」
侍女長が「?」マークを大量に浮かべながら、首を捻る。
いつもはきはききびきびしている侍女長がこんなことを言うとは珍しい。
慌てているような、そうでないような。狐につままれたような、焦っているような。とにかく「不思議そう」としか言い表せないような表情をしている。
どうやら本当に、判断が付きがたい異常事態が起きているらしかった。
侍女長はいくらか言いよどみながら、恐る恐ると言った様子で続ける。
「万が一、いえ、億が一ということがないとも限らないので、念のためご確認したく」
「こ、この人です!」
侍女長の言葉が終わらないうちに、金切り声が割り込んできた。
声のした方に目を向けると、エントランスの入り口で、女性が衛兵と執事見習いに取り押さえられている。
城下町にいる街娘のような服装は、豪奢な我が家のエントランスとはそぐわない。
女性が顔を上げて、私を見る。
その腕に赤ん坊が抱かれていることに、そのとき初めて気が付いた。
女性は私と目が合うと、こちらを指さしながら、叫ぶ。
「この子の父親は、あのお方で間違いありません!!」





