17.生まれてこの方部屋の鍵など掛けたことがない
「オレは義兄上殿が妹を利用するような人間かどうか、見定めようってだけだ」
「貴様、兄上に向かってなんてことを」
「クリス」
がたんと椅子を鳴らして立ち上がったクリストファーを、お兄様がさっと右手を上げて制した。
お兄様が青空のように澄んだ瞳で、リチャードをまっすぐに見返す。
「僕は兄として、リジーがしたいことを応援してきたつもりだよ」
お兄様の声音は落ち着いていて、ひどく静かだ。
だからこそ静まり返った部屋の中に、染みわたるように響いていく。
「その気持ちはきっと、僕だけのものだから。誰であっても……否定してほしくないな」
「……悪かった」
リチャードがしばしの沈黙の後、ふっと息をついて頭を下げた。
さすがお兄様。わずか1ラリーでリチャードに「理解」らせるとは。
たとえリチャードがどんな勘違いをしていても、お兄様の善性を前にすれば無力である。
お兄様は私がやりたいことだからと男装も応援してくれているが、何かを強要することとは無縁の人だ。
私がお兄様の心配を無に帰して怪我をしたときなどには怒られるが、そういうときは9割9分9厘私が悪い。
人望の公爵たるお兄様の言葉は老若男女問わず全人類特攻である。
況や、ほだされやすいリチャードをや、だ。
「オレの思い違いだったみたいだ」
「お兄様。彼も故郷にたいそう可愛がっている妹がいまして、私と妹の境遇を重ね合わせて心配してくれただけなのです。どうか許してやってください」
リチャードを庇うように言い募る。
当のリチャードは、眉間に皺を寄せて私を睨んできた。
何だ、先にアドリブをかましたのはお前なんだから、アドリブでカバーしたっていいだろう。
「ふふ、気にしないで」
懐の広いお兄様は、特に気分を害した様子もなく、にっこり微笑んで言った。
「そのくらいリジーのこと、心配してくれたってことだもの」
「なっ、」
お兄様の言葉に、リチャードが素っ頓狂な声を上げた。
お兄様は基本的に聡明な方ではあるが……時々こう、のんびりほのぼのフィルターがかかってしまうところが玉に瑕だ。
いつもだったら玉のようにふくふくコロコロなのが、今は少々やつれてしまっているのも関係あるのだろうか。
早く元のもちふわボディに戻っていただきたいのだが。
「リジーの話を聞いて心配したけど……リチャードさんがリジーを想ってくれているってことはよく分かったよ」
「違う、オレは、そういうつもりじゃなくて、」
オロオロしながらああでもないこうでもないと言葉を重ねるリチャードを横目に、お兄様がそっと侍女長に目くばせする。
近づいてきた侍女長に何事かを囁くと、しばらくして茶菓子が運ばれてきた。
お兄様が「みんなが揃った時に食べようね」と楽しみにしていた、とっておきのお菓子だ。
お兄様、私がたまにしか友人を連れてこないので、友人と見るやここぞとばかりにお気に入りのお菓子を出してくるのである。
友達が来ると濃い目のカル〇スとブ〇ボンのお菓子を出してくれるお母さんのようだった。
婚約者としてどうかはさておき、お兄様はリチャードのことを私の友人としては認めてくれたようだ。
「ぼ、ぼくは反対です!」
クリストファーが机を叩いて、今度こそ立ち上がる。
先ほどまで呆然としていたようだが、お兄様を疑われたことで我に返ったようだった。
リチャードを指さして、お兄様に向かって抗議する。
「この人、姉上の寝室に忍び込んだんですよ!?」
「それは、アンタのフリしてたから女だなんて思わなくて」
「兄上の寝室に忍び込むのだって大問題です!」
それはそうだ。
男女問わず、他人様の寝室に忍び込んではいけない。いくら文化であったとしても。
「しかも姉上の、柔肌を、」
「腹筋ぐらい君も見飽きてるだろ」
「姉上は黙っててください!!」
今度はクリストファーに怒られた。
ちなみに先日はうっかりドアを開けた側のクリストファーが絹を引き裂くような悲鳴を上げたがために、私は部屋の鍵を閉めていなかったことを侍女長にこんこんと説教された。
生まれてこの方部屋の鍵など掛けたことがないので、お小言は聞き流すに留めている。





