6.夕日に向かって全力少年
翌日、リチャードと連れ立って訓練場に顔を出すことにした。この後訓練場を横切って、城を練り歩く予定になっている。
出来るだけ多くの知り合いに会っておきたい。そして私が婚約したという情報をそれはもうごりごりと刷り込んでおく必要があるのだ。
北の国の御一行様が聞き込みなどしないとも限らない。その際に「そんな話は知りませんね」なんて言われてしまってはすべてが水の泡だ。
杞憂かもしれないが……わざわざ出向いてくるというくらいだ。おそらく私の話を怪しんでいる。
備えすぎるくらいでちょうどいいだろう。
北の国の巫女神子コンビとリチャードを送還した後でネタバラシをすれば、どうせ皆「そんなことだろうと思った」とか言うはずだ。
我ながら結婚とは縁遠そうなキャラづくりには成功していると思う。
「隊長、」
声がして振り向くと、ロベルトが立っていた。
ぼんやりしていると聞いていたので、いつぞやのように訓練場からは追い返されているかと思いきや……彼は騎士団の制服を着て突っ立っている。
ロベルトも強くなった。多少ぼんやりしていても候補生の相手程度では問題ないと判断されたのかもしれない。
出来れば会いたくなかったが、会ってしまったものは仕方がない。怒られそうになったらそそくさと退散しよう。
そう気持ちを切り替えて、片手を上げてさらりと挨拶する。
「ただいま」
「おかえり、なさい」
ロベルトの声が震えていた。
握った拳も震えている、ような。
ロベルトがヨウに向かってぎゃんぎゃん怒っているところは見たことがあるが、私に怒る場合もああいう感じで来るのだろうか。
いつも無駄に崇拝されて謎のキラキラを飛ばされているせいで、ロベルトに怒られるビジョンがまったく浮かばなかった。
そのため、謝って許されるビジョンも見えない。対策が思いつかないのである。
ごめんごめん一旦ごめん、とか、その程度でいいのであれば謝ってもいいが、それ以上ややこしいことになるなら付き合いきれないぞ。
「私は用事があるから、この辺で」
「すみません、俺、行かないと」
「は?」
私が戦略的撤退モードに入る前に、ロベルトがさっとこちらに背を向けた。
思わず声が漏れる。いや、この場から離れようとしていたのは私も同じなのだが。
「貴女に、合わせる顔がありません」
「ついてるぞ、首の上に」
それもとびきりいいやつが。
ふざけてみても、ロベルトは俯いて何やら唇を噛み締めるばかりだ。
どうも茶化してよい雰囲気ではなさそうだと察して、口を噤む。
私は空気が読める方だと自負している。分かっていてあえて読まない時があるだけだ。
「……俺にとって貴女は、なくてはならない存在だと、そう思っていたのですが」
少し離れたところにいるリチャードに目配せした。
どうやら少し時間が掛かりそうだと肩を竦めると、彼はふんと鼻を鳴らして教官小屋にもたれかかる。
ロベルトが、悔しそうに呟く。
「貴女のことを、忘れるなんて」
「いや、みんな同じだから」
「リリア嬢は覚えていました」
「それは聖女だからだろ」
やれやれとため息をついた。
怨霊の仕業であり、国のほぼ全域に影響が及んだものだ。ロベルト1人が平気でいるなんて、そんなことは起こりえない。
そもそももう済んだことだ。悔やんだところで仕方がない。
思い出したんだからいいじゃないかと思う。物事は過程ではなく、結果がすべてだ。
「俺は、まだまだ未熟です」
それでも落ち込んでいるらしいロベルトに、一歩歩み寄る。
「……私がこうして戻って来られたのは、お前のおかげでもある」
ロベルトの肩が小さく動いた。
でかい図体をして背中を丸めているので、より一層じめじめとした悲壮感が出ている気がする。
「リリアが気付いたのも、お前が後生大事に持ってたナイフのおかげだしな」
「そんな、俺は、何も」
「お前を含めて……誰か一人でも欠けていたら、私はここにいなかった」
かもしれない。
と、心の中で付け足す。
「だから私は、皆に感謝してるよ」
ロベルトが、顔を上げた。
ぼんやりしていて優秀な分には構わないが、こうしてじっとりじめじめ落ち込まれるのも迷惑だ。訓練場がキノコ栽培場になってしまう。
今回は昏倒させて放置した私にも少々、具体的に言うと4%くらいは負い目がある。
怒られずに済んだのだから、少しくらいは優しくしてやろう。
「お前がいてよかった」
「隊長ぉ……!」
ロベルトがばっと振り向いたかと思うと、しがみつくようにハグしてきた。
私よりも背が高いしガタイが良いので、それなりに圧が強い。
だがそんなものが気にならないくらいに情けなくグスグス鼻を啜っていたので、苦笑しながら背中を軽く叩いてやった。
「おかえりなさい、隊長」
ロベルトが目元をごしごしと擦った後で、晴れやかに笑う。まるで大輪の向日葵のようなその笑顔からは、いつものキラキラがものすごい勢いで放たれていた。
眩しいくらいの表情に、ちまちましたことを気にしていた自分が馬鹿らしくなった。
この晴れやかな顔。怒っているどころか嬉しそうだ。
そしてハグしてもなおこの歯磨き粉のCMのような爽やかな笑顔。
恋愛感情のれの字もない、尊敬と友情。夕日に向かって全力少年、そんな感じだ。ほっと胸を撫でおろす。
そうだ。うちのロベルトに限ってそんなはずがないのである。
「? ……隊長、あちらは」
「ああ」
ロベルトが、教官小屋の外で待っている見慣れない人影――リチャードに気づいたようだ。
ここに来た本来の目的を果たすべく、私は彼を紹介した。
「紹介する。私の婚約者のリチャードだ」
「………………………………え?」





