5.偽物でいいんだ?
「何で無視するんだよ。感じ悪いぞ」
「分かってるくせに! エリ様の浮気者!!」
リリアがつーんとそっぽを向いた。
そんなことをしても可愛らしいだけである。たいした効果はない。
「他所で王族とちちくりあった挙句、今度は別の男と婚約ですか!? 主人公をさしおいて!? け、結婚したのか、俺以外のヤツと!」
「落ち着け」
していないしリリアともする気はないので安心していただきたい。
先に歩いて行ったので聞こえていないかと思いきや、しっかり会話を聞かれていたようだ。
どうどうと両手でアピールするも、リリアは鼻息を荒くしながら私に詰め寄ってくる。
「わたし以外といちゃつくエリ様地雷です!」
「本人に地雷とか言われてもなぁ」
「エリ様のばかばか! 尻軽! 足軽!」
「だから足軽は貶してないよ」
いや、足軽は雑兵だといえばそれはそうなので、「この雑魚!」という意味だとすれば悪口なのかもしれないが。
この場合完全に語感だけで言っているだろう。
リリアは少々行き過ぎとして、友の会のご令嬢の中にも私が他の誰かと親しくするのをみるとやきもきする層が一定数いるそうだ。
推しの結婚を祝福できないのは本当のファンなのか、というのは触れない方がいいのだろう。
軽い気持ちで手を出していい話題ではない気がする。
勢い余って推しを結婚させようとしてくるファンよりは無害なのかもしれない。
しかも身近に発生している事例ではそういうオタクが権力を持っているので一層厄介なことになっている。
やれやれとため息をついて、言う。
「だいたい予想ついてるだろ、頼み込んで『フリ』してもらうことにしただけだって」
「……それでも」
リリアが俯いた。紅のつむじがこちらに向けられる。
「それでも、わたしを選んで欲しかったです」
スカートの裾をぎゅっと握りしめながら、小さな声で言う。
そんなことを言われても、と首の後ろに手を回した。
「だって君、職権濫用しそうだし」
「しますけどぉ!」
するんじゃないか。
むすっとした顔で俯くリリア。
やれやれ、機嫌を損ねたままだとまたあることないこと騒がれかねない。
少し機嫌を取っておくか。
むくれている彼女の頬を軽くつまんで、こちらを向かせる。
「偽物でいいんだ?」
「え?」
リリアの琥珀色の瞳が、こちらを向く。長い睫毛がぱちぱちと瞬いた。
軽薄な微笑を添えて、彼女の瞳を覗き込む。
「君はてっきり、本物じゃないと嫌なのかと思ってたけど?」
「み゜」
リリアの顔が真っ赤に染まった。
こうして打てば響くような反応を返してくれるところは好ましいのだが、それ以外のお騒がせ要素はどうにかならないものか。
リリアはしばらくあうあうと声にならない声を発していたが、やがてぽつりと言った。
「……本物がいい、です」
「よし、いい子だ」
「ぐぬうぅううう」
「どう言う感情なんだよ、それ」
「ぐや゛ぢい゛」
髪をくしゃくしゃとかき混ぜてやると、不満げに唸られた。主人公が出していい声ではなかった。女の子はそんなにやたらめったら濁点をつけてはいけない。男の子もだ。
ぼさぼさになった髪を整えながら、ふとリリアが思い出したように言う。
「そういえば。エリ様、帰ってきてからロベルト殿下と会いました?」
「……会ってない」
「え?」
「会ってない」
今度は私が目を逸らす番だった。
リリアは怪訝そうに首を傾げている。
それはそうだろう。ロベルト以外の親しい知り合いには大抵帰還の挨拶をしに行った。
一応探してもらったり協力してもらった手前もあるので、顔くらいは見せておこうと思ったのだ。
だが、ロベルトとは顔を合わせていない。
最後にロベルトと会ったのは、天下一武道会の決勝直前だ。
そこで私が何をしたかといえば、これから十三師団との戦いに赴くぞ、というやる気満々だった彼を気絶させた。
その上妙な虎のマスクを装備してロベルトと偽って決勝に参戦した。
挙句の果てに勝負の途中で十三師団の師団長とともに辺境伯領まで出かけて行って、そこで雪崩に巻き込まれて行方不明にまでなったわけである。
いくらロベルトだって怒るのではないかと思うと、顔を合わせづらかった。
というかロベルトに怒られるのがとにかく嫌だった。
何となく、ロベルトに怒られたら人間として「いよいよ」という感じがする。
クリストファーやアイザックに怒られるのとはわけが違う。あのチョロベルトに怒られたら何かが終わる気がする。人として。
しかもその前には告白まがいのことまで言われている。
いや、うちの脳筋能天気男に限ってそんなことはないと思うのだが……あれがロベルトではなくて、そして相手が私でさえなければ、そうとしか考えられないような言動だった。
何となく、気まずい。
「それで、ああいう感じなんですかね」
「ああいう感じ?」
「おとなしくて、ぼんやりしてて……なんか、抜け殻って感じでした」
リリアの言葉から、ロベルトがまた「優秀なロベルト」になっていることを悟る。
どういうわけかぼんやりしているときの方が優秀なので、国のためにはずっとぼんやりしていてもらった方がいいのかもしれない、と思うくらいだ。
リリアがふむ、と頷いた。
「あれは、エリ様不足ですね」
「何だそれ」
「気持ちは分かります」
分かるな。
人のことを栄養素みたいに言うな。





