閑話 お兄様視点(2)
(R6.1.25 1時追記)
すみません、改行とかきちんとしていない状態のものが予約投稿でUPされてしまいました……!
R6.1.25 1時現在修正しました。大変申し訳ございません。
「エド!」
「フレデリック?」
王城、王太子である彼の執務室に飛び込んだ僕に、彼は優雅な仕草で書類から顔を上げた。
僕が顔面蒼白なのを見て、僅かに彼の眉間に皺が寄る。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「り、リジーの捜索は、どうなったの?」
「捜索?」
彼がぱちぱちと目を瞬く。
クリスと話した時に感じたのと同じ感覚がして、じわじわと嫌な予感が強まっていく。
それでも信じたくなくて、僕は何とかして言葉を探す。
「辺境伯領に騎士を派遣して、探してくれていたじゃない」
「ああ」
エドが鷹揚に頷いた。
その様子にほっとする。よかった。ちゃんと捜索してくれていたんだ。
「確かに、辺境伯領にいくらか騎士を回していたけれど。もう引き上げたよ」
「え?」
彼の言葉に、血の気が引く。
思わず彼に詰め寄った。
「ど、どうして!?」
「どうしても何も」
怪訝そうな顔をしていたエドが、そこで言葉を切った。
そして少し言いにくそうに、机の上で指を組む。
「……いや、少し妙な話ではあるんだ」
「妙な、話?」
「確かに騎士を派遣したし、その書類には私のサインがあった。けれど」
エドが視線を伏せる。
僕は嫌な予感が的中していることを、感じ取った。
「思い出せないんだ。どうしてそこに騎士を派遣したのか」
「え、」
「私も、指揮官も、当の騎士たちも。――誰も、覚えていなかった」
ガツンと、頭を殴られたみたいな衝撃だった。
覚えて、いない?
どうして、そんなことに。
だけどどこかで、やっぱり、と思った。
クリスも、侍女長も。他の使用人の皆も。
あの子のことを、覚えていなかった。
両親だってそうだ。あの子が大変な時に、わざわざ領地に戻るなんてありえない。
両親もきっと、あの子のことを、忘れている。
そして、目の前のエドも。
どうして、とか、どうやって、とか。
それは分からない。
だけれど、皆が……僕以外の皆が、僕の妹のことを忘れている。
それが現状のようだった。
「少し前に魔女騒ぎがあったでしょう? これも魔女の仕業なのかもしれないと思って調べたんだけど……それ以上の情報は出なかった。疑問は残るけれど、騎士を残す理由はないからね」
「そんな、……」
そう締めくくった彼に、ついつい言葉が漏れる。
「エドも、忘れちゃったの?」
「え?」
「だって、あんなに好きだって言っていたのに、僕の、大事な、」
そこで、言葉に詰まる。
エドが僕の顔を覗き込んでいるのに、声が出てこない。
あれ?
僕は、今。
何を。
誰の、名前を?
誰って、僕の、妹の。
名前、名前が、……思い出せない。
どっと、冷や汗が噴き出した。
「フレデリック、どうした」
僕の様子がおかしいのに気づいて、エドが少し慌てた様子で近づいてくる。
僕はただ、黙ったままで首を振った。
◇ ◇ ◇
すぐに家に戻って、日記帳を開く。
そこにはきちんと僕の妹のことが書かれていて、ほっと息をついた。
だけれど、日記帳から顔をあげると、すぐにリジーの名前が思い出せなくなる。
次に気がつくと、僕が何を探しているのか、どうしてこんなに焦燥感に駆られているのか、それが分からなくなる。
それが怖くて、僕は部屋にこもって一日中日記帳に齧り付いた。羊皮紙に何度も、リジーの名前を書いた。思い出を綴った。
そうしていないと、あっという間に、あの子のことを忘れてしまう。
僕の大事な妹のことを。掛け替えのない家族のことを。
両親とも、クリスとも。執事長や侍女長とも。まともに話をすることすらできなかった。
話をしている間にリジーのことを忘れてしまうんじゃないかと、それが怖かった。
僕は怖かった。毎日ずっと怖かった。
リジーのことを、忘れてしまうのが怖い。
もしリジーが戻ってきたとしても……僕も、みんなも、リジーのことを、忘れていたら。
それが、怖かった。
ごめん、ごめんね。
君のことを探しに行きたいのに。何か困っているなら助けてあげたいのに。
僕は君の、お兄ちゃんなのに。
今は君のことを覚えていることで、精一杯で。
ここを出て誰かと言葉を交わしたら、その瞬間にすべて、忘れてしまうんじゃないかって、それが怖くて。
探しに行けなくて、ごめん。
みんなに君のことを思い出させることができなくて、ごめん。
情けないお兄ちゃんで、ごめん。
今だって少し気を抜いたら……君のこと。
名前も、分からなくなってしまうんだ。
何日も、何日も。
ずっと一人で、部屋に閉じこもった。
誰が訪ねてきてもドアを開けなかった。掃除も食事も断った。
こんなに紙が散らばった部屋を見たら、気が触れたと思われるかもしれないと、ふと、思う。
その日もドアがノックされた。
だけれど聞こえた声は、両親でも、クリスでも、使用人でもなかった。
「フレデリック」
エドの声だった。
どうして、彼が、僕の私室にまで?
今は誰とも、話したくない。帰ってほしい。不敬かもしれないけれど、そう思った。
「きみは、覚えているの?」
エドの言葉に、顔を上げた。
覚えている? 何を?
「リジーの、こと」
立ち上がって、ふらつく足でドアに駆け寄る。
震える手でノブを握って、そして。
僕は、ドアを開けた。
驚いた顔のエドが、僕を見つめている。
いつも微笑みを浮かべている彼が、くしゃりとその顔を歪める。まるで泣きそうなその表情をする彼の肩を、咄嗟に掴んだ。
「お、おもい、だした、の? リジーのこと、みんな、?」
「……参ったな」
必死で問いかけようとするのに、喉の奥に声が張り付いてしまって、うまく話せない。
ずっと何日も、誰とも話していなかったから、仕方ないかもしれない。
エドが困ったように頭を振る。
そしてぽつりと呟いた。
「これでは当分、勝てそうにないな」
「お、王太子殿下、王太子殿下」
女の子の声がした。
視線を向けると、紅の髪の女の子が、エドの袖を引いている。
リジーの友達の、リリアちゃんだ。少しだけだけど、何度か会ったことがあるから、間違いない。
リリアちゃんはどこか怯えたような顔で、僕とエドを見比べていた。
「だ、誰、ですか、そ、その、男の、人」
「誰って」
エドが呆れたような声を出す。
彼がこんな風に誰かに邪険に接しているのはあまり見たことがなかったので、少し新鮮だった。
「フレデリックだよ。リジーの『お兄様』の」
「お、お兄様!?」
リリアちゃんが素っ頓狂な声を出した。
そして琥珀色の瞳をまんまるに見開いて、僕の顔を凝視する。
ええと。あんまりお話したことはなかったけれど、こんな子、だったんだ。
リジーが「変わっている」って言っていたのを思い出す。
「だ、だって、全然なんか、見た目が違う、っていうか、」
リリアちゃんがびしりと僕に人差し指を突きつけた。
「めっちゃ似てるじゃないですか! エリ様と!!」
「そうかな」
「そうですよ!」
「リジーの方がかっこい……いや、可愛らしいと思うけれど」
「はぁ~!? さっきまで忘れてた人が何か言っているのだが~!!??」
「きみ、本当にリジーがいないと性格変わるよね」
目の前で繰り広げられる二人のやりとりに力が抜けてしまって、僕はへなへなとその場に崩れ落ちた。
二人とも当たり前みたいにリジーの話をしていて……二人とも僕を、リジーの兄だと呼んだ。
それにとてつもなく、安心する。
ああ、よかった。
これでいつリジーが帰ってきても、大丈夫。
探しにだって行ける。
絶対に、また会える。
だって僕は、リジーの……「お兄様」だから。
◇ ◇ ◇
「お兄様」
別れを惜しみながらケーキの最後の一口を口に含んだ僕を、リジーが呼ぶ。
リジーは太るからとデザートは断っていたので……僕だって太るんだけど……僕が食べる様子をずっと、にこにこしながら眺めていた。
「おいしいですか?」
リジーがやさしく、ふわりと相好を崩しながら、そう問いかけた。
女の子が見たら蕩けちゃうんじゃないかなと思うくらいに、かっこよくて眩しいリジーの笑顔を見つめながら……僕は、大きく頷く。
「うんっ!」
「はは」
あんまり元気が良かったからか、リジーが声を上げて笑った。
その後ろでは、料理長が大喜びでガッツポーズをしている。
その様子に、僕もつられて笑ってしまう。
ああ、よかった。
僕は戻ってきたおいしい日常を噛み締めながら、食後の紅茶に手を伸ばした。





