46.確かにここに、帰ってきた
「リジー」
そう私を呼んだのは、細身の男性だった。
透き通るような美しい金髪に、空のように澄んだ碧眼。
身長は踵抜きの私と同じか、少し低いくらい。
どこかで見た誰かに……毎日鏡で見る顔に、よく似ている。
私よりは目尻の印象が幾分やさしくおだやかだが……その顔つきは窶れて、疲れた表情をしている。
「おかえり」
彼が眉と目尻を下げて、やさしく笑う。
その表情に、息が詰まる。
喉につっかえた言葉を、何とかして押し出した。
「お、兄様」
気づいたら足が動いていた。
一歩、一歩と歩き出して……やがて駆け出した。
お兄様が私に向かって、両手を広げる。
その胸に飛び込んで、お兄様の身体を抱き寄せた。
「ただいま帰りました」
お兄様の肩口に顔を埋めながら、深く息を吸う。
ああ、お兄様だ。
私は今……確かにここに、帰ってきたのだ。
「心配したんだよ。……すごく、すごく」
「……すみません」
お兄様の声にわずかに涙が混ざっていて、その身体に回した腕にぎゅっと力を込める。
腕から伝わってくるのは、骨ばった感触だ。
いつものお兄様のやわらかさやあたたかさとは似ても似つかない、硬く、筋と骨が目立った質感。
胸を締め付けられるような心地がする。
連絡の一つもせずに行方知らずになって、自分がどれだけ心配をかけたのか。それをまざまざと見せつけられている気分だった。
「ああ、お兄様、こんなに痩せて」
私の声も少しばかり震えている。これだから、お兄様に泣かれるのは嫌なのだ。
こんなもの……つられてしまうじゃないか。
お兄様がとんとんとやさしく私の背を叩いて、あやすように背を撫でる。
先ほどは私がリリアを宥めてやったのに、今度はすっかり逆転してしまっていた。
まるで自分が小さな子どもに戻ったような心地がして、少しこそばゆい。
「ひどいよ、リジー」
お兄様が少し拗ねたように唇を尖らせる。
「みんなのところには行ったのに……僕のところには、きてくれなかった」
「……だって、」
腕の力を緩めて、お兄様の顔を正面から見つめる。
やつれた頬のおかげで、いつもはほっぺたに埋もれてしまっている青い瞳がしっかりと見えた。
その瞳で見つめられると、すべてを見透かされてしまっているのではないかという気持ちになる。
「怖かったんです。もしも、お兄様に忘れられてしまっていたら、私は」
お兄様がやさしい眼差しで私を見つめる。
私の不安すら、きっとすべて見透かされていて……隠しても、意味がない。
だから正直に、洗いざらい白状する。
「立ち上がれなかったかもしれないから」
「忘れるわけない」
お兄様が、きっぱりと言った。
私の目をまっすぐ見て、そして首を横に振る。
「忘れるわけないよ」
お兄様は、嘘をつくのが苦手だ。
嘘をついてもすぐに分かる。
だから今のお兄様が嘘をついていないことは、私にも分かった。
リリアとレイ以外は全員、私のことを忘れていたはずで……だから、お兄様だけが覚えているなんてことは、あり得ない。
だが、お兄様は嘘をついていない。
つまり、どういうからくりかは分からないが……お兄様は本当に私のことを、覚えていた。
どうやらそれは、事実であるらしい。
だからこうも痩せてしまったのだ。それだけ私のことをずっと、心配していたから。
お兄様が困ったように眉を下げて、笑った。
その笑顔は、いつものお兄様と……ほっぺがふくふくのお兄様と同じだった。
「だって君は……僕の大事な、妹だもの」
「お兄様、……」
もう一度強く抱きしめてから、お兄様を解放する。
覚えていてくれたことは嬉しいが、しかしこんなにも痛々しい姿になってしまうとは。
……それならいっそ忘れてくれていた方が、とはまったく思わないので、私もなかなかに兄不孝者かもしれない。
「エリ様って」
胸を痛めながらお兄様を見つめていると、リリアがふと声を出した。
この一瞬ですっかり存在が思考から抜け落ちていた。
「お兄様と結構……似てます、よね」
「そうかな?」
「ふふ。似てる、なんてなかなか言われないから嬉しいな」
お兄様が照れくさそうに笑う。
その顔をリリアが凝視しているのに気づいて、はっと彼女に詰め寄った。
「ちょっと。お兄様に色目を使わないで」
「この仕打ちである!!!!」
リリアが悔しげに地団駄を踏んだ。
彼女は私の顔が良いとか好きだとか18禁だとか散々言っていた。似ていると言うならお兄様だって好みの顔面のはずだ。
やはり痩せた状態でいるのはお兄様のためにもよくない。早くふくふくのもちもちに戻っていただかないと。
私の心配など知る由もないお兄様は呑気なもので、照れくさそうに頬を掻いている。
「リジーみたいにかっこよくなれるなら、やっぱりちょっとは痩せた方がいいのかな」
「ダメです」
食い気味でお兄様の言葉を否定した。
そんなことあるわけがないだろう。お兄様のベストコンディションはあのもちふわボディに決まっている。
私が心配をかけたせいで、お兄様の体積がこの世から減ってしまった。これは世界の損失だ。
「いつもどおりのお兄様の方が素敵です」
「……ブラコン」
リリアの呟きは黙殺した。





