15.「じゃあ俺が」と言ったところで「どうぞどうぞ」
「リジー、どう?」
「やはり尾けられていますね。殺意までは感じませんが……悪意はあるようです」
「え? あ、あの、それはどういう」
私と殿下の会話に、リリアがおどおどしながら口を挟んだ。
リリアとクリストファーにも簡単に現状を説明した。そして、今後の作戦についても話しておく。
「とりあえず私が一人で行って様子を見てくる。皆は念のために馬車の中で」
「ぼ、ぼくも行きます!」
「わ、わたしも!」
「私も行く」
いや全員来てどうする。
ダチ◯ウ倶楽部じゃないんだぞ。
この後近衛の誰かが「じゃあ俺が」と言ったところで「どうぞどうぞ」とでも言う気なのか。
だが、王太子殿下の台詞の後に乗っかってジャパニーズトラディショナルジョークを引き受ける気概のある者はいないらしかった。
むしろ私に向かって「助けて」という視線を送っている。
ため息をついて頭を振った。
「護衛対象を連れて行けるわけがないでしょう」
「私だってそれなりに腕は立つつもりだけれど」
「それなりでは足手まといです」
「そ、そうだそうだぁ〜!」
「いや君もだから」
王太子と聖女、騎士調べ国内の守るべき対象ランキングTOP5に入るであろう2人を連れて敵陣に乗りこむなど、正気の沙汰ではない。
的を増やしてどうする。
何故わざわざ余分なハンデを背負わなくてはならないのか。
いくら余裕綽々でクリアできるゲームであっても、縛りプレイをするつもりはない。
「じゃあ、ぼくはついていっても良いですか?」
「危ないから待っていなさい」
「足手まといにならないようにしますから」
服の袖を掴んでうるうると潤んだはちみつ色の瞳で見上げられると、頭を殴られるよりもよほど衝撃が脳天に来る。
脳に直に衝撃を与える可愛らしさというのはもはや凶器ではないか。
さすがは末っ子だけあって、弟力の使い所を良く理解している。
やはり女装させて連れてくるべきだった、と後悔した。この庇護欲を掻き立てる上目遣いは絶対に使い所があったはずだ。
下手をすると出力調整の効かない魅了よりも便利だったかもしれない。
そっと肩に手を置いて、義弟を宥めにかかる。
「訓練場のメニューだってついてくるのがやっとなんだから、実戦には連れて行けないよ」
「どうしても……ダメ?」
「どうしてもダメ」
きっぱりと言い切ると、クリストファーがしゅんとしょげかえって俯いてしまう。
見ていてかわいそうになるくらいの有り様だが、ここは心を鬼にしなくてはならない。
クリストファーを危険な目に遭わせたことがバレたら、両親とお兄様からそれはもうめちゃくちゃに怒られるからである。私が。
「それなら、仕方ありません」
どうやら分かってくれたようだ。たまに強情だが、基本的には聞き分けの良い子である。
怒られずに済みそうだと胸を撫で下ろしたのも束の間、クリストファーが懐から何かを取り出して、私に向き直った。
「連れて行ってくれないなら、これを使います」
彼の手元を見る。
白い封筒が握られていた。手紙だろうか。
「それは?」
「兄上から預かった手紙です。姉上がどうにも制御不能になったときにはこれを読むようにと」
「エリ様は妖怪か何かなんですか……?」
リリアの言葉をスルーして、クリストファーが手紙の封を開けた。
中に入っていた便箋を広げる。
私はやれやれという、呆れにも似た気分でそれを眺めていた。
お兄様の手紙ということは、無茶をするなとか、殿下やクリストファーを困らせるなとか、そういうことが書いてあるのだろう。
確かに普段の私には効果があるだろう。お兄様が言うならと考え直すこともあったかもしれない。
だが今の私は、お兄様と喧嘩中だ。
むしろ私が制御不能だと言うなら、逆効果ですらある。
お兄様が何を言おうと、構うものか。
そもそもお兄様だって私に怒っているはずで、そのお兄様がわざわざ手紙を書くというのはどうなのだろう。いささか信憑性に疑問がある。
もしかしたら、クリストファーが仕込んだブラフということも考えられるのではないか。
もとがいたずらっ子という設定だからか、可愛い顔をして巧妙なところのある我が義弟だ。
そのくらいの細工はしていてもおかしくない。
と、考えていたのだが。
「『僕の可愛いリジーへ』」
クリストファーが手紙を読み上げた瞬間、ブラフの可能性は雲散霧消した。
私への手紙をそんな書き出しで始めるのは、お兄様以外にいない。
「幼気な」の次に似合わない枕詞だ。
「麗しの」とか「愛しの」はご令嬢からの手紙でよく見かけるが、私としては普通に「親愛なる」で始めてもらいたい。
というかそれがアリなら「肉体美でお馴染みの」とか「大腿筋がキレている」とか書いてあった方が私は喜ぶかもしれない。
「『君が西の国で無茶をするんじゃないかと心配で、クリストファーに頼んで手紙を持って行ってもらうことにしました。僕のせいで君やクリストファーに何かあったらと思うと、ご飯も喉を通りません。本当は、今にでも引き返してほしいくらいです。せめて、危険なことだけはしないでいて』」
クリストファーが読み上げる手紙の内容が、お兄様の声で脳内再生される。
予想通りの中身に、ふんと小さく鼻を鳴らした。
心配だとか、危険なことはするなとか。いかにもお兄様の言いそうなことだ。
構うものか、と思う。
「『でも、君は僕に怒っているので、僕の言うことを聞いてくれないかもしれない。だから保険として、リジーがお友達に知られたら恥ずかしがりそうな、可愛いエピソードを書いておこうと思います』」
「……は?」





