彼女がドレスに着替えたら(3)
エリザベスの女装回、最後です。
「……クリストファー」
「あ、姉上?」
「ごめん、ダンスはまた後で。これ持ってて」
クリストファーにシャンパングラスを預けると、ドレスの裾を持ち上げ、早足で後を追う。
ご令嬢を追ってバルコニーに出ると、彼女が手すりに足をかけたところを発見した。
「やぁ、子猫ちゃん。随分お転婆だね」
「ッ!?」
反射的に一瞬こちらを振り向いたご令嬢は、さっと前に視線を戻すと、バルコニーの手すりを蹴って中庭に飛び降りていった。
私も手すりを飛び越え、後を追う。
相手は跳躍して木に着地すると、かなりの速度で移動していく。
非常に身軽だ。ご令嬢の動きとは思えない。中身はおそらくプロだろう。
ご令嬢に化けた何者かが、中庭を抜け、王城へと向かっていく。
今日はロベルトの夜会デビューということもあり、国王夫妻も王太子殿下もダンスホールの方に集まっている。
その間なら王城の守りが手薄になると踏んでのことだろう。
馬鹿じゃないのか、と思う。守る側からすれば、守る対象が一所にまとまっていてくれたほうが人的コストが掛からない。
そのためにわざわざ王城の守りを薄くする必要はないはずだ。
万が一本当に手薄になるようなことがあれば、非番の騎士が駆り出されるだろう。
私が手を出すまでもない、と思ったが……相手が何を狙っているか分からない以上、早めに片付けておくに越したことはない。
もしかして爆弾を身体に巻いて自爆テロ、とかだったら笑えない。この世界にダイナマイトがあるのかは知らないが。
火薬と銃があるくらいだし、似たようなものがあってもおかしくはない。
ご令嬢もどきを追って木々を飛び移り、王城の敷地内をひた走る。
だがこの靴、妙に踵が低くて走りにくい。
いつもの自分とのコンパスの差が微妙なずれになっていて、感覚がつかめなかった。もっと踵の高いヒールにすればよかった。
ふと気づいて、靴を脱ぐ。そして相手の後頭部目掛けて投擲した。
見事に直撃して、ターゲットが地面に転がる。
よし、ナイスピッチ。
音を聞きつけて、王城の騎士たちが集まってきた。もう大丈夫だろう。
来た道を戻ろうとして……片足だけ残っていた靴の踵が、木の枝に引っかかってすっぽ抜けた。
バランスを崩して、身体が浮遊感に包まれる。
あ、落ちるな、と瞬間で理解した。
受身を取ろうとしたところで、予想していた着地より数瞬早く、私の身体が何かに受け止められた。
瞑っていた目を開けて、私を受け止めた人物の顔を視認する。
「マーティ!?」
「エリザベス様!?」
助かった。顔見知りなら状況の説明がしやすいし、私が賊に間違えられる心配もない。
パーティーを抜け出して木々を飛び移ってきた怪しいご令嬢、という意味では、私も倒れている彼女と同様である。
ややこしい事態にはならずに済みそうで、よかったよかった。
「ナイスキャッチだな」
「どういうことですか、その格好は」
「今日デビュタントだったんだよ」
彼の手を借りて立ち上がる。
「そしたら会場で妙な動きをするご令嬢を見つけて。追いかけたら逃げるから、咄嗟に靴をぶん投げて……今に至るって感じ」
「……はぁ」
マーティンがため息とともに肩を落とす。
「何だよ。もしかしたら大事件を未然に防いだかもしれないんだ。褒めてくれたっていいだろ」
「いえ。よくもそう厄介ごとを持ち込んでくれるなと」
「だから私は防いだ側だって」
私が元凶のように言われてしまった。非常に不本意である。
マーティンがふと、私の足元に視線を落とす。
そしてあたりを見回すと、すっぽ抜けた拍子に吹っ飛んでいた私のパンプスを拾ってきた。
騎士たちが気絶した女を連行していくところへ行って、もう片方も拾って来てくれる。
彼が私の足元に屈み込んだ。
「肩に手を」
「え?」
「いいから」
訳が分からないまま彼の肩に手を置くと、ひょいと右足を持ち上げられた。手ずから靴を履かせてくれる。
何とも子ども扱いされているようで決まりが悪い。
両足履かせてもらって、地面に立つ。
いつもより上のほうにある彼の顔を見上げて、礼を言った。
「ありがとう」
「いえ。……その。髪はどうにかならなかったんですか?」
「髪?」
言われて頭に手をやった。
すかっと空振りする。あるはずの場所に髪がない。
ついでにネットもない。あるのは地毛だけである。
まずい。どこかにかつらを落としてきたようだ。
「マーティ! 私の髪の毛探してくれ!」
「は!?」
「無くしたとバレたら怒られる!」
慌てて周囲を確認する。近くには落ちていないようだ。
木に引っかかっているかもしれないが、どこを通ったのかもう覚えていないし、この暗がりの中で探すのはなかなか骨が折れそうである。
マーティンは何が何やらという顔で突っ立っていた。労働力の無駄である。早く探せ。
「姉上!」
足音に振り向くと、クリストファーがこちらに走ってくるところだった。
私を追いかけてきたらしい。頭に葉っぱがついている。
「クリストファー! 君も一緒に探してくれ、かつらを落としたみたいなんだ!」
「えぇ!? どこやっちゃったんですか! もう!」
「分かってたら自分で拾ってるよ」
その後何事かと戻ってきた騎士たちも捜索に加わってくれて、なんとかかつらを見つけて被りなおしたものの、ダンスどころではなくなってしまった。
体力のある私と騎士たちに付き合わされてへとへとになったクリストファーを連れてお兄様と合流し、ちょっと休憩してから早々にお暇することにする。
帰りの馬車の中で、ぼんやり外を眺めていると、ふと何かが思考に引っかかった。
あれ。何か、忘れているような。
思い出そうとあれこれ考えてみるが、すぐには思い浮かばなかった。
…………まぁ、いいか。忘れるということは、たいしたことでもあるまい。
これにて、今回予定していた番外編の追加はおしまいとなります。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
完結後もたくさんの方が応援してくださっていて、とても嬉しかったです。
それでは~





