彼女がドレスに着替えたら(2)
エリザベスの女装回、続きです。
リリアと話しながら壁の花をしていると、男性からお声が掛かった。
驚くべきことにリリアではなく私に話しかけている。
これはあれか。綺麗な人よりも「俺でもイケそう」と思われるレベルの女性のほうが声をかけられやすい、というやつだろうか。
……まぁ、大方お兄様の婚約者と見て興味を持ったのだろう。
さりげなくリリアを生贄にしてその場を離れる。
最近は魅了の出力調整が出来るようになったと聞いているし、問題なかろう。願わくば新しい恋を見つけてくれ。
この場には、デビュタントを迎える者やその家族だけでなく、多くの貴族が集まっている。
特に年若くまだ婚約をしていない者にとっては、実際のところ婚活パーティーみたいなものだ。
時々、若い女性や若い男性にしか興味のない年配者が紛れ込んでいるので気をつけるように、とお母様から言われたのを思い出した。
さすが魑魅魍魎の跋扈する貴族社会、いろんな趣味の人間がいる。
シャンパンを片手に軽食を物色するが、あまり食欲はなかった。
それより胸部装甲が鳩尾を圧迫していて苦しい。
それはもう涙ぐましいほどに寄せて上げているのでこちらも人工といえば人工だが、パッドを入れて盛ったほうが苦しくなかったんじゃないかと今更ながらに思う。早く脱ぎたい。
「……バートン?」
聞き覚えのある声に振り向けば、アイザックが怪訝そうな顔で私を見つめていた。
踵が低い分、普段よりも彼の顔が近くにある。
アイザックは立ち絵で見たことのある正装だった。……いや、よく見ると眼鏡が違う、気がする。前に一緒に買い物に行ったときの物だろうか。
「やぁ、アイザック」
「本当に、バートンか?」
「そうだとも」
えっへんと威張ってみせた。彼が目を丸くして呆けた顔をしているのが面白い。
「お兄様と踊ることになったからね。頑張って仕上げてきた。なかなかいいセン行ってるだろ?」
「僕のエスコートを断って誰と踊ったのかと思えば、そういうことか」
アイザックが大きなため息をつく。そして私にちらりと視線を向けると、ぶっきらぼうに言った。
「……綺麗だ」
「ありがとう」
貴族として最低限の「女性を褒める」ノルマを熟したアイザックに、私は鷹揚に頷いておいた。
「でも、ドレスはやっぱり窮屈だな。早く脱ぎたい」
ぶっとアイザックが飲み物を噴き出した。
誰にもかからなかったが、周りの人がみんな彼に迷惑そうな視線を向けている。
「おい、汚いぞアイザック」
「お、おまえ」
顔を赤くして私を睨むアイザックに、ふと思い至った。
「あ、違うぞ。そういう意味じゃない」
「……分かっている」
げほげほ噎せていたアイザックが、呆れた視線を私に向ける。
「だが、心臓に悪いからやめろ。あと絶対他のやつに言うな」
「悪かったって」
「アイザック」
アイザックの背中を摩ってやっていると、向こうからロベルトが近寄ってきた。
なんと驚くなかれ、騎士団の正装である。これはゲームの立ち絵にもスチルにもなかったはずだ。
私のように誰かに借りたのか……それとも特別に作らせたのだろうか。王族の権力をもってすれば出来そうな気がする。
「そちらのご令嬢は? 君の婚約者か?」
「…………そうだ」
「こら、アイザック。つまらない嘘つくな」
「え?」
ロベルトが私に視線を向ける。
そして素早く首を巡らせて周囲と背後を確認し、再度こちらに視線を戻した。顔に大きく「?」が書いてある。
「ど、どういうことだ? ご令嬢から隊長の声がする、????」
「何だ、お前分からないのか」
「ま、さか」
ロベルトが目を見開いた。やれやれ、やっと気づいたのか。
「隊長!?」
「こら、声がデカい」
注意したが、ロベルトはそんなことおかまいなしで私の両肩を掴み、がくがくと揺さぶる。
「隊長、どうされたんですか!? いったい何が!?」
「どうも何も、デビュタントだから。お兄様と踊ることになったから、少し張り切っただけだ」
揺すられたまま答えると、ぱっと彼の手が離れた。
呆然とした表情で私を眺めるロベルトに、ふふんと笑ってみせる。
「お前が気づかないぐらいの仕上がりだったということだな」
「た、隊長」
ロベルトが挙動不審な様子で視線を彷徨わせる。
何やらもごもごと口ごもった挙句、私の胸部を見ながら言った。
「り、立派な大胸筋ですね?」
「うん、ありがとう。お前はどうしてそれでいいと思ったんだ」
それで喜ぶ女はおそらくこの会場で私だけだ。
ちなみに今は大胸筋より大腿四頭筋がたいへんバランスよく仕上がっている。お見せできないのが残念だ。
「すみません、何と言えばいいか、分からず」
「王族がそんなことに不慣れでどうする……」
呆れていると、曲が終わった。
踊っていた貴族たちがホールから戻ってくる。引きで見ていると何ともきらびやかな光景だ。
同じく人波を眺めていたアイザックがこちらに視線を向け、そっと手を差し出してきた。
「バートン。次の曲、僕と踊ってもらえるだろうか」
「ああ、構わな」
「た、隊長! 俺も! 俺も踊りたいです!」
「順番を守れ」
私の台詞を遮って挙手したロベルトを、アイザックが迷惑そうな顔で切り捨てた。
「まだ隊長が答えていないからセーフだ」
「そういうものじゃないだろう」
アイザックとロベルトが睨み合いを始めてしまう。
友情が芽生えたんじゃないかという気がしていたが、石橋を叩いて割るタイプのアイザックと猪突猛進石橋を渡らないタイプのロベルトはそもそも気が合わないようで、時折衝突しているところを見かける。
私としてはどちらでも構わないので、さっさと決めてもらいたい。
「リジー?」
「殿下」
2人の様子を他人事で眺めていると、王太子殿下がこちらへ歩み寄ってきた。
正装だけあって今日は一段と華美である。背景に花を背負っていそうだ。
スチルで見たことのある服装だが……ポケットに入ったレースのチーフは、おそらく彼のお手製だろう。
私は殿下に向かって淑女の礼を取る。
殿下もどこかきょとんとしていた顔をさっと余所行きの王太子スマイルに変えて、挨拶を返した。
「驚いた。見違えたね」
「馬子にも衣装と思っている顔をしておいでですよ」
「思っていないよ。とても綺麗だ。ドレスも、きみ自身も」
「……ほら、ロベルト。こういうのだ、求められているのは」
「はっ! 勉強になります!」
ロベルトを振り向けば、彼はしゃんと背筋を伸ばして元気よくお返事した。返事だけはいつも100点だ。
「……リリア嬢は?」
「今あの辺で……ああ、ほら。囲まれてますね」
問われてダンスホールを見渡すと、幾人もの男性に囲まれておろおろしているリリアの姿を見つけた。
あんまり困っているようだったら、後で助けに行ってやろう。
「じゃあ、お邪魔虫はいないわけだ」
殿下が小さく呟いた。
まぁ、私というお邪魔虫はいないだろう。別の虫が集っているようだが。
「リジー。バルコニーで話さない? 少し酔ってしまったみたいで……風に当たりたくて」
「え? 兄上、ザルというかワクだったはずじゃあいたたた」
「余計なことを言わなくてよろしい」
ロベルトが殿下に耳を引っ張られていた。仲がよさそうで何よりだ。
私と殿下の間に入るように、アイザックが一歩歩み出た。
「バートンは僕と踊る約束がありますので」
「いや、俺と!」
「なるほど。じゃあ私も立候補しようかな?」
「酔ってしまわれたのでは」
「気のせいだったみたいだ」
何やらまたキャットファイトの気配がする。違うのは、私のほうがドレスを着ているというところだろうか。
どうも皆私のドレス姿が物珍しくて仕方ないらしい。
まぁ、ツチノコがいると聞いたら私だって野次馬に駆けつけるだろうが……貴族というのは皆そういうものなのだろうか。
「……順番に踊れば良いのでは?」
「最初がいいんだ」
提案したところ、3人に同時に切り捨てられた。
順番、そんなに重要か? 別に私は3曲くらい続けて踊っても問題ないのだが。
「姉上〜! 探しましたよ〜!」
「クリストファー」
呼びかけに振り向くと、クリストファーがこちらに早足で駆けてくるところだった。
私の手を取り、軽く引っ張る。
「兄上が呼んでいますよ」
「分かった、すぐに行くよ。えーと……もし踊るなら、私が戻るまでに順番を決めておいてくれ。それじゃ」
3人に簡単に別れを告げると、クリストファーに着いていく。
ホールを横切り、飲み物を配っているあたりに差し掛かったところで、クリストファーが立ち止まった。
クリストファーの前に立ち、彼を見下ろす。
正式にはまだ夜会デビュー前だが、私とお兄様にくっついてきた彼も正装している。
立ち絵で見たことのあるジャケットだが、タイの結び方が違う。
パーティーの前にせがまれて、私が結んでやったのだ。今日はエルドリッジノットにしてみた。
「で? クリストファー。お兄様はどこに?」
「……すみません。兄上が呼んでいるというのは嘘です」
「は?」
「ぼく、どうしても姉上と踊りたくて。ズルしちゃいました」
「え」
クリストファーが私の手を両手で握り、今にも零れてしまいそうなほどうるうるした瞳で見上げてきた。
「兄上の次は、ぼくじゃだめ……ですか?」
「いや、普通に誘ってくれたら良かったのに」
「だ、だって……」
俯く彼のつむじを見て、やれやれと苦笑いする。
卒業式でもぼろぼろに泣いていたし、きっと学園を卒業してから急に一緒にいる時間が減ってしまって寂しいのだろう。
お兄様も忙しいので、3人で集まれる機会も前ほどは多くない。
たまには弟を甘やかしてやるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらクリストファーの頭を撫でていると、ふと彼の背後にいたご令嬢に目が留まる。
特に不思議なところのない、どちらかといえば地味なご令嬢だが……何だろう。この違和感は。
視線で追いかけていると、そのご令嬢が一人でバルコニーに向かうのが見えた。





