彼女がドレスに着替えたら(1)
リクエストの多かったエリザベスの女装回をお届けします。
本編終了後1年くらいの時間軸で、この世界線では誰とも何も起きていません。
「バートン。今度の、僕たちの年代の社交デビューのパーティーだが……良ければ、一緒に行かないか」
「ああ、すまない。先約があるんだ」
「隊長! 次のパーティー、是非俺にエスコートさせてください!」
「ああ、すまない。先約があるんだ」
「あ、姉上! 今度のデビュタント、ぼ、僕がエスコート役しちゃ、ダメですか?」
「ああ、すまないな。先約があるんだ」
「リジー。今度の夜会だけれど……エスコートの相手がもし決まっていないなら、私が行こうか?」
「ああ、すみません。先約があるので」
◇ ◇ ◇
「え? エリ様、ドレスなんですか!?」
「ああ」
我が家の庭でお茶を飲みながら、私は頷いた。
デビュタントでドレスを着ると言ったくらいでずいぶん驚かれてしまったが……まぁ、「日頃の行い」というやつだろう。
「お兄様がエスコートしてくれるからね」
「え?」
「未婚で婚約者のいない女性のエスコートは、父親か年上の兄弟と決まっているだろう? 私の場合はお兄様がエスコートを買って出てくれたんだ」
鼻歌交じりに機嫌よく話す私を、リリアが呆れ果てた目をして見つめていた。
「……エリ様って、なかなかのブラコンですよね……」
「ああ、ブラコンだとも」
リリアの言葉を肯定する。やれやれ、今更何を言っているのか。
「よく考えてみてくれ。自分の兄が人望の公爵だったらと」
「え?」
「ブラコンになるなという方が無茶な話だろう」
「……それはそう、なんでしょうか……?」
分かったような分かっていないような顔で首を傾げるリリアに、私は「そうなんだよ」と鷹揚に頷いておいた。
◇ ◇ ◇
最初はまったく乗り気ではなかった。
両親――特にお母様――もクリストファーも私にドレスを着るようにとしつこく言っていたが、適当に流していつもどおり騎士団の制服か、またマーティンに騎士団の正装を借りるかでいいだろうと思っていた。
やれやれ、何故皆して、私に女性物の服を着せようとするのだろうか。
私の性別が女だから、女性らしい服装も似合うと思っているのだとしたら……大間違いである。
断言するが、間違いなく「女装」になる。
私のイケメンが一朝一夕で作られた物ではないように、女の子の「かわいい」も「綺麗」も、一朝一夕で作られる物ではないのだ。
イケメンも可愛いも作れるが、簡単だとは言っていない。
リリアのような千年に一度の美少女は別として、世の中の女の子たちが「かわいい」や「綺麗」にかける情熱と手間とお金を甘く見てはいけない。
敬意を持って賞賛こそすれ、軽視するべきではないのだ。
ただでさえ私は攻略対象たちと違って、もとの顔の作りが性別を超越するほど整っているわけでもない。
おそらく女装でタイマンを張れるのはロベルト相手くらいだ。
彼のガタイはさすがに女装向きではないので、そこでわずかに勝機がある。他は間違いなく私が惨敗する。
ドレスを着てメイクをして、ヒールを脱いでかつらも被ったとして、「ああ……ウン……」としか言えない微妙な仕上がりになることが確実なのである。
両親も義弟も、私に夢を見過ぎなのだ。
がっかりするのはそちらだし、がっかりされて嫌な気分になるのは私なのだから、やめていただきたい。
……と思っていたのだが、ついにお母様が奥の手を出してきて、状況は一変した。
お兄様がエスコートしてくれることになったのだ。
私はあっさり手のひらを返してドレスを受け入れた。お兄様に恥をかかせるわけにはいかない。
これ以上男色の噂が立つのは避けなければ。
ドレスを少しでもマシな状態で着るために、トレーニングも一部控えた。
主に胸部の筋肉を脂肪に変えるためだ。
ウエストも筋肉量を絞り、幅の足りない腰にはドレスの下に布を巻いてかさ増しする。
ドレスは肩幅の目立たないものを選択し、靴は踵の低いものにする。髪はもちろんかつらを準備した。
メイクはプロを何度も呼んで試行錯誤を繰り返した。
私のあまりの力の入れように、最初は大喜びしていたお母様は最終的に泣いていた。
もっと早くこうしていれば引き返せたとか、なんとか。
親を泣かせるのはなんとも気分が悪いが、黙殺する。そもそもお母様の撒いた種だ。
正直、男装の方が断然似合うのである。
私がただドレスを着ただけでは「女装」にしかならない。普段と正反対の服装をするには、それ相応の準備と努力が不可欠なのだ。
入念な準備を続けて、3ヶ月。私はようやく、デビュタントの日を迎えた。
◇ ◇ ◇
「大きくなったね、リジー」
お兄様が目を細めて、私を見る。その瞳は潤んでいて、今にも泣き出しそうだ。
お兄様のやわらかくふわふわした手を取って、ダンスホールに足を踏み入れる。
まったく、お兄様ときたら嬉しいときも怒ったときも泣くものだから、私はいつも弱ってしまう。
「ドレス姿もとても綺麗だよ。よく似合ってる」
「ありがとうございます。お兄様と踊れるのなら、いつでもドレスを着ますよ」
「ふふ、調子がいいんだから」
お兄様が小さく笑った。
そうだ。お兄様はやはり、笑っていなくては。
「いつかはリジーも、誰か大切な人と踊ることになるよ。その時は今日よりももっと綺麗なんだろうね」
「ハードルを上げないでください。これが私の最大限です」
「あ、待って。結婚式想像しちゃった。泣きそう」
「お兄様」
思わず苦笑いしてしまった。せっかく笑わせたのに、また泣いてしまったら台無しだ。
ホールドの形を取って、音楽が流れるのを待つ。周囲からちらほらと声が聞こえてきた。
「あのご令嬢、どちらの方かしら」
「ついにバートン伯が婚約なされたとか?」
「なるほど、婚約者か」
ふむ。どうやら私の女装がうまく行き過ぎて、見知らぬご令嬢とバートン伯、という構図になっているらしい。
「……リジー。これ、僕の婚期、また遠のいてない?」
「さぁ? どうでしょう」
ぼそりと呟くお兄様に、素知らぬ顔でしらを切っておいた。
音楽が始まる。ふくふくのほっぺの奥で、お兄様が私を見上げた。呼吸を合わせて、最初の一歩を踏み出す。
「お兄様」
「うん?」
「上の兄弟がつっかえている間は結婚いたしませんので、ご安心ください」
「あー、そんなこと言うんだ?」
◇ ◇ ◇
最初の一曲目は、恙無く終了した。
途中からテンションが上がってしまって、リードする側とされる側が逆転していたが、まぁ皆他人のことなどそれほど見ていないだろう。
知り合いに捕まったお兄様と別れて飲み物を取りに行くと、リリアと行き会った。
「エリ様、ほんとにドレスだ……」
「悪役令嬢っぽいだろう」
驚愕の表情でこちらを見るリリアに、その場で一回転して見せた。
スレンダーラインのシンプルな黒のドレスに、大ぶりのサファイアを使ったネックレスとイヤリング、低めのヒールのパンプス。
肩幅を誤魔化すために髪型はダウンスタイルにして、しっかり巻いて片側に流している。
化粧もばっちり、睫毛もばっちりだ。
そして何より、この日のために調整したこの肉体美である。
「見てくれ、この胸部装甲を」
「胸部装甲」
「腰部装甲は人工だが」
「人工」
もともと肩幅がそれなりにあるところ、ウエストをコルセットでギリギリと締め上げ、腰にはかさ増しの布を巻いている。
そのおかげで、ドレス越しに見るとまるで出るところが出ているようなシルエットになっていた。
実際は腰幅が足りていないので、このくびれはまやかしである。幻想である。
「思ったより、何ていうか……普通に似合ってて、びっくりしました。一瞬分からなかったです」
「そこは努力と加工の成果だね。でもこれ、股がスースーしてて落ち着かないんだ」
「完全に女装した男性の感想な件」
リリアが「よかった、いつものエリ様だ」と呟いた。どういう意味だ。
そういうリリアは、ドレスアップしているといつもより大人っぽく見える。
ヒールのある靴を履いているので、私のシークレットソールがない分以上に身長差が縮まっていた。
「視線が低いのも妙な感じだな。いつもより君が近く感じる」
「エリ様、ヒールなくても十分背高いと思うんですけど……どうしていつもシークレットブーツなんですか?」
「いや、やはり180センチはないと男としてのスタートラインに立てないからね」
「ぜ、全方位に喧嘩を売るのをやめてください!」
言ってから、リリアは再び私に視線を向ける。
上から下までじっくり眺めた後、目を伏せてぽつりとこぼした。
「わたしは、いつものエリ様が好きです」
「私もだよ」
なんと! またもレビューをいただきました!
この場を借りてお礼申し上げます、ありがとうございます!
また感想やブクマ、評価もいつも本当にありがとうございます。
完結後もこうして読んでくださる方がいて、感想やレビューをいただけること、とても嬉しいです。
作者は褒められると調子に乗って筆が進んでしまうタイプなので、気が向かれたらぜひガソリンをお願いします笑





