病院の謎
目覚めてから1週間経った。
身体の痛みはほぼ消えたが、ダイレーションだけは苦手だ。
それでも最初の頃の倍くらいの直径のダイレーターが入る様にはなっている。
美沙が部屋に入ってきた。
『おはようございます。今日は顔の包帯を取りますね。』
腫れている間はガーゼの交換の時鏡を見せて貰えず、自分がどんな顔になっているか全く分からない。
もっとも、もともとどんな顔をしていたのかも覚えていないのだ。
美沙がゆっくり包帯を取っていくがまだガーゼでよくは分からない。
ただ、二重まぶたの大きな目であるのは分かる。
頬のガーゼを剥がすと鏡の向こうには顎の細い美女がいた。
頬の肉付きも元男性のものとは違う。
『髪はまだ伸びていないけど、ウィッグをかぶれば良いわ。もうメイクも大丈夫だけど、やり方覚えないといけないわね。』
そのまま素っぴんでも大丈夫そうだが女性にメイクは必須だ。
『後で基本メイクは教えますね。後で先生が回診に来て、たぶん今日から声を出す事も出来ると思いますよ。』
美沙はにこやかに話した。
午後になり、院長の診察を受ける。
『声を出してみて。』
『あー。』
『普通の会話なら大丈夫だろう。あまり長い間話し続けたり大きな声は出さない様に。』
『……ありがとうございます。』
出した声は高い音域だが、女性の声とは思えない。
『……これが……自分の声?』
『トレーニングをしていれば普通の女性っぽい声を出せるはずだよ。』
不思議だ。
過去の記憶が全く無いとは言え自分が女性になるなんて望むだろうか?
それに自分で女性になると望んだのであれば何故その後記憶が無くなってしまったのだろうか?
そもそも本当に自分は麻薬密売という闇の組織にいたのか?
考えれば考える程分からない事だらけである。
北尾は一見優しそうに見えるがどうも裏がありそうだ。
『……あの……看護師さん?』
初めて美沙に声を掛けた。
『美沙で良いですよ。』
美沙も謎を全て知っているのかが気になる。
笑顔でこちらの方を見る美沙を見て、この笑顔で自分を騙していると思うと怒りを感じてしまうがどうもその様には思えない。
『美沙さん、院長先生ってどんな方ですか?』
単刀直入に聞いてみた。
『とても素晴らしい先生ですよ。天才外科医としても有名ですし、最近では遅れていると言われている日本の性別適合手術の第一人者としてメディアにもよく取り上げられていますし。』
なるほど、以前どんな男だったかは分からないが、女性化された自分の身体を見ると性別適合手術の第一人者というのは理解出来る。
いろいろな事を考えすぎて頭が痛くなってきた。
『どうしました?』
頭を抱えると直ぐに美沙が反応した。
『少し頭が……。』
『早くご自分の事を思い出したい気持ちはわかりますが、まだ完全では無いので無理はしないで下さい。今お薬出しますからね。』
そのまま美沙に寝かし付けられた。
薬を飲むと楽になるが、そのまま余計な事を考えるのが嫌になる。
まるで記憶を取り戻そうという気持ちを打ち消されてしまいそうだ。
『テレビでも点けましょうか?』
美沙がリモコンのボタンを押した。
ちょうど夕方のニュース番組の時間帯であるが、最近はどの局も昼下がりのワイドショーから引き続いてニュース番組になる。
そのニュース自体もワイドショーとあまり内容が変わらない気がする。
ぼーっとしながらテレビを観ていたら、見た事のある人物が映っていた。
『……院長先生?』
『院長先生は毎週この番組のコメンテーターとして出演されているんですよ。』
たぶん美沙は北尾がテレビに出る時間に合わせて点けたのだと思う。
『我が国の性別適合手術はまだタイや韓国に比べると遅れています。手術の出来る医師や病院が少ないのが原因ですし日本の法制度の問題もあります。男性から女性、即ちMtFの手術の場合、大まかに分けて反転法とS字結腸法という2つがありますが、日本ではほとんどS字結腸法しか行なわれる事はありません。反転法は切り取った睾丸の皮を使うのですが、MtFの患者は最低2年ほどホルモン治療をして手術をします。ところがホルモン治療をしていくと睾丸も皮も縮小されるので反転法に必要な皮が足りなくなるのです。』
ちょうどMtFの性別適合手術に付いて解説をしていた。
『日本では性同一性障害患者にも保険が認められる様になりましたが、その条件はホルモン治療を行なっていない場合に限られてしまいます。学会でホルモン治療を薦めているにも関わらずホルモン治療をしてしまうと保険が適用されないという矛盾がある訳です。』
保険とかの話をしているが、自分の手術費用は何処から出ているのだろうか?
『私は先日まだホルモン治療を行なっていない患者に反転法で手術を致しました。確かにガイドラインからは外れる事になりますが、保険が適用されない現状でひとつの選択肢として提唱していきたいと考えております。』
『みずきさんの事ですね。』
一緒にテレビを観ていた美沙が説明したが自分は当事者である筈なのに全く理解出来なかった。




