秋のテストは春の余波
●前回あらすじ:
蒼竜クラスからの嫌がらせが続くので、当面はケンカを売られないソーマかトッチョのどちらかがボディーガードのようにして行動することになった。
一方、黄槍クラスのマテューも、黒鋼クラスを相手に武技のクラス対抗戦で「八百長をしたのか」などと疑われてもいるらしい。
秋期国内統一テストは大きな波乱もなく終わった。
テストの邪魔がまた入るのでは思ったが、誰かが手を回してくれたのか、問題文の読み方も残り時間を示す魔道具も特に問題なく快適にテストに取り組めた。
我ながら手応えはアリ。
いや、まあ、さすがにまだまだ簡単だからなぁ。
これはさぞかしみんなもいい結果が出ただろうと思って、掲示板に貼り出されるテスト結果を見に行った——。
「……え?」
目を疑った。
・秋期国内統一テスト クラス別順位・1年生・
1位 白騎クラス
2位 蒼竜クラス
3位 黄槍クラス
4位 緋剣クラス
5位 黒鋼クラス
6位 碧盾クラス
「5位……?」
な、なんでだ? 前回は2位だったのに……?
まさか得点を操作された?
いやさすがにそれは……。
「——えぇー!? もっと順位いいのかと思ったのに!」
「——結構今回できたと思ったんだけどな」
「——ああ、前回よりも簡単だったよ」
黒鋼クラスのみんなの声に俺はハッとする。
そうか。
そういうことか。
前回よりも簡単だった——だから、「全体的に高得点」になったんだ。
そうなると小さなミスが命取りになるし、小さなミスをやらかしそうな生徒はウチにいっぱいいる。
「点数、前回よりいいのに俺の個人順位下がってるぞ○」
「そりゃ国内統一だからだろ×」
「にしても下がりすぎじゃね? 余裕だと思って見直ししなかったからか◇」
「——そういうところォ!」
俺は○×◇の3人の頭を後ろからひっぱたいた。
「いてぇ!?○」
「な、なにするんだよ×」
「男の暴力反対!◇」
「お前ら……問題を解き終わったら必ず見直ししろって言ったろうが」
「…………」
「…………」
「…………」
顔を見合わせててへぺろしてやがる……! こ、こいつら、少し勉強ができるようになったからって調子に乗ってやがる……!?
そうだ! 個人順位! まさか俺も1位から陥落とかはないよな……!?
・秋期国内統一テスト 個人別順位・1年生・
1位 ソーンマルクス=レック(黒鋼)
2位 キルトフリューグ=ソーディア=ラーゲンベルク(白騎)
3位 テムズ=フランケン(ウェストライン)
4位 リエルスローズ=アクシア=グランブルク(緋剣)
5位 ヴァントール=ランツィア=ハーケンベルク(蒼竜)
6位 リッカ=フランケン(ウェストライン)
7位 マテュー=アクシア=ハンマブルク(黄槍)
8位 ルチカ=シールディア=ラングブルク(黒鋼)
9位 クローディア=アクシア=ヴォルフスブルク(碧盾)
:
:
よかった、1位はさすがに確保できたか……。
あとさすがのキールくんは2位。
ルチカはちょっと下がっちゃったけど、マテューとかがんばったんだろうなって思うとほっこりするわ。なにげにリエリィもヴァントールに勝ってるし。
あと碧盾のクローディアちゃんも一桁順位か。
……ていうか。
「テムズ=フランケンとリッカ=フランケンって何者ォ!?」
いきなり知らん名前出てきた!
「ウェストライン」ってことはウェストライン州の騎士学校ってことか。
やべー。やべーよ。
いるんだな、よその学校にもすげえやつが……。
名前から見るに双子か?
でもざっと見ても、100位以内に他校生はそう多くはないんだよな。全部で10人いるかどうかってくらいで。
それだけに3位と6位の双子が目立ちまくってる。ぎりぎりで負けたであろうマテューを後でからかってやらねば……。
「よっしゃあ! 順位上がったぞ!」
俺の横で喜んでいたのはトッチョだ。
284位 トッチョ=シールディア=ラングブルク(黒鋼)
「……お前、前は何位だっけ?」
「285位」
1つだけじゃねーか上がったの!
全体的に下げてる中で上げたのは確かにすごいけどさあ!
38位 リット
49位 オリザちゃん
111位 マール
112位 バッツ
113位 シッカク
287位 スヴェン
みんな10位以上は落ちてる。
特にスヴェンの落ち幅が大きく、さらにはトッチョに抜かれたことから、
「…………」
俺の横で石像のように固まって順位表を見つめてる。おーい、スヴェン。そんなに見たら紙に穴が開くぞ。
うーん、黒鋼クラス全体で見ると3桁順位は当たり前って感じになってるな……。
これは……みんなたるんでいるのでは?
「黒鋼クラス、集合!!」
「……もう集まってるよ」
テスト結果を見た俺たちは黒鋼クラスの教室に集合していた。
なんだかクラス全体の空気は重いし、オリザちゃんくらいしか俺にツッコミを入れてくれない。
「おお、全員そろってるか」
教室に入ったきたのはジノブランド先生だった。
「あー……まあ、結果は見ての通りだ。ソーンマルクスは相変わらずの順位で気持ち悪いくらいだが、お前たち全員、そう悪い点数ではなかった」
「先生、俺のことさらっとディスるの止めてもらえます?」
「平均点が今回は高くてな、ケアレスミスの差がそのまま順位につながったと言ってもいいだろう。もちろん、他のクラスの生徒もよくがんばって勉強したそうだ」
やっぱり俺の見立てどおりか。
他クラスががんばったのは、1学期に黒鋼クラスに負けたのがショックだった反動だろう。
逆に——うちのクラスはどこかのんびりしている。
まあ、順位は下がったけど、俺たちもがんばったじゃないか——みたいな感じだ。
「ふっふっふ……」
こいつら、1学期のときの地獄の勉強を忘れたようだな……。
そうかそうか。
あれくらいの必死さがないから、ケアレスミスなんぞをしてしまうんだな? 見直しをしないなんていう余裕をぶっこけるんだな?
「お、おい、ソーンマルクス。顔が邪悪になっているぞ」
「なぁに先生、たいしたことじゃぁ、ございやせん……」
「そ、そうか?」
こほん、と先生はひとつ咳払いをした。
「あー、とりあえずこの内容は共有してもいいということだったので話すが、今回のテストは白騎クラスが頭ひとつ抜きんでて平均点が高かった。しかしその下、蒼竜、黄槍、緋剣、黒鋼、碧盾の5クラスは、クラス平均点が各順位ごと5点以内に収まっている。つまり、黒鋼と碧盾のクラス平均点は5点も離れていないということだ」
「!!」
みんなびくりとした。
前回のクラス順位で2位までたどり着いていたのに、気づいたら最下位が真後ろに迫っているのだ。
「碧盾クラスだって、お前たちと同じこの学園の生徒だ。才能のある生徒も多いことを忘れてはならない。……私からは以上だ」
ジノブランド先生の言葉は、いや、先生の語った「事実」は、どんな煽り文句よりもクラスのみんなに響いたようだ。
これなら次回は大丈夫かもしれないな。
(クローディアちゃん、がんばったんだなぁ)
個人順位で9位に入ったことはもちろん、あのわめきちらしていたグーピー先生から新しい人に担任が替わった碧盾クラスをここまで引っ張ってきたんだ。
……相変わらずルチカの書いてる「裏☆ロイヤルスクール・タイムズ」の腐った文章を手にするときには鼻息が荒いんだけどな。
「意外だなー」
黒鋼寮の部屋に戻ると、我がルームメイトの守銭奴ことリットにいきなりそんなことを言われた。
「なんの話?」
「いやさ、ソーマのことだから、テストの順位が悪かったのを『勉強が足りなかったみたいですねぇ……ヒヒヒヒ』って感じでスパルタ授業を始めるのかなって思ってたから」
「お前俺のことなんだと思ってるん?」
「最下位クラスの生徒が辞めさせられるっていうルールはまだあるわけじゃん?」
「まあ……そりゃね。だけどジノブランド先生の話を聞いたみんなの反応見てただろ? あれなら大丈夫だよ。秋の武技個人戦はクラス順位関係ねーし。2年に進級すればこのアホルールが適用されないみたいだから、問題は最後の冬の統一テストだけだ」
「なるほどね」
リットは納得してくれたようだ。
ちなみに碧盾クラスにはあのアホルールが適用されなかったようで大変喜ばしい。
ジノブランド先生がこっそり教えてくれたけど、今年の1年生はほとんど退学者がおらず、学園の歴史上、最も人数の多い進級になりそうだという。
それは喜ばしいんだけど、そもそも退学者出さない努力をしろよな?
「…………」
「…………」
「……で、ソーマさんや」
「なんだね、リットさんや」
「なに作ってんの?」
俺は作業の手を止めた。
ぼろきれを集めてその中にとある粉末を入れて玉を作る作業だ。
ちなみに言うとスヴェンはこの部屋にはいない。なにしてるかって? 言わせんなよ(修行)。
「いやさ、これから個人戦あるよな」
「うん」
「あと1か月後だよな」
「そうだね」
「蒼竜と戦うことも十分あり得るわけだ」
「そりゃまぁ……ね」
「今の黒鋼のみんなは気持ちで負けてるところがあるよな」
「あー……うん、あると思う」
「それでこの玉です」
「全然わからないからね? 説明する気ないよね?」
「お、怒るなって、真顔で迫るなって、俺のこめかみをぐりぐりするなって!」
まったくもう、リットはせっかちで短気だなぁ。
「君、今心の中でボクをバカにしなかった?」
そしてやたらと勘がいいなぁ。
「とりあえず……これがちゃんと作動するかわからないから、テストしようとは思うんだよね。リットも見てみる?」
「テスト?」
俺はうなずいて——ふたりで学園内の「錬金術実験室」へ向かった。
この世界には科学はあれど化学はない、みたいなところがある。
物質を掛け合わせることによる変質は「錬金術」になっちゃうらしい。
だけどまぁ、この実験室に置いてあるものは化学のための代物だ。マグネシウムに塩酸、加熱のための魔道具まである。
……謎の巨大蜘蛛の目玉とか、人の顔をしたドライフラワーとか、なんかそういう怪しげなものもいっぱいあるけど。
「ソーンマルクス……お願いだから器具を壊すんじゃないぞ。私の給料なんかじゃ買えないものばかりだからな……」
ジノブランド先生が胡乱な目で見てくる。
実はこの錬金術実験室はいち生徒が勝手に借りられるものではない。先生の許可が必要なのだ。
「だーいじょーぶですって。それより先生、こんなところにいていいんですか? 確か妹のランジーンさんに出す手紙がなんとかって——」
「そうだった! こんなところにいる時間などなかった。ランジーン待ってろ!」
そう言うと先生はぴゅーっと部屋を出て行った。
「…………」
「…………」
「……ジノブランド先生ってさ……いや、やっぱいいや」
リットがなにか言いかけて、止めた。
うむ。それ以上は言わなくてよろしい。ただでさえシスコンはトッチョだけでお腹いっぱいだってのにな。
今日発売の乗合馬車のチケットを妹さんに送って、年越しをいっしょにこちらで過ごしたいらしい。
年末年始のチケットはすぐに売り切れてしまうので先生は急いでいたのだ。
「で? ここでなにするの?」
「おお。これだよこれ」
俺はさっき部屋で作っていたぼろきれの玉を取り出した。
黒の粉を一度出してみる。
「なにこれ……?」
「自前で用意したのより、ここのヤツのほうが上等そうだなぁ」
俺は銅と硫黄の粉末を用意し、魔道具で加熱する。
「なにしてんの、マジで」
「硫化銅を作ってる」
「…………?」
リットくんが首をかしげている。まあ、その辺りの化学式は気にしなくてもいいだろ。
俺はそれを小皿に移してアルコールを振りかけた。
火種を近づけると——。
ボッ。
「うわあああ!? なにこれ!!」
立ち上った炎は緑色だった。
これは炎色反応と言ってだな——と偉そうにうんちくでも垂れようとしたときだった。
がさっ、と実験室の窓の外からなにか音が聞こえた。
俺が窓を開いて外を見ると——植え込みや木々はあるけど、誰もいない。
「ど、どうしたの、ソーマ」
「あー……いや、誰かいたような気がしたけど、気のせいか」
「それより今のなに!? 緑色の炎なんて初めて見たんだけど!」
「そうか? やっぱり珍しいのか」
俺はそれからいろいろと実験をする。
白金線が必要だが酸化銅と炭を混ぜて焼くとこれも緑色。
塩化銅や塩化ナトリウムも炎色反応があるのだが……ここにはないっぽいな。
エタノールを燃やすとこれは薄い青色になった。
「なるほどね」
化学反応は地球と同じだな。
「な、なにがなるほどなんだよ……ボク、ソーマが錬金術にまで明るいとは知らなかったんだけど……」
「い、いや、そんなにドン引きするなよ」
「こんなこと調べてどうするんだ……?」
「ああ、そうか。その目的を話せばリットも安心したかもしれないな。蒼竜チームに勝つには、みんなもっと精神的に鍛えなきゃいけないって言ったろ?」
「う、うん……それが? この火を見せて脅かすってこと?」
「近い。けどもうちょっと大がかりにやる」
俺は言った。
「肝試しをしよう」
* 学園長室 *
「が、学園長、大変です!」
「……なんじゃ、ノックもせずに」
学園長室に飛び込んで来た小柄な男は、学園の事務員だった。
どこかの茂みにでも隠れていたのか折れた小枝が頭や服にくっついている。
「た、大変です……!」
「大変なのは君のほうじゃろうが。もし仮に今、ここに来客でもあったら、ワシは君の首をなんのためらいもなく切っただろう」
「!?」
そこで初めて事務員は居住まいを正した。
呆れたように学園長はため息を吐く——鳥の巣のような白髪頭に、着ている服は裾の長いローブ。
このロイヤルスクールの長にして、王国でも数少ない魔法使いの学園長だった。
「も、申し訳、ありません……!」
「……それで、なにがあった」
促され、事務員は話し出した。
彼が監視を任されている1年黒鋼クラスの担任が突然錬金術実験室の使用許可を求めたこと。
元々ジノブランドは妹の治療薬を研究するために実験室をちょいちょい利用していたが、妹が治ってからはまったく使っていなかった。
実験室にはソーンマルクスともうひとり黒鋼生徒がいた。
そしてソーンマルクスは、
「……いともたやすく緑色の炎を出した、じゃと?」
「は、はいっ」
「…………」
学園長は立ち上がると、広い室内をぐるぐると歩き始めた。
「『緑の炎』が魔法使いの、魔力の顕現の証であることを知っている者は少ないが……ソーンマルクスがまさか魔法に目覚めたというのか?」
「わ、わかりません。話し声までは聞こえませんでしたから。しかしその後、青色の炎も出したりして」
「ううむ。であれば初級炎魔法を修めたと見てよかろう」
学園長は立ち止まると、机に立て掛けてあった杖を手にして床をコツ、コツと叩いた。
「しかし、引っかかる。なぜわざわざ実験室で魔力を利用した?」
「それは触媒を使うためではないかと……」
「あそこには魔力を得られるような触媒はない」
コツ、コツ、と床を叩く。
「……忌々しい、あの者が魔力に目覚めるなどとは……ここ数年、騎士にはおらんかった魔法の使い手じゃというのに……」
「由々しき事態でございます」
「……しかし、魔法だと確実に決まったわけではない」
「た、確かに……」
「ワシがこの目で確認してやろう。ソーンマルクスの情報を毎日報告せよ!」
「わかりました!」
事務員はお辞儀をすると部屋を飛び出して言った。
化学の知識がない学園長は、「炎の色が変わる」ことはすなわち「魔法」だと思い込んでしまったーー。
学園長は魔法使いなんだぜ(忘れていた人用のメモ)。