人魂燃ゆる冬
●前回あらすじ:
思いのほか秋の統一テストの順位が悪かった黒鋼クラス。それはテスト問題が難しくなく全体の平均点が上がった結果、ケアレスミスの多い彼らは順位を落とした……という結果でもあった。
他の学園にも麒麟児がいそうだという気配の中、ソーマはある決心をする。クラスメイトの精神面を鍛えるために、「肝試し」をやるのだ。そのために人魂用の変わった色の炎を作ろうとするソーマだったが、それを目撃され、緑の炎は魔法の炎だと学園長は勘違いをし……。
「あー、諸君。なぜこんな夜遅くに呼び出されたかわかるかね?」
俺が言うと黒鋼寮の前庭は静まり返った。
秋も深まり夜になれば冷えてくる。
長袖を着込んできた女子と、いまだ半袖で元気いっぱいの——ただのバカとも言えるが——男子たち。
その誰もが疑心暗鬼に視線をかわしていた。
「なんなんだよ……夕食後に呼び出すなんて。まともな考えじゃないよ」
オリザちゃんがイライラしながら言う。
まあね。もう夜の9時前っていうくらいで、当然校舎の明かりも消えて、周囲は静まり返っている。
「俺はみんなに聞きたい。秋のテストの結果は満足だったのかと」
「むっ……」
するとオリザちゃんも言葉を呑み込んでしまった。
ジノブランド先生に言われた、6位の碧盾クラスとの点差が5点以内だというのが効いているのだろう。
「学んだ知識は無駄じゃない。だけど、テストでそれを発揮できなければ無駄になる。みんなに足りないのはなんだ!? はい、トッチョ!」
俺が指差すと、
「え!? え、ええっと、そ、そうだな……ずばり『腕っ節』だろ?」
「バカ!! 脳みそ筋肉!! なにカッコつけて『ずばり』とか言ってんだよ!!『腕っ節』がテストで役に立つわけないだろ!!」
「!!?!???!!」
「次!! オービット!」
タバスコでも飲んだみたいに真っ赤になって動けなくなったトッチョの横にいたオービットはびくりと身体を震わせると、
「え、えと……テスト本番で動じない、冷静な心、でしょうか……」
「正解! そのとおりだ。だけどそれを養うにはどうしたらいいかわかるか?」
俺が聞くと、全員が首をかしげる。
「俺の故郷では古来より精神を鍛えるために有効なものがある。それが——『肝試し』だ!」
「『肝試し』ぃ……?」
トッチョの取り巻き四人衆のひとりが言うので、
「そう。ルールは簡単。黒鋼寮の裏庭にある森の決められたルートを通って黒鋼寮に戻ってくるだけ。ルート上にある木には白い布を巻いてあるから、迷うことはないよ」
説明を聞いたみんなが反応する。
「なんだよ、楽勝じゃん」
「ええっ、怖いよ……」
「真っ暗なんでしょ?」
「はあ? 女子は怖がりだなー」
ぱん、ぱん、と俺は手を叩いた。
「行くのはひとりじゃないぞー。ふたり一組にする。誰と組むのかは自由だが……ちなみに言っておくと、古来より俺の故郷では『肝試し』でいっしょに入った男女は恋仲になることが多いと言われているな」
「!!」
ぎらんっ、と男子と一部の女子の目が輝いた。
「ルチカァッ! 他の男といっしょに行くなんて許さねーぞ!」
「バカお兄ちゃん! どうしてそうなるのよ!?」
トッチョ兄妹が揉め、
「お、俺といっしょに行きませんか?」
「べ、別にいいけど」
そんなやりとりをする男女もいて、
「オリザ様ぁ〜!○」
「アンタたち3人はまとめて行きな」
「そんなぁ〜×」
「ひどい……でも好きだ◇」
冷たくあしらわれる○×◇。
よしよし、モチベーションが上がったヤツらもいるな。
「——へえ、なかなかおもしろそうなことしてるじゃねーか」
とそこへやってきたのは、
「マテュー!?」
「僕もいるよ〜」
「フランシスも! ……ってお前らなんだよ。夜に寮から出るなよ」
「いや、すでに出ててなんかイベントやろうとしてるお前に言われたくねーけど」
イベントじゃない。「肝試し」だ。
「どうやって俺たちのこと知ったんだよ。『肝試し』については秘中の秘で、クラスの誰も知らなかったんだぞ?」
「張り込ませてるスパイから連絡があってな」
しれっとすさまじいこと言ったぞこいつ。
「一応聞くけど……まさか混じりたいとか言わないよな?」
「そのまさかさ」
すると女子たちが「きゃぁっ」と声を上げた。おい、君たち、さっきクラスの男子からペアを申し込まれて承諾してなかったっけ? ペアの男子が悲しそうな顔してるぞ。
「ダメだダメだ。帰れ帰れ。こっちは黒鋼クラスのメンタルアップのためにやるんだよ。それに、全身鎧のおじいちゃん警備員の皆さんに見つかったらことだぞ」
「それを言うならお前たちだってそうだろ?」
「許可もらってる」
「……なんだって?」
「『肝試し』の主旨を話したらガラハドさんやジョニーさんも手伝ってくれるって」
「はあ!? あの堅物の警備員がそう言ったのかよ!?」
マテューが驚いて「ていうかガラハドとかジョニーって名前だったのかよ」とか言ってる。
「そういうわけで、帰れ」
「えぇ〜。僕はソーマといっしょに回りたいなぁ」
甘えた声でフランシスが俺の腕を取ってくると、ルチカちゃんっぽい声で「ぶほぁっ! 尊いですぅ!」と聞こえた気がしたが、さすがにルチカちゃんはそんなこと言わないよな?
「あのなあ、主催の俺が回ってどうするんだよ。俺には役割もあるし」
脅かし役という役割がなぁ!
「え、それじゃ僕そっち手伝うよ」
「それは——ん? ああ、じゃあ手伝ってもらおうかな」
「うん!」
「日当は出ないぞ?」
「そんなの要らないよ〜」
きらきらした笑顔でうなずいてくれる。
これですよこれ。この素直さですよ。リットさんにも見習って欲しいですねえ。
ちなみにリットは脅かし役としてすでに暗い森にスタンバイしているが、報酬は銀貨2枚(2千円相当)だ。
「はぁ……そんならマテューも参加していいよ。誰かといっしょになって森に来てくれ」
「ああ。誰と行こうかな」
マテューがちらりと見ると女子たちが期待した目でマテューに視線を返すが、ひとりだけ呆れたため息を吐いて額を押さえている女子がいた。
「俺といっしょに行こうぜ、オリザ=シールディア=フェンブルク」
マテューが選んだのはオリザちゃんだった。
きゃぁっ、と黄色い声が上がり、おおおぉん、と○×◇の悲痛な声が上がった。
「は? なんでアンタと」
「いいだろう。お互い、クラスの長同士、話せることもある」
「……そりゃ、まあ」
お、なんかまとまりそうだぞ。
「それじゃー、ふたり一組を作っておけよ。——フランシス、ひとつお願いしていいか?」
「うん、なになに?」
「ここにいて、大体5分おきくらいで裏庭に送り出して欲しいんだ。入口を説明するから——」
こうして「肝試し」はスタートした。
だけど俺は知らなかった——マテューがスパイを潜ませているように、他にもこの光景を見ている人がいたことを。
* 学園長室 *
「が、学園長、大変です!」
「……なんじゃ、ノックもせずに。お前、この間もワシはノックしろと言ったろうが」
「も、申し訳ありません!」
支度を終えて帰ろうとしていた学園長は不愉快そうに、部屋に飛び込んで来た学園の事務員を見ていたが、
「……確か、ソーンマルクス=レックの監視をさせていた者だったな?」
「は、はい。実はご報告したいことが……」
「明日ではダメなのか? まったく、手短に話せ」
事務員は額の汗を拭って言った。
「ソーンマルクスに動きがありました。夜分であるというのに、生徒を集めてなにやら森に入っていくのです」
「なんじゃそれは……。おかしなことではあるが、報告する必要があるのか?」
「い、いえ、その、あまりに突飛な行動でしたので」
「バカバカしい。ワシは帰るぞ。子どもを森に集めるなど、ただの不良の……」
言いかけた学園長は、はたと立ち止まった。
「……もしや、邪術か」
「は?」
「年若き者の魂を捧げて魔力を得るという方法がある。もしそのような術に通じているのなら、黒鋼クラスにして学年1位というのもうなずける……」
「が、学園長……?」
事務員はその場にへなへなと座り込んでしまった。
学園長の身体から立ち上る薄紫色のエネルギーに、その迫力に、気圧されてしまったのだ。
「許さんぞ、ソーンマルクス=レック……!!」
*
「ぎゃああ!? モ、モ、モンスター!?」
「ちょっ、逃げないでよーっ!」
暗がりからヌッとガラハドさんが出てくるだけで逃げていく男子。そしてそれを追う女子。
「……いやぁ、思ってた以上にみんな小心だなぁ」
「ありゃぁいかんぞ。おなごを置いて逃げるおのこなぞ、嘆かわしい」
「ですよね」
ガラハドさんはぷるぷるしながら俺のところへ戻ってきた。
暗い森の中、ちょっと脅かされるだけで逃げ出してしまう生徒の多いこと多いこと。
「肝試し」の文化がなかったせいか、あるいは恐怖に対して耐性がないのか。
「しかしこの方法はいいのぉ、ワシがもっと若かったら、白騎獣騎士団の正規訓練に取り入れたんじゃが……」
ホワイトライダーズ? 白騎獣って言った?
ガラハドさんは昔騎士だったらしいことは知ってるけど、なにをしてたかまでは具体的に聞いてないんだよな。
聞いてはいけない事実もある。
俺、貴族の世界についてちょっと詳しくなったからわかるんだ……。
「おっ、あの者はなかなか胆力があるぞ」
ガラハドさんの言葉にそちらを見ると、
「——なるほど、こうして脅かすのか」
「——ソーマの考えそうなことだよ」
平然としてすたすた歩いてくるマテューとオリザちゃんがいた。
このふたりは確かにびびらなさそうだよな〜。
ちなみに入口を入ってすぐのところにはリットがいて、白い布をかぶって「ばぁ」と飛び出る役をしている。大抵はこれだけで大いに怖がってくれ、ガラハドさんとジョニーさんが「ばぁぁ(しゃがれ声)」と出てきてトドメを刺す形だ。
だけどマテューとオリザちゃんなら警備員チームも突破しそうだな。
「よし……じゃあ第三段階だな」
俺の役割もありそうだなと、最後の脅かしポイントまで移動する。
ざっ、ざっ、というふたりぶんの足音が聞こえてくる。
うーん、オリザちゃんには余裕だったか。まあ、彼女ならテストで慢心するなんてことはないだろうしな。
そこに頼もしさも感じつつ、俺は最後の準備に取りかかった。
取り出しましたるは釣り竿と、その先につけた針金。
ぶら下がっているのは硫化銅の粉とアルコールを付けた玉だ。
そこに火を点ければ——。
「ん?」
「え?」
ふたりの前に現れる、緑色の炎。
そう、人魂だ!
「な、な、な、なんなんだよ、これ!?」
「オリザ嬢、伏せろ!」
あれ?
ここは「キャァー」とか「怖いー」とかいう声が出てくるところじゃないの?
釣り竿で人魂をぶら下げている俺が首をかしげていると、
「何者だ!! このロイヤルスクールに魔法使いが襲撃するなどいい度胸だな!!」
マテューの、気合いの入った声が聞こえてきた。
……うん?
え、なに、魔法使い? 襲撃?
やっべぇ、なんかとんでもない勘違いしてるぞ。
「ちょっ、ちょっと待った! マテュー、お前なにか勘違い——」
「——馬脚を現したな、ソーンマルクス=レック」
大木の陰に隠れていた俺がそこから出て行こうとしたときだった。
誰か、しゃがれた声が聞こえたかと思うと、
「!?」
俺の身体がいきなり動かなくなったんだ。
そりゃあもう、釣り竿を持った状態のまま、ぴしりと、まばたきすらできない状態に。
(え、な、なに!? なんだこれ!? 金縛り!?)
身体中がぴりぴりしている。
(俺の身体はどうなっちまったんだ……!?)
わけがわからないでいると、ざざざざっ、という足音とともに俺は周囲を囲まれたのを感じた。
カッ、という明かりが暗い森の中を照らし出す。
俺が見たのは、オリザちゃんを背後にかばおうとするマテュー。
そして反対側からこちらに近づいてくる——小柄な老人。
杖を突いて、白髪頭はぼかーんと爆発したかのようで。
その人は、
(が、学園長……!? なんでここに!?)
なるべくお近づきになりたくない、トップクラスに俺を敵視している人物だ。
「ソーンマルクス=レック。貴様は王国内で違法とされている邪術に手を染め、他者の命を弄び、その対価に魔法を手に入れていた……」
ざわっ、と周囲がざわつく。
俺を取り囲んでいたのは夜の警備員じゃなく、昼の警備を担当している一般兵の皆さんだった。
なるほど、違法の邪術で他者の命を使い、魔法を手に入れた……。
(いや、誰のことォ!?)
「ふん。図星でなにも言えぬか」
(その前に動けもしませんけど!?)
「が、学園長……? それに、ソーマだったのか、今の魔法は」
ようやく脅かし役が俺だと気づいたらしいマテューが言う。
違うけど! 魔法じゃないけど!
「そのとおりじゃ。マテュー=アクシア=ハンマブルク、命拾いしたな」
「し、しかし学園長。彼が魔法を使って俺たちを攻撃したなどというのは理解できません」
「見てみよ。あの邪悪な形状の杖を」
これは釣り竿です!
「ですが俺の目には、炎がなにかにぶら下がって揺れているように見えますが……」
「だからなんだ。緑の炎は魔法の証。平民が魔法を使えるようになるわけもあるまい」
魔法じゃないってば! 炎色反応だから!
「——物々しく兵士を連れ出したのは、お前か、ゲイリーよ」
とそこへやってきたのは警備員おじいちゃんのガラハドさんだった。
「ワシの名を軽々しく呼ぶな、警備員風情が」
「ほっほっ。その警備員風情に現役時代、ぼこぼこにされておったのは誰じゃろうかの?」
「バカめが。筋肉だけの貴様と、インテリのワシとを比べるな。現にワシは学園長、貴様は警備員じゃろうが」
ゲイリー……って、学園長の名前?
ていうかこのふたり面識あんの?
「……いい加減、魔法を解け。ソーンマルクスくんが魔法使いでないことくらいわかるじゃろうが」
「バカめ。その緑の炎がなによりの証拠よ」
「ほお?」
ガラハドさんは俺の横に来ると、釣り竿をひょいと取り上げた。
「!?」
「ゲイリーよ、これでもソーンマルクスくんが魔法使いだというのかのぅ?」
ガラハドさんは釣り竿をみょんみょんと振った。
当然、緑の炎はみょんみょんと動いた。
「さあ、ソーンマルクスくんを拘束している魔法を解かんか。種明かしを聞いたらよかろうが」
あ〜、疲れた……。
学園長室で「アレは炎色反応で、炎色反応というのは……」と説明を始め、納得してくれたかと思いきや「なぜ貴様にはそのような錬金術の知識がある?」と逆に詰め寄られ、しどろもどろしていた俺を、
「なんにせよよかったのぅ」
ガラハドさんが助けてくれたのだ。
ガラハドさんは俺といっしょに学園長室に入ってくれた唯一の人だ。
「さ、今日はもう寝なさい」
時間は11時になろうとしている。
肝試しは当然終わりになり、生徒たちは解散となった。
「はい……ガラハドさん、ありがとうございました」
「なんの。ワシも大いに勉強になった。この年になっても学べることがあるというのはすばらしいのぅ」
ガラハドさんは快活に笑って去って行った。
かっけぇ。
俺も年を食ったらああいうジイさんになりたい。
そのためには堅実な職を手に入れて平和に老後を迎えられるようにならなきゃならん(決意新た)。
「んで、それはそうと……」
俺はさっきの感覚を思い出していた。
学園長の勘違いには腹が立ったけど、肝試し自体は大体終わってたし、なにより——俺は魔法を自分の身体で体験できた。
「アレが魔法か……すげえな。なんの気配も感じずに、いきなり相手を縛り上げられるんだもんな」
学園長とガラハドさんが昔どういう関係だったかはわからないけど、魔法を使える学園長ですらガラハドさんには歯が立たなかったというのはすごいよな。
「魔法ってのは炎を飛ばしたりするだけじゃないんだな」
俺が見たのは、学園長室で炎の蝶が飛んだくらいだもんな。
「あのぴりぴりっていう感覚が魔力なのかな」
黒鋼寮まで歩く道のりでふと思う。
「……俺にはできないのかな」
ぴりぴり。ぴりぴり。
なんだろう、身体の外にふわふわしたなにかを纏うようなイメージ?
あるいは静電気?
あるいはウェットスーツみたいな……。
「…………」
できないか。
そう簡単じゃないよな。
「はー……俺、一応【魔導】ってスキルあるんだけどなぁ」
体内にあるほんわかした力を動かすイメージでスキルレベルは上げてきたけど、魔法として使えたことはなかった。
俺はなんとはなしに天稟「試行錯誤」で自分のスキルレベルを見て、
「…………!?」
固まった。
そこにはこうあったのだ。
【魔力操作】0.01
と。
一番持たせちゃいけないやつが手に入れてしまった。





