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運命ドミネイション  作者: 櫟 千一
3月13日
12/87

11話

 求人情報誌を手に持って、あらゆる店のアルバイト募集と言う広告をメモしていく。働く場所はどこでも良い。

 駅前なら多いと思っただけだったから、別に、駅前じゃなくても構わないのだけど。日が暮れて、腹の虫が泣きだす頃に、人気のない場所でコフタロンへ戻った。ベッドには稟堂が横になっている。

 すぐに気付いた。僕は、稟堂を仰向けで寝かせて、布団を掛けなかったが、今は横向きで布団をかぶって眠っている。

「稟堂? 大丈夫か?」

「……」

 稟堂は反応がない。もう一度呼んでみることにした。

「おーい?」

「……カ」

 何か聞こえたが、布団をかぶっていてよく聞こえない。

「え?」

「レイセンのバカ!!」

 泣きながらいきなり罵声の言葉を浴びせてきた。

「お、おい……。何だよ、急に」

「バカバカバカ! もう話したくない! レイセンなんかどうにでもなってしまえば良いんだ! もう知らない!」



 布団をかぶって顔を隠すが、頭が少しだけ見えている。

「稟堂、確かに僕が悪かったよ。でもさ。冗談を信じたお前にも、非はあるだろ。全部、僕の責任にするって言うのは、いくらなんでも無責任だと思うよ」

「全部レイセンのせい」

 布団で顔を隠しながら、涙声で言う。僕は大きくため息を吐く。こうなったらどうすれば良いのか分からない。

「あーもう、どうすればいいの?」

「あっ、そう言えばレイセンに何しても許される権利、私、持ってるよね」

 いきなり布団から起き上がって僕の方を見てくる。

「何言ってんの? そんなこと言った覚え……」

 瞬時に、ラーメン屋での出来事がフラッシュバックする。僕は稟堂の胸を揉んで、命に関わること以外なら何をしても良い権利と言うものを渡した。完全に忘れていた。



「そ、そんなこと、あったな……」

「じゃあ、今使うよ。レイセン。ベッドに座って、目を閉じて」

 あれ? この展開、もしかして……キス!?

「わ、分かったよ」

 稟堂のキスを受け止める準備をする。

 ファーストキスってやつになるので、僕は、酷く興奮していた。

 胸が高鳴っている。

 心臓のスピードが速まる。

 さあ、稟堂、僕と!

 

 直後、自分の顔に痛覚が走る。

 理解するのに三秒以上かかった。そのまま、僕は自分の布団に倒れ込む。

 目を開けて稟堂を見ると、満面の笑みを浮かべている。

「はあ。スッキリした」

「り、稟堂……?」

「レイセン、これは罰だからね? 私もやりたくてやったわけじゃないんだよ」

「そ、そうなの……か」

 あまりの痛みに僕は気が遠くなり、気付けば眠っていた。



 目が覚めると、部屋が暗くなっていた。

 ベッドには稟堂が眠っている。

 小腹が空いたので、僕は一度コフタロンから出て先ほど稟堂が放心状態になったコンビニへと向かった。稟堂が固まったコンビニの裏へ移動する。

 目を閉じて、移動したい場所を強く思いながら目を開くと、目の前の光景は白色の世界から何度か見ている、僕が生まれ育った世界になる。

 コンビニの扉を開けるとポップな入店音が響き渡る。すぐにレジ付近からダルそうな店員の言葉が聞こえてくる。

 何か食べ物を買う前に、雑誌を読む。パラパラと雑誌を読んだ後、惣菜パンを物色し、カゴの中へと無造作に入れていく。紙パックの飲料も二つ入れる。もちろん、稟堂の分だ。ついでに、肉まんも買って行こう。きっと喜ぶだろう。



 会計を終えた後、店を出る直前にあるものを見つけた。僕が今、一番求めていた言葉の「アルバイト募集中」と言う八文字だった。

 すぐに路地裏へと移動し、コフタロンへ戻る。

 その時に気付いたが、名前を言わなくても、部屋へと移動していた。そう言えばあの変わった、白が強調された場所で名前を言ってない。そう言うことは、考えなくて良いか。稟堂に早く教えたい。

 胸を弾ませて部屋に移動すると稟堂がベッドの上で蹲っていた。

「稟堂!」

 すぐに稟堂へと駆け寄る。

「大丈夫か! お腹痛いのか?」

「レ、レイセン……」

「えっ?」

 稟堂は泣いていた。シーツの濡れ具合を見ると号泣していたと言っても良いだろう。

「どこ行ってたの!」

「どこって、コンビニだよ。ちょっと小腹が空いていてさ。それより」

「レイセンがいなくなったと思ったんだからね! どれだけ心配したと思ってるの! もう! レイセン嫌い!!」

 また駄々っ子になってしまった。本当に僕の運命を変えに来たのが彼女なのだろうか。

「なあ稟堂、これで機嫌直してくれよ。な?」

 そう言って僕は、袋から肉まんを取り出した。

「何これ?」

「肉まんだよ。食ったことないのか?」

 彼女の頭にはクエスチョンマークが出ている。どうやら分かっていないようだ。

「本当に知らないのか。とにかく食ってみなよ。美味しいよ」

 稟堂は袋から開けてかぶりつこうとする。しかし、すぐに僕は止めに入る。

「待て待て。一度この下に敷かれてる紙を取らないと」

「何でこんなのあるの?」

「業者に聞いてくれ」

 ペリペリと剥がす。稟堂は少しだけ声を上げる。

「あ、少し皮も剥がれちゃった」

「それはよくあることだから気にしなくても良いよ」

「じゃあ改めて、いただきます」

 一口かじると、彼女の動きは止まった。

 すぐにポロポロと涙を流し始めた。

「……おいひい」

「泣くほど美味しかったのか。買ってきて良かったよ」

 話し終えると僕の手元から肉まんがなくなっていた。稟堂の手には僕の肉まんがあった。

「おい、それ僕の」

「おいひい、おいひいよお……」

 ここまで嬉しそうに肉まんを食べる女の子も初めて見た。まあ、別にあげても良いか。とにかく、食べ物作戦は成功だ。泣き止んではいないけど、感情的に言えば大きく変わったから良しとしよう。



 肉まんも食べ終わり、稟堂の機嫌も直ってきたので、僕はコンビニでの出来事を話した。

「稟堂、喜べ! この肉まんを買ったコンビニな、バイト募集してたぞ!」

「じゃあ、ついにレイセン、バイトできるんだ!」

「ああ! あとは採用されれば、飢えは凌げる! 起きたら、一緒に履歴書を買いに行こう!」

 稟堂は履歴書のことが分かっていないのか、一瞬だけ動きが止まったが、すぐに言葉を発する。

「そうだね! じゃあ、もう寝ちゃおう!」

「そうしよう!」

 僕たちは高揚した気持ちを抑え込んで、眠りについた。

 しかし、家を追い出されて初めて働き先がほぼ確定しただけであって、まだ決まったわけではない。少々の不安が薄い布団の中の僕を襲う。

「レイセン? 寝た?」

 不安に襲われているとき、ベッドの上から、彼女は話しかけてきた。その声はまるで不安に襲われている僕を助けてくれる天使のような声に聞こえた。

「起きてるよ」

「良かった。あのね、もしも、コンビニで働くことになったらさ、いっぱい肉まんをもらってきて欲しいんだけど……」

「さすがにそれは無理かもしれないな」

 本当は無理ではない。コンビニで売れなかった肉まんは廃棄としてもらえると言う話は聞いたことがある。しかし、それを話すと稟堂はコンビニのゴミ箱を漁ってでも肉まんを手に入れそうな気がしたから、嘘を吐く。

「何で?」

「コンビニで働いたことないから分からないけど、肉まんの廃棄をもらったって話は聞いたことがない。それに、廃棄が必ずもらえるってわけではないんだぞ。店によってはもらえないところもあるし、店長が全部持って行く時だってある」

「やけに詳しいけど、本当にコンビニで働いたことないの?」

 疑問をぶつけられたが、コンビニで働いた経験は本当にない。全て友達や、コンビニに行った際、店員の廃棄をどう山分けするかの話で得た知識だ。

「この前言っただろ。僕は、薬局でレジ打ちや品出ししか、したことない」

「きっとコンビニも、ほとんど同じだと思うよ」

「確かにそうかもな」

 しばらく沈黙したままだった。だが、すぐにベッドから声が聞こえる。

「じゃ、じゃあさ。廃棄としてもらわなくても良いから、給料日にでも、肉まんを買い占めてほしいなあ」

「そう言うことは直接目を見て、僕に話せよ」



 稟堂は何も言わなかった。眠ったのだろうか。起き上がって、稟堂のベッドを覗きこむと、起きていた。

「給料日に、肉まんを……」

「ダメだ」

「な、何でっ? ちゃんと目を見て話したじゃない!」

 目を見ながら言ってきたが、稟堂自身が動いていないのを見ると誠意を感じないので、少しだけ意地悪した。そのまま僕は稟堂のベッドに座りながら話をした。

「何度か言ったけど、僕はお前に運命を託したんだぞ。明日どころか一時間後も分からない状況なのにそんな給料日に肉まん買占めだなんて」

 嗚咽が聞こえてきたので稟堂に目をやると、また泣いていた。

「どっ、どうしたんだよ」

「肉まん、食べたい……。いっぱい、食べたい……」

「お前が肉まんを食べて感動したのはよく分かるけどさ。でも、さすがに買占めは難しいと思うんだよ。僕たちは明日生きるのも精一杯な状況なわけだし」

 ため息を吐きながら話すが、稟堂は諦める気配がない。泣きながら提案をしてくる。

「……運命を変えてあげる代償ってのは、ダメ……かな……?」

「肉まんと僕の運命を天秤にかけて平等になるのかよ!」

 僕の運命が肉まん十個と同じだと言うのか。だが、逆に考えれば、肉まん十個で運命を変えてもらえるのなら安いものかもしれない。いやいや。ここは釣られてはいけない。

「レイセンの言うとおりだよ……。でもね、一つ言わせて。一時間後が分からないって、レイセンは言ったけど、一時間後どころか、一分、いや一秒先も分からないのは、誰だって同じだよ。もちろん、私も……」

 やけに真面目な声色で言うので少し不安に思った。

「分かったよ。買占めは無理でも三個くらいなら……」

 結局、推しに負けて、僕は三個だけという条件を出した。

「……約束だからね」

「ああ、約束だ……」

 気付けば僕は眠りについていた。



つづく

誤字訂正+追記しました。

3月28日

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