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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
想い出と後悔の境界線
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10

「――かんぱーい!」


 その日の夜、喫茶店では打ち上げ会が盛大に開催された。テーブルには我が喫茶店の鉄人、黎が腕によりをかけた料理が並ぶ。悔しいが、やはりどれも絶品だ。おかげで箸が止まらない。


「こら晴司! そんなにがっつかない!」


 月乃は俺に怒鳴り声を上げた。そういうあいつの皿には、ちゃっかり大量のスイーツが。抜け目なし、月乃。


「それにしても、本当にありがとうね。おかげで文化祭は大盛り上がりだったわ」


 陽子先輩は、嬉しそうに語る。


「大盛り上がりなのは良かったけど、帰りが大変だったけどな」


「そうそう。なんか色んな人に囲まれたし」


 黎と星美は苦笑いしながら当時を語る。

 2人の言うとおり、あの後が大変だった。舞台袖から帰ろうとすると、月乃達を生徒が取り囲んだ。

 プロの方ですか? どこでライブをしてるんですか?

 そんな質問がそこら中から飛び交う。その中をかき分けながら外に出たのだが、その先頭を歩く俺はさしずめ人気歌手のマネージャーといったところか。これまたそこら中から、何この冴えない男みたいな視線を浴びまくってた。といっても、慣れたもんではあったから、全然気にしない。子供相手に怒ることなど、大人な俺は断じてしない。ただし最後に俺の足を軽く蹴ったあのガキの顔は忘れねえ。絶対だ。

 

 それはそうと、もう一つ大変なことがあった。


「花恋、大丈夫かしら……」


 心配そうに小雪が呟く。実は、あれからもう一人の歌い手、花恋の正体がバレてしまっていた。

 俺らと一緒に出て行こうとした花恋だったが、彼女と仲がいい女子生徒が、いとも容易く彼女だと見破り、声をかけた。そして花恋は返事をしてしまい、完全にバレてしまったというわけだ。

 花恋は顔を真っ赤にして、そのまま体育館を走り去ったのだが……。


「ああ、その辺は大丈夫そうだよ」


 心配する俺らに対して、陽子先輩はあっけらかんと話した。


「え?」


「あれからね、花恋、凄く人気者になったんだよ。歌も上手かったし、堂々と歌ってたし。何よりあの変わりようが凄くてね。月乃ちゃん達の中でも違和感なくて、学校中の話題になってるんだよ」


「へえ……花恋が……」


 それはさぞかし照れてるだろう。でも、学校の奴らが花恋を認めたということだろう。花恋は見事に歌いきった。本当の自分を出し切った。その本気さを、皆が認めたのだろう。

何だか誇らしくなった。これで、花恋自身も前に進めたのかもしれない。


「……それはそうと……」


 ふと、陽子先輩は呟く。


「あれからさ、学校にずっと電話があってるんだけどさ」


「電話? 何のですか?」


「いやね、学園祭に、どうやらその業界の人が来てたみたいでね。月乃ちゃん達のスカウトの電話が鳴りっぱなしなんだけど」


「スカウト?」


「そうそう。レコード会社から」


「……まじかい」


 そりゃ、業界の方が知れば放置は出来ないだろうな。何しろ超絶美人バンドと来たもんだ。メディアに流れれば、たちまち話題を呼ぶだろう。

 しかしながら、月乃達は実に涼しい顔をしていた。


「まあ、店まで押し掛けないからまだマシね。学校側には悪いけど、しばらくすると沈静化するでしょ」


「プロかぁ。それもいいんだけど、今で十分楽しいからなぁ」


 月乃と黎は、それぞれ感想を語る。

 てか、プロからのスカウトがそんくらいの感想ってどうよ。全国にいる歌手になりたいドリーマー達がブチギレるぞ。


「……陽子先輩、ということなので……」


「分かってるわよ。丁重にお断りしとくわ」


 陽子先輩は朗らかに笑う。出来た人で良かったよ。うん。


「……ところで、結局誰の歌が一番好評だったのかしら」


 ふいに小雪がぶっこんで来た。


「そんなの、決まってるじゃない」


「ああ。一人しかいないよな」


「そうですよね」


 月乃、黎、星美は各々頷きながら語る。……ここまで来ると、もはやお約束というか何と言うか……。

 そして、四人は同時に口を開いた。


「私しかいないわね」

「アタシだな」

「私ですね」

「私でしょうね」


 それは見事なハモりだった。自信満々に、誇らしげに話す4人。


(おいおい……)


 その直後、4人はさっそく臨戦態勢となった。


「……おかしいわね。あなたたち、酔っているんじゃない?」


「そういう月乃こそ、寝ぼけてるんじゃないのか?」


「それは黎先輩も同じですよ。何言ってるんですか」


「あら、あなた達全員そうでしょ。どう考えても私じゃない」


 火花散る4人。溜め息を吐く俺。腹を抱えて笑いを我慢する陽子先輩。


「……晴司くん。相変わらずあなたも大変ね。私がいなくなったと思ったら、小雪ちゃんですもんね」


「笑いごとじゃないっす。陽子先輩……」


 そして黎は袖を捲りながら声高らかに言い放つ。


「そうまで言うなら、今日こそ決めようじゃないか。誰が一番、歌が上手いかをさ」


「上等よ。前のカラオケ店で決着付けるわよ」


「私も、明日はバイト休みなんで徹底的に付き合いますよ」


「まだ勝てるつもりでいるの? 往生際が悪いわね」


 月乃達は激しく睨み合いながら店を出ていった。一方残った俺は改めて大きく息を吐いた。


「……ってことで陽子先輩。今日はお開きみたいです」


「そうみたいね。……でも晴司くん、少しは安心してるんじゃない?」


「え?」


「月乃ちゃんと黎ちゃん、すっかり昔に戻ったみたいだし。まるで高校の時を見てるようだわ」


 懐かしそうな表情をする陽子先輩。


「……それは、確かにそうですけどね。ただ、結局俺、巻き添えですけど」


「それは今に始まったわけじゃないでしょ。……でも、少なくとも私は安心したわよ? 月乃ちゃん達もそうだけど、晴司くんにも」


「俺に、ですか?」


「ええ。だって晴司くん、今からついて行くんでしょ? 小言言いながらも、結局ほっとけないんでしょ?」


「それは、そうですけど……」


「そういうところ、本当に変わってないよね。だからこそ月乃ちゃんも黎ちゃんも星美ちゃんも、安心してるんだと思うんだ。暖かくて、懐かしくて、いつまでも傍にいたいんだと思思う。だって、私だってそうだから」


「……ですから、ご主人に怒られますよ?」


「それは大丈夫だって。あの人も理解してくれてるし。そんなのを全部含めて、私といてくれてるの。あの人にはあの人なりの愛情表現があるし、例えそれが少しずれていたとしても、私を思ってくれていることは分かってる。だから、私はそれでいいの」


「……」


 どこか、先輩の言葉が引っかかった。具体的には何とも言えないけど、喉に刺さった魚の骨のように、何かが頭に引っ掛かっていた。

 それ、どういう意味ですか? 

 そう聞こうとした瞬間だった。


「――ほら晴司! 早くしろって!」


 黎が勢いよく店のドアを開け、俺を呼ぶ。


「あ、ああ! すぐ行く!」


 そう返事を返すと、黎は相変わらず鼻息を荒くしながら出ていった。


「……呼んでるわよ晴司くん。行ってあげて」


「で、でも……」


「ちょうど家に帰らなきゃいけないの。私なら大丈夫だから」


 先輩は、いつものように笑顔を向ける。太陽のような、暖かい微笑みを。


「……分かりました。また、今度遊びに来てくださいね」


「うん。分かった」


 そして俺は店を閉めた。最後に陽子先輩は手を振っていた。それがどこか儚く見えたのは、俺の気のせいだろうか。いや、きっとそうだろう。そうに決まってる。

 いつの間にか、自分にそう言い聞かせていた。

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