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次の定休日。空は秋晴れとなり、夏の暑さが復活を果たしたかのような炎天下となっていた。
最近では忘れかけていた陽炎も姿を現しやがってるし、それまで素通りしていた自動販売機が恋しくて仕方ない。
今日の朝の肌寒い感じの空気に完全に騙された俺は、長袖を着るという自殺行為をし、太陽が燦々と照り付ける公園でベンチに座っていた。
(しっかしまあ、どうしたもんかねぇ……)
先日月乃を誘うときに、うっかり本題を言ってしまったわけだが……正直、気まずい。もちろん最後には聞くつもりだったが、あくまでも、最後のはずだった。
それをいきなり聞いてしまうとは、本当にバカというか何というか……。自分のことなのに呆れてしまう。
それにしても遅い。待ち合わせの時間まであと十五分しかない。いや、通常は来てなくても不思議ではないのだが……以前の月乃は、約束の時間はシビア過ぎるくらい守っていた。俺が30分前行動という社会人として模範的な心がけをしていたが、毎度毎度月乃はそれよりも早く来ていた。
俺はそんな月乃を予測して再び三十分前行動を取ったわけだが……15分前になっても現れないのはおかしい。もしかして、ドタキャンか? 大人になってから変わったのかもしれない。
「電話、してみるか……」
ケータイをポケットから取り出し、電話を掛ける。
電話口では、コール音が響く。ていうか、考えてみれば十五分前に催促のような電話をかける俺ってのは、第三者的立場から見れば、ずいぶんと器が小さい男に見えるのかもしれない。
『……もしもし?』
二回くらいのコールで月乃は電話に出た。しかしずいぶんと機嫌が悪そうな声だこと。
何かあったのか聞こうとした俺だったが、思いっきりイライラした口調の月乃に阻まれてしまった。
『晴司、今どこよ』
なぜ先に来てる俺がそれを聞かれなきゃならんのだ。
「そりゃ俺のセリフだ。月乃、今どこだ?」
『はあ? もうとっくに公園についてるわよ?』
「なに!?」
『それより、晴司こそどこなのよ』
「いや、俺も公園にいるんだが……」
『え!?』
電話の向こうで、俺と同じように驚愕に満ちた月乃の声が聞こえる。すると俺の視界には、公園の反対側にあるベンチからケータイ片手に立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡す黒髪の女性の後ろ姿が映った。
「……OK、発見した」
それは、十中八九……いや、百パーセント月乃だった。やはり、コイツは変わってないようだ。
月乃のところに駆け足で向かう。そんな俺の姿をようやく見つけた月乃は何だかホッとしたようで、嬉しそうに微笑んだ……のは、一瞬だけだった。
「遅い!! 何分待たせるつもり!?」
「いやいや、俺も待ってたんだよ」
「公園のベンチって言ったのは晴司でしょ!?」
「いやぁこの公園にベンチが二ヶ所あるのを忘れてたよ」
笑って誤魔化す俺を見て、月乃はやれやれと首を振っていた。
「それで、どうするの?」
「そうだなぁ……」
いきなり本題に入るのもあれだし……それに……腹減った。
「とりあえず、飯食うか」
「まあ、妥当ね」
そして俺達は近くのカフェに移動した。
今のところ、月乃に変わった様子はない。だからこそ不気味だ。嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。先日電話した時、確かに本題をぶ ちこんだはずなんだが……
それにしても、カフェは人が多かった。よく考えてみれば今日は平日なわけで、今は昼飯時。多いのは当たり前だ。
……って、そういえば……
「今日、平日なんだよな。よく休みが取れたな」
「ええ。ある程度一区切り出来たしね」
優雅にコーヒーを飲みながら淡々と答える月乃。いやはや、絵になることで。どっかのモデルにインタビューしてる気分だ。
「仕事は順調みたいだな」
「まあね……でも、最近不安なの……」
突然、月乃の雰囲気が一変した。表情は険しくなり、俺じゃないどこかを見ていた。
「私は、確かに今成功してる。それは自分でもよく分かるわ。
……でも、これでいいのかなって思うことがあるの。今のままでいいのか、他に何かあるんじゃないか……そんなことを、ふと考えてしまうのよ。
それが何なのかは分からないけど、言い様のない、漠然とした不安があるの」
「………」
俺は、何も言わずに聞いていた。たぶん、月乃は疲れてるんだと思う。コイツの頭の回転率は常軌を逸している。そんな思考回路を持つ月乃の頭では、俺なんかでは到底不可能なほど色々同時に考えてるんだろう。
いくら頭がよくても、心は別物。負担も大きいはずだ。特にコイツは、出来すぎな頭とは違い、意外と弱いところが多い。そのアンバランスさは、時には月乃自身を追い込むことになる。
(……決まりだな)
頭ん中で、今日の行動方針が決まった。
おもむろに席を立ち、伝票を手に取る。
「ちょ、ちょっと晴司、どうしたの?」
「……月乃、遊ぶぞ」
「は?」
「だから、今日一日思いっきり遊ぶんだよ。付き合え」
「え? でも……」
「いいからいいから。ほら、行くぞ」
躊躇する月乃の手を無理やり掴み、引っ張りながら歩く。
「あ……」
観念したのか、月乃もそれ以上何も文句を言うことなく、素直に手を引かれていた。
それからは色んなところに行った。映画館、ゲーセン、通り沿いの店……。何とか月乃は仕事のことを忘れてくれていたようだ。
終始笑顔で楽しむ月乃。こんな生き生きとした姿は、久々に見る気がする。街を行く人々も、跳ねるように歩く月乃に目を向け、まるで天使か何かでも見るように頬を緩め、呆けていた。
……そしてその後に、俺に対し溜め息と殺気を同時に送っていたのは、言うまでもないだろう。