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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
喫茶店『空模様』へようこそ!
31/46

 次の定休日。空は秋晴れとなり、夏の暑さが復活を果たしたかのような炎天下となっていた。

 最近では忘れかけていた陽炎も姿を現しやがってるし、それまで素通りしていた自動販売機が恋しくて仕方ない。

 今日の朝の肌寒い感じの空気に完全に騙された俺は、長袖を着るという自殺行為をし、太陽が燦々と照り付ける公園でベンチに座っていた。


(しっかしまあ、どうしたもんかねぇ……)


 先日月乃を誘うときに、うっかり本題を言ってしまったわけだが……正直、気まずい。もちろん最後には聞くつもりだったが、あくまでも、最後のはずだった。

 それをいきなり聞いてしまうとは、本当にバカというか何というか……。自分のことなのに呆れてしまう。


 それにしても遅い。待ち合わせの時間まであと十五分しかない。いや、通常は来てなくても不思議ではないのだが……以前の月乃は、約束の時間はシビア過ぎるくらい守っていた。俺が30分前行動という社会人として模範的な心がけをしていたが、毎度毎度月乃はそれよりも早く来ていた。

 俺はそんな月乃を予測して再び三十分前行動を取ったわけだが……15分前になっても現れないのはおかしい。もしかして、ドタキャンか? 大人になってから変わったのかもしれない。


「電話、してみるか……」


 ケータイをポケットから取り出し、電話を掛ける。


 電話口では、コール音が響く。ていうか、考えてみれば十五分前に催促のような電話をかける俺ってのは、第三者的立場から見れば、ずいぶんと器が小さい男に見えるのかもしれない。


『……もしもし?』


 二回くらいのコールで月乃は電話に出た。しかしずいぶんと機嫌が悪そうな声だこと。

 何かあったのか聞こうとした俺だったが、思いっきりイライラした口調の月乃に阻まれてしまった。


『晴司、今どこよ』


 なぜ先に来てる俺がそれを聞かれなきゃならんのだ。


「そりゃ俺のセリフだ。月乃、今どこだ?」


『はあ? もうとっくに公園についてるわよ?』


「なに!?」


『それより、晴司こそどこなのよ』


「いや、俺も公園にいるんだが……」


『え!?』


 電話の向こうで、俺と同じように驚愕に満ちた月乃の声が聞こえる。すると俺の視界には、公園の反対側にあるベンチからケータイ片手に立ち上がり、キョロキョロと周囲を見渡す黒髪の女性の後ろ姿が映った。


「……OK、発見した」


 それは、十中八九……いや、百パーセント月乃だった。やはり、コイツは変わってないようだ。

 月乃のところに駆け足で向かう。そんな俺の姿をようやく見つけた月乃は何だかホッとしたようで、嬉しそうに微笑んだ……のは、一瞬だけだった。


「遅い!! 何分待たせるつもり!?」


「いやいや、俺も待ってたんだよ」


「公園のベンチって言ったのは晴司でしょ!?」


「いやぁこの公園にベンチが二ヶ所あるのを忘れてたよ」


 笑って誤魔化す俺を見て、月乃はやれやれと首を振っていた。


「それで、どうするの?」


「そうだなぁ……」


 いきなり本題に入るのもあれだし……それに……腹減った。


「とりあえず、飯食うか」


「まあ、妥当ね」


 そして俺達は近くのカフェに移動した。

 今のところ、月乃に変わった様子はない。だからこそ不気味だ。嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。先日電話した時、確かに本題をぶ ちこんだはずなんだが……


 それにしても、カフェは人が多かった。よく考えてみれば今日は平日なわけで、今は昼飯時。多いのは当たり前だ。

 ……って、そういえば……


「今日、平日なんだよな。よく休みが取れたな」


「ええ。ある程度一区切り出来たしね」


 優雅にコーヒーを飲みながら淡々と答える月乃。いやはや、絵になることで。どっかのモデルにインタビューしてる気分だ。


「仕事は順調みたいだな」


「まあね……でも、最近不安なの……」


 突然、月乃の雰囲気が一変した。表情は険しくなり、俺じゃないどこかを見ていた。


「私は、確かに今成功してる。それは自分でもよく分かるわ。

 ……でも、これでいいのかなって思うことがあるの。今のままでいいのか、他に何かあるんじゃないか……そんなことを、ふと考えてしまうのよ。

 それが何なのかは分からないけど、言い様のない、漠然とした不安があるの」


「………」


 俺は、何も言わずに聞いていた。たぶん、月乃は疲れてるんだと思う。コイツの頭の回転率は常軌を逸している。そんな思考回路を持つ月乃の頭では、俺なんかでは到底不可能なほど色々同時に考えてるんだろう。

 いくら頭がよくても、心は別物。負担も大きいはずだ。特にコイツは、出来すぎな頭とは違い、意外と弱いところが多い。そのアンバランスさは、時には月乃自身を追い込むことになる。


(……決まりだな)


 頭ん中で、今日の行動方針が決まった。

 おもむろに席を立ち、伝票を手に取る。


「ちょ、ちょっと晴司、どうしたの?」


「……月乃、遊ぶぞ」


「は?」


「だから、今日一日思いっきり遊ぶんだよ。付き合え」


「え? でも……」


「いいからいいから。ほら、行くぞ」


 躊躇する月乃の手を無理やり掴み、引っ張りながら歩く。


「あ……」


 観念したのか、月乃もそれ以上何も文句を言うことなく、素直に手を引かれていた。



 それからは色んなところに行った。映画館、ゲーセン、通り沿いの店……。何とか月乃は仕事のことを忘れてくれていたようだ。

 終始笑顔で楽しむ月乃。こんな生き生きとした姿は、久々に見る気がする。街を行く人々も、跳ねるように歩く月乃に目を向け、まるで天使か何かでも見るように頬を緩め、呆けていた。

 ……そしてその後に、俺に対し溜め息と殺気を同時に送っていたのは、言うまでもないだろう。


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