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とある喫茶店の平穏とは言えない日常  作者: 井平カイ
喫茶店『空模様』へようこそ!
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 グダグタ考えるな! ガタガタ喋るな!

 ――いいから黙って働け!!

 秋の始まり。それは、夏の暑さに涙の別れを告げる季節。言うまでもないが、この場合の涙とは、嬉し涙以外にはあり得ない。

 外を見れば、チラホラと長袖を着た人が見える。寒がりの人からすれば、半袖は少々肌寒い時期となる。しかしそこで長袖を着用すれば、この時期は非常に過ごしやすいものとなる。

 かくゆう俺もまた、長袖のカッターシャツに衣装替えをしていた。


 正式に喫茶店『空模様』になってから数日。実際は店名が変わっただけで、店の場所、狭さは一切変わらない。

 あ、でも変わったことなら他にもあった。それは、制服の着用だ。


「……なあ晴司、本当にこれ着て仕事しなきゃいけないのか?」


 制服を着た黎はぼやいていた。未だにその姿に慣れないようだ。


「当たり前だ。これはな、先代マスターからのご要望なんだよ」


「だからって……メイド服はないだろう……」


 黎の制服とは、メイド服だった。これはマスターの意見を参考にし、さらなるリピーターを狙ったものだ。

 店に来る男共よ。さらに黎にホレ込むがいい。そして通え、この店に。

 ……あ、写真止めてくださいね。黎に壊されますよ~。


 それにしても、黎のメイド服姿を改めて見ると、本当によく似合う。さすがは先代マスター。その目利き、本物だ。

 やはり金髪ってのがいいのかもしれない。整った顔立ちとサラッサラの金髪。まさにメイド服を着るために生まれたと言っても過言ではない。


「……そんなにジロジロ見るなよ……」


 俺の視線に気付いた黎は、顔を赤くして身を小さくした。何とも初々しい光景ではないか。


「そんなに恥ずかしがってていいのか? もうすぐ開店時間だぞ?」


 事実、窓の外には既に列が出来ていた。主に男ばかりだが。


「わ、分かってるよ!」


 半ばヤケクソ気味に厨房に向かう黎。今さら文句言ってもしょうがないだろうに……


 何はともあれ、本日も営業時間となった。





 =========





 時刻は十時。平日だと言うのに、開店と同時に客が入ってきた。

 新装開店以降客足は相変わらず多いままであり、厨房でフライパンを奮う黎、店内を駆け回る俺は、毎日毎日多忙に追われている。

 厨房の方は黎に任せていれば問題ないが、問題は客への対応だった。

 俺一人で多数の客に注文を取り、料理を運び、レジを行うのは、流石に限界があった。

 何度でも言おう。俺は凡人なのだ。

 黎が分身でもしてくれれば全て解決なのだが、それは無理だし、何より俺の存在価値がなくなってしまう。新マスターとしてのちっぽけなプライドが、それを断固として認めないだろう。

 しかし現実問題、人手不足は否めない。



「……というわけで、新たな従業員を募集しようと思う」


 閉店後の店内で、黎にそう提案してみた。

 黎はと言うと、何だか煮え切らない顔をしていた。


「……アタシは、別に必要ないと思うけどな」


「いや、俺一人で客全てを捌くのには限界があるんだよ」


「でも、な……」


 いつになく真剣な顔をする黎。何か、超人たるこいつにしか分からない憂いでもあるのだろうか……


「黎、何かあるのか?」


「……うん、別に大したことじゃないんだけど……ううん、やっぱり死活問題だな」

 

 死活問題……そこまでのことなのだろうか。

 もしや、意外と経営が苦しいとか? しかし、あの客の多さならそんなわけはないし……

 ならあれか? 勤務上何か不都合でもあるのか?

 いずれにしても、凡人たる俺には見当もつかない……


「どんな問題なんだ?」


「いや、な……」


 黎は考え込んだ。そして、その重い口をゆっくりと開いた。


「……晴司と、二人きりじゃなくなるじゃないか……」



「……は?」


「は? じゃないだろ! せっかく晴司と二人きりだったのに台無しじゃないか!! 断固として反対する!!」


 黎は机をバンと叩き、勢いよく立ち上がった。


「……なら、とりあえず募集の看板でも立ててみるか」


「おい晴司! 聞いてるのか!?」


「聞いてるよ! だからこうやって流してるんだろうが!!」


 その後も、不毛な言い争いを経て、黎もようやく概ね合意するに至った。





 ==========





 翌日、店舗前に看板を立ててみた。

 相変わらず黎は不機嫌そうな表情を全面的に押し出し、ふて腐れていたが……そんなもんに動揺などしない。伊達に黎と親戚ではないのだ。


 実際どれくらい募集があるか気になるところだ。とりあえず、希望者は設置した箱に履歴書を投函してもらうことにしたが……昼間は忙しく、とても確認出来なかった。



 そして閉店後、中を確認する俺と黎は固まっていた。


「……晴司、これ、どうするんだよ……」


「あ、ああ……。予想以上だな……」


 用意した箱が小さすぎたようだ。投函する隙間からは、履歴書が入ってるとおぼしき封筒が溢れんばかりにはみ出していた。

 こんな小さな喫茶店に、いったい何人応募してるのやら。ていうか、コイツらは全員仕事してないのか?


 中を確認してみる。やはり、男ばかりだった。

 皆それなりの志望動機を書いているが、下心が見えまくってる。

『開店当初から知っている。憧れのお店だった』

 黎が来るまでは客が皆無だったのだが……

『店長の人柄の良さと話しやすさが好きで、ぜひ働いてみたい』

 ろくに俺は会話出来てないのだが……

 極めつけは直球ストレート。

『黎ちゃんと仲良くなりたい』

 帰れえええええ!!!


 そんなこんなで、黎と共に数ある履歴書に目を通し、選抜する。

 そして、定休日に一斉面接を実施することになったが……はてさて、どうなることやら。


 色んな不安要素を抱えつつ、面接日を迎えた。


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