7
その日の夜は、正直悩んだ。
このままバイトに行くべきだろうけど、何かに怯える自分がいて、その自分は必死に行くな行くなと叫ぶ。かと言って、やっぱりあそこまで千春さんに喝を入れられたのに行かないのは、やはり人としてダメなわけで………
悩みに悩んだ挙げ句、俺は、今この場にいる。
「………いらっしゃいませ~」
「晴司!! 声が小さいぞ!!」
「やる気が感じられないわね。サービス業失格よ?」
………せっかく頑張って来たのに、いきなり待ち構えていた超人二人に罵倒される俺。
(普通、優しい言葉の一つくらいくれるよな?)
どこか報われない気持ちになる………だけど、変わらない接し方をする奴らに心底お礼が言いたくなった。
それだけで楽になった。気を使わない普通の接し方。気まずさや戸惑いを全て払拭してくれたかのようだった。
「………ありがとな」
二人に聞こえたのか分からない。だけど、二人はにっこり笑って、俺にピースサインを送りながら店を出ていった。
「先輩、お帰りなさい」
二人が帰った店内で、星美は俺に笑顔を見せる。
千春さんの言ったとおりだった。俺は、色んな奴に心配をかけていたようだ。いつも通りの星美の顔もどこか儚い気がするのは、俺が気にし過ぎなだけなのだろうか。
その後、店長が出勤してきた。当然だが、怒鳴り散らす店長。事情は知っているようだが、それとこれとは話は別で、バイトをサボったことについては咎められるのは当たり前なのである。
怒っていた店長も、最後には笑顔を見せてくれた。店長もまた、俺を心配してくれていたのだろう。
やっぱり俺は、独りよがりだったみたいだ。俺がいれば周りに迷惑がかかると思っていた。でも、周りはこんなにも俺を考えてくれている。きっと、これからも俺はあの両親に罵られていくことだろう。
でも、それは俺の贖罪なんだ。俺は、その謗りを受けなければならない。それでも、俺は前に進もうと思う。
宗助の分まで……とまでは言わない。それを言えば、さらに両親は怒るだろう。宗助も文句を言ってるかもしれない。
……それでも、宗助に笑われないようにしなくちゃならない。いつか宗助と再開するとき、もう一度、あの軽口を叩かれるように、俺は、今の道を精一杯歩いて行くんだ。
==========
数日後、俺はすっかり元の生活を……取り戻してはいなかった。
今でもたまに心が締め付けられる時がある。それでも、俺は何とか前に進もうとしている。
それが、人生を歩くことだと思うから。
「君が、楠原さんかね?」
そんな柄にもないことを考えながらレジに立つ俺に、一人の老人男性が話しかけてきた。優しい表情、短く切り揃えられた白髪頭。白いチョビヒゲ。なんというか、品がある人に感じる。
「はあ……そうですが……」
「以前、酒に酔った男性を説き伏せていたね……」
「え? ああ、あの時の酔っぱらい……」
(あれは説き伏せると言うより、言い負かした感じだが……)
「あの時の君を見ていてな、思ったんだよ。君を雇いたいって」
「…………は?」
「突然で驚くだろうけど………どうだ? 私の店で働いてみらんかね?」
「店、ですか?」
「そうだよ」
「店とは?」
「なぁに、ただの喫茶店だよ」
「喫茶店…………」
(酔っぱらいを説き伏せて、何で喫茶店なんだよ……)
「今すぐにこの店を辞めろとは言わんさ。……そうだな、まずは、体験バイトをしてみらんか?」
「体験……」
「店の場所はここだよ」
そう言って老人は、俺に簡単な地図が書かれた紙を差し出した。
「それでは、待ってるよ……」
「あ、ちょっと………」
老人は俺の声に立ち止まることなく、コンビニを出ていった。
(………喫茶店ねぇ。明日はちょうどバイト休みだし、ちょっと行ってみるかな……)
そんな軽い気持ちで俺は紙をポケットに無造作に入れ。
……その軽い気持ちは、俺の今後にとてつもないほどの影響を及ぼすことになる。
それは運命だったのかもしれない。運命の歯車があるとするならば、今まさに、ガチリと音を立てて動き始めたのだろう。
後々、俺はそれを思い返すことになるが………それは、まだ先の話だった。