55・瘴気を元から断ちました
「神々しい光だ……!」
後ろでフィリップの声が聞こえた。
光はさらに強くなっていき、灰色だった湖が徐々に透き通った色へと変わっていった。
「やっぱり、こうするのが一番早いですね」
同時に私は森全体に行き渡るように、浄化魔法を使う。
瘴気におかされていた森が急速に浄化されていった。
枯れて焦げ茶色に変色していた葉が、瑞々しい緑色に変わる。瘴気にどっぷり浸かっていた土が、元通りに戻っていく。薄い紫色がかっていた空気が透明なものへと再生される。
——そうして私が湖に足を浸けていた時間は、三十分にも満たなかっただろう。
エメラルドグリーンの光が消えると、湖はすっかり神秘的な青色に様変わっていた。
「終わりましたわ」
私は湖から上がり、馬車の中にあったタオルで両足を拭きながら告げる。
「もう終わったのかい!?」
ナイジェルが驚き、私に駆け寄ってきた。
「エリアーヌ。なんともないのかい? かなり魔力を消費したように思えるけど……」
「ええ。これしきのこと、大したことありませんわ。それどころか、冷たい湖に足を浸けたおかげで、背中の汗が引いて良かったです」
心配しながら問いかけるナイジェルに、私はそう口にする。
「さ、さすがは聖女だ……! 森全体を浄化するどころか、こんなに早く完了するなんて……」
「これで問題ないですか?」
「ああ……! もちろんだ。森が元通りになっている。それどころか——前よりも空気と水がキレイになっている!」
フィリップは近くの葉っぱを触りながら、唖然としているようであった。
「それにしても……エリアーヌ。どうして湖の中に入ったんだい?」
「自分で言うのもなんですが……私の体は聖なる魔力で満ちています。こうする方が邪悪な瘴気を払い、森に魔力を行き渡らせることが出来ると思いました」
対象に触れなくても浄化魔法は発動することが出来る。
しかし触れながら発動した方が、より濃く魔法の効力が発揮することも確かだ。
今回は対象が『水』だったこともあり、私がそれほど力を使わずとも魔力を全体に染み渡らせることが出来た。
言うなれば——私から魔力がにじみ出て、湖の瘴気を打ち消すことが出来たのだ。
……まあこの方法を使って浄化魔法を発動すると、クロード王子には「まるでスープのダシみたいで、気持ち悪いな」とバカにされたので、あまりやりたくはないですけど。
なにはともあれ、無事に済んで良かった。
「今後、この湖から瘴気が発生することもないと思いますわ。元から断ちましたので」
「おお……エリアーヌ、君にはなんてお礼を言っていいか、分からない。本当にありがとう」
「どういたしましてー」
とはいえ、どうしてこの湖から瘴気が発生するようになったのだろう?
自然発生するようなものでもないと思いますが?
原因も探ろうとしたが、はっきりとは分からなかった。
人為的に発生させた可能性もあるとは思うが、迂闊なことは言えない。
どちらにせよ、これで原因も断つことも出来たし、森を覆っていた瘴気もなくなった。
一件落着だ。
「二百年前に見た聖女よりも、君は遥かに強い力を持っているように思える。二百年前の聖女でも、このレベルの瘴気をなくすためには丸一日はかかっていただろう」
「そうなんですか」
さすがに二百年前の聖女のことは知らないので、なんとも言えない。
でも褒められることは嬉しかった。
「さて……リンチギハムに戻るとしましょうか」
と私は馬車に乗り込もうとすると……。
ふらふら〜。
突如私達の目の前に、二つ分の小さな光が現れたのだ。
それはまるで蛍の光のよう。
『せいじょー、せいじょー』
『森がキレイになったー』
その声が聞こえ、二つ分の光は私の頭の周囲をグルグルと回り出した。
「アル。マーズ……どうして結界の外に出てきたんだ。あまり不用意に村の外に出るなと、あれほど言っていたのに」
『森がキレイになったから、出てきたー』
『せいじょがいたから、仕方ないー』
二つの光からクスクスと笑い声が聞こえる。
「フィリップ、エリアーヌ……それは?」
「精霊さんですね」
私が人差し指を向けると、二つ分の光——二人の精霊がそこに止まった。
「子どもの精霊さんですか? とても可愛らしいですね」
『ありがとー』
『せいじょも可愛いー』
あら、子どもなのにお上手なこと。
本来フィリップのように、人型に成長している方が珍しいのだ。この子どもの精霊……アルとマーズのように、小さな光の姿の方がよく見る。
そもそもフィリップほど成長してしまったら、不用意に人前に姿を現さなくなるので、結果的に珍しくなるのかもしれないが。
私達の様子を見て、フィリップは溜め息を吐いた。
「全く……俺と聖女達だったからよかったものの、悪い人間だったらどうするつもりだったのか。後で説教だ」
『説教いやー!』
『せいじょ助けてー!』
「……王様の話はよく聞きましょう」
私が冗談混じりに言うと、二人の精霊は「ひーっ!」と震えた声を出した。
「それにしても、子どもの精霊が懐くなんて珍しいな。子どもの精霊は人間の善悪を理性で判別出来ないから、清き心のオーラの人間にしか懐かないはずだが……やはり君は聖女にふさわしい」
フィリップは驚きを通り越して、戸惑っているようであった。
やがて一人の精霊が私の指から飛び立ち、次はナイジェルの頭に止まった。
『こっちも良い人間ー。良い匂いがするー』
「僕のことかい?」
『お前しかいないー』
ナイジェルは視線だけを上に向けた。
どうやらナイジェルも清き心のオーラを持っているらしい。まあ当然といえば当然か。子どもの精霊達が懐くのも頷ける。
「随分懐いてしまったようだね。これじゃあリンチギハムにすぐ帰ることも出来ない」
とナイジェルは肩をすくめる。
それを聞いて、
「よかったら、二人とも俺達の村に来ないか?」
「フィリップ達……精霊の村にですか? 普通人間は招かないと聞きますが、本当にいいんですか?」
「もちろんだ。どちらにせよ招待しようと思ったからな。二人に用事があるなら、それほど時間も取らせない。どうだ?」
私がナイジェルの顔を見ると、彼も「お邪魔させてもらおうか」と頷いた。
「では謹んでご招待をお受けしますわ。ありがとうございます」
「こちらこそだ」
こうして私達は精霊の村に招かれることになった。
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