368・氷漬けになった街
“死都”に入り、早速私達は中を探索しました。
しかし……。
「やはり、街中が氷漬けになっているな」
建物の中。
そこで私とナイジェル、シキが集まり、情報を整理していました。
「どうして、こんなことになっているんでしょうか?」
シキにそう質問します。
“死都”の門を潜り抜けて、私達が見た光景は氷漬けになった街の風景でした。
草花は凍り、建物も絶対零度の檻の中に閉じ込められています。
昔はキレイだったと思われる、噴水も水が凍っており、動きを完全に静止していました。
私の問いに、シキは首を横に振り、
「いや……妾にも分からぬな。いくら年中吹雪に覆われているとはいえ、街全体が凍るとは有り得ないと思うがな。実際、あのカリスタとかいう守り人がいた村も、ここまでの惨状ではなかった」
と答えました。
うーん、シキも分からないみたい。
「でも、分かったこともある。街の奥にある王城を中心として、波状的に氷漬けの状況が酷くなっていることだ」
ナイジェルが窓から外を眺めて、そう口にします。
彼の視線の先には、王城が高く聳え立っていました。
吹雪に覆い隠されるようにうっすらとしか見えませんが、他の風景と同様、氷に閉じ込められています。
窓から見える風景は、まるで神話の一節のような──そんな印象も受けました。
「そうだな。“死都”の入り口に近いここでは、比較的状態も穏やか。建物の中に入れば、寒さも凌ぐことも出来る。まあ、凍えるような寒さなのは変わらないが」
シキが苦い表情を作ります。
現在、私達がいるのは民家らしき建物。
民家の外壁は完全に凍っていましたが、それは中まで侵食していませんでした。
寒さはありますが、なんとか耐えられるくらい。
ですが、王城に近付くにつれ、そうもいかなくなります。王城の近くでは建物の中まで氷漬けになっており、寒さで簡単には近付けません。
そのため、私達は一旦“死都”の入り口まで戻ってきて、こうして話し合っているというわけです。
「本当に……この寒さだけでも、なんとかなればいいんですが……」
「エリアーヌ? 大丈夫かい」
ぶるっと震えてしまった私を、ナイジェルが優しく気遣ってくれます。
「いえ、大丈夫です。少し寒かっただけです」
「そうかい……君は、か弱い女性のように見えるからね。心配になった」
「か弱い女性? そいつは、そんな女じゃないぞ。まあ、子どもの頃の記憶しか持たない貴様では、分からないだろうがな」
シキが快活に笑います。
「ほら──」
続けて、シキは小箱のようなものを放り投げてきます。
慌ててキャッチすると、それはマッチ箱でした。中にも数本のマッチが入っています。
「これは……?」
「家の中で見つけた。カリスタは、“死都”と繋がっている大迷宮の存在を知っていた。おおよそ、あいつもあいつで“死都”を探索していたのではないか? その残りだろう。家の奥には、比較的新しそうな枯れ木もあったぞ」
家の奥の方を親指で指し示し、シキが答えます。
シキ……意外としたたかですね。
それとも、私を心配して暖をとる方法を探ってくれた? それは私の考えすぎでしょうか。
「すぐに暖炉の火をつけましょう。このままでは、体調を崩してしまいます」
「だったら、僕も手伝うよ」
その後、私達は家の奥から枯れ木を運んできて、暖炉に火を付けようとしますが……。
「……えいっ! おかしいですね……付きません」
いくらマッチで火をつけようとしても、枯れ木を僅かに焦がすだけの結果になりました。
「いくら枯れ木とはいえ、こんな環境下にあるものだからね。湿っているのかもしれない。だったら今度は僕が……」
ナイジェルも試してみますが、上手く火がつかないのは同じ。
そんな私達の行動を、シキはじれったい表情で、
「──ええぃ! 見てられん。妾に貸してみろ」
私から強引にマッチを奪い取り、火をつけようとしました。
「……ちっ! やはり、上手くつかんな。妾が本来の力を取り戻していれば、魔法で火を熾すことくらい容易いものの……」
「今は、力の大半を失っていますからね」
あれだけベルカイム、そしてリンチギハムを恐怖に染めた魔王が、火を一つ熾すことすら苦戦しているとは──そう思うと、少しおかしな気持ちになりました。
ですが、やがて。
「……よしっ!」
シキが諦めずに火を熾そうとし続けると、枯れ木が燃え上がり、橙色の温かい光が室内を照らしました。
「シキ! ありがとうございます。さすがです!」
「ぜえっ、ぜえっ……なんとかなった。このような情けない真似は、二度としたくない」
肩で息をして、シキが言います。
「あったかいですねえ……」
「だね」
ナイジェルの隣に座って、暖をとります。
元はナイジェルとはいえ、十歳前後の子どもにしては、この状況は酷なはず。
だけど、こんな異常事態だというのに、ナイジェルは冷静さを保ち続けています。
あらためて、早くナイジェルの精神を取り戻してあげたい……そう思いました。
「よいしょっ──と」
後ろから声が聞こえたかと思い振り向くと、シキはどこからか毛布を取ってきて、横になりました。
「シキ、その毛布はどこで?」
「家の中にあった。大方これも、カリスタが置いておいたものだろう」
そう言って、シキは毛布にくるまって、寝転んだまま私達に背中を向けます。
「妾は寝る」
「え?」
「さすがに今日は疲れた。そろそろ日を跨ぎそうだしな」
「ま、待ってください。ドグラス達が戦ってくれているのに、私達だけ眠るのは……そうでなくとも、ナイジェルがいつまでこの状態でいるのかも分かりませんし」
「だったら、今から街の中の探索を続けるのか? ただでさえ吹雪で視界が悪いのに、夜だぞ? ろくに探索など出来やしない。朝を待って、行動すればいいではないか。それでもしたいなら、貴様らいちゃいちゃカップルだけでしていろ」
そう吐き捨てるように言うと、シキは完全に寝入ってしまったようで、微かな寝息も聞こえてきました。
「……まあ、あなたの言うことも強ち間違っていませんが」
自由奔放なシキに、私は溜め息を吐きます。
「僕達も、今日のところは寝ようよ。朝から動きっぱなしだったし。シキを、ここに一人で置いておくわけにはいかないだろう?」
「それはそうですが……」
「僕も疲れたんだ。だから……ね。僕からのお願いっていうことで」
とナイジェルがウィンクをします。
そこまで言われたら、私も断れません。
「分かりました。でしたらナイジェル、一緒に寝ましょうか」
「うん」
私達はシキと同じように家の中から毛布を見つけてきて、ナイジェルと並んで横になります。
「な、なんだか、恥ずかしいね。君が婚約者だってことは理解しようとしているけど、今の僕には実感がないことだからね」
「無理もありません。ですが、どうか気を落ち着けて」
「う、うん、頑張ってみるよ。それにしても未来の僕は、君のような美しい女性と結ばれるなんてね。自分が誇らしいよ」
そう言って、ナイジェルは目を瞑りました。
先ほどは恥ずかしいと言っていましたが、相当疲れていたのでしょうか、目を瞑るとすぐに寝息も聞こえてきました。
「ふふっ、可愛い」
小さく笑って、私も眠りにつきます。
ナイジェルとの間に子どもが出来たら、こんな感じなんでしょうかねえ……。
子どもの姿のナイジェルの背中を優しく撫でていると、すぐに意識がまどろみの中へ沈んでいきました──。





