367・氷の女王に魅入られた少年(ナイジェル視点)
僕はゼルドとして、フロストガルドで暮らしていたが、相変わらずリュシアンがなにを見せたかったのか分からないままだった。
昼間は王都内の学院に通い。
夜は王城でリュシアンと言葉を交わす。
休日にはリュシアンに連れられて、様々な場所に足を運んだ。
しかし、リュシアンと関われば関わるほど、彼が未来で“終末の種”を世に解き放つ大悪人とは思えなかった。
いや、そもそも目の前にいるリュシアンと、僕が『ナイジェル』として出会ったリュシアンは別人物なのだろうか?
人の寿命は短い。長くても、百年そこらしか生きられない。
それを考えれば、過去の世界と現在のリュシアンが同一人物なわけがないが……僕にはどうしても、二人が同じとしか思えなかった。
そんなある日、僕はリュシアンから話を持ちかけられる。
「王都の近くにある湖に行こう」
そう言うリュシアンはとても楽しそうで、時たま暗い表情をする彼の面影はなかった。
「湖に?」
「うん。僕にとって、思い出の場所なんだ。だから、ナイジェルにも紹介したいと思って」
ニコニコと笑みを浮かべるリュシアン。
……なんにせよ、一人ではこの状況を打破することも出来ない。
そう考えた僕は頷き、リュシアンに付いていくことになった。
王都を出て、少し行った先に森がある。僕達はその森の中に入って、奥へと進んだ。
そして辿り着く。
「わあ……」
思わず声を漏らしてしまう。
鬱蒼と草木が生い茂った森の中。
そんなところに、開けた場所があった。
澄んだ青をした湖。
草花が咲き誇り、小鳥達が舞う。
まるで天国みたいだ。ここだけ空気が澄み切っているようで、深呼吸をするだけで全身の疲れが癒される。
「どうだい?」
リュシアンがどこか誇らしげに、そう問いかけてくる。
「うん、素晴らしい場所だ。よくこんなところを知っていたね」
「ここは思い出の場所だからね」
そう言って、リュシアンは手を軽く上げる。
人差し指に小鳥が止まった。
「僕の母上が亡くなっているっていうのは……話したことがあったよね?」
「そうだね。五年前に病気で亡くなったんだっけ?」
「うん。母上はとても優しい人だった。僕を王子としてではなく、一人の息子として扱ってくれた。そんな母上がここを教えてくれたんだ。それからたまに城を抜け出して、ここに来ている」
昔を思い出しているのか、遠い目をしているリュシアン。
……なるほど。彼がここを訪れるのも頷ける。
しかし、どうしてだろうか?
昔のことを語るリュシアンの表情は、どこか影を帯びているようにも思えたからだ。
しばらく、なにをすることもなく湖を眺めていた。
だが、異変は唐突に起こった。
「うっ……」
リュシアンが胸を抑えて、その場でうずくまる。
「リュ、リュシアン!?」
僕は急いで、彼に駆け寄る。
「大丈夫かい!?」
「う、うん、大丈夫……そんなことより、僕に近寄らないで」
「え?」
「ヤツが来る」
ヤツ? 誰のことだ。
戸惑っているとリュシアンの体から、白い凍気が立ち込めた。
なんだ。なにが起こっている?
「ぼ、僕から……早く離れて──!」
切羽詰まったリュシアンの叫び。
それがあまりにも鬼気迫るものだったので、僕は咄嗟にリュシアンから離れてしまう。
そして、起こった。
「これは……」
リュシアンから立ち込めていた白い凍気が、周りに広がっていた。
先ほどまで楽しそうに舞っていた小鳥達。
色とりどりの草花。
そして──澄んだ青色をした湖。
それらに白い凍気が広がっていき、やがて全てを呑み込んだ。
僕は右腕で目を隠し、突如起こった突風に立っていられるのもやっとだった。
やがて突風も収まり、僕はゆっくりと右腕をどける。
「なっ……!」
言葉を失う。
その場が、氷漬けになっていたからだ。
小鳥も草花も、氷の中に閉じ込められている。
湖も凍り、荘厳なまでの冷たさがその場を支配していた。
「これは……」
ゆっくりとリュシアンの方へ顔を向ける。
リュシアンは落ち着いたのか、苦しむのをやめ、胸を抑えていた手をそっと離した。
立ち上がり、僕の方を見る。
その瞳は、とても寂しい色をしていた。
「リュシアン……なにが起こったんだい? どうして、周りが氷漬けに……」
「全て──僕のせいなんだ」
「君が……?」
たくさんの疑問が浮かぶ。
やがてリュシアンが泣きそうな声で、こう告げた。
「僕は……《氷の女王》に魅入られているんだ」
◆ ◆
「──はっ!」
風景が崩れる。
次の瞬間に、僕は椅子に座らされ、元の不思議な空間にいた。
「気分はどうかな?」
そう問いかけてくるのは、銀髪の少年。リュシアンだ。
だが、先ほどまで僕が見せられていたリュシアンとは、纏っている空気が違う。
幼いながらも国を思い、僕に無垢な笑顔を見せてくれたリュシアンではなかった。
「……君はなにが目的なんだい?」
視線だけを動かして、そう問いを投げる。
「昔のリンチギハムの賢王、ゼルドの子ども時代の光景を、僕は見せられていた。あの時にいたリュシアンは、君と同一人物なのか? それに《氷の女王》って──」
「まあまあ、そう結論を急がなくていいじゃないか」
だけど、リュシアンから返ってきたのは、人を小馬鹿にしたような答えだった。
「それは、僕の過去の記憶。そして、君は彼の友達であるゼルドを通して、僕を見ている。それらは全て、僕の目的を果たすためだ」
「その目的を聞いているんだけど」
「直に分かる。ゆっくり行こうじゃないか」
そう言って、リュシアンは背を向ける。
「すぐに続きをやりたいけど……休憩だ。この“死都”に、お客さんがきた」
「お客さん?」
「キレイなレディーだよ。君もよく知っている。過去の記憶の先を見る覚悟が出来たら、もう一度僕に言って。これから先の光景は、君にとって辛いものになるかもしれないから」
リュシアンはそのまま、この部屋からいなくなる。
僕は一人、取り残されることになった。
「キレイなレディー? それに僕もよく知ってるって……」
まさか──エリアーヌ?
僕が今、どういう状況に置かれているか分からない。
それに、この場所のことだって。
しかし、エリアーヌは僕がいる居場所を突き止め、助けにきてくれたと。彼女のことだから有り得る。
「くっ……!」
しかし、僕も助けられるだけではないかない。
体をひねり、この場から脱出を図ろうとするが、後ろ手に縛られた拘束は解けなかった。魔法でも使われているのだろうか……?
椅子も床に固定されており、僕は椅子に座らされたまま、立ち上がることすら出来なかった。
「なんとか、エリアーヌと合流しないと」
しかし、リュシアンは『過去の記憶の先を見る覚悟が出来たら、もう一度僕に言って』と口にした。
この先の光景は、僕にとって辛いものになるとも。
リュシアンが愛した湖一帯が氷漬けになり、『《氷の女王》に魅入られた』と寂しそうな表情で言って、映像が途切れたわけだが……この先に、ゼルドはなにを見たのだろうか?
今はなにも分からず、もやもやした気持ちを抱えるしかなかった。





