321・救世主は誰なのか
地上──。
人々は空を見上げていた。
「見てみろよ。赤い月が消滅したかと思ったら……空中で誰かが戦ってやがる」
「聖女様たちが戦ってくれているんだ」
「ミツハ姫も行っているらしいぞ」
「俺たちのために戦ってくれてんのか。あの泣き虫な姫が……」
アマツの現姫であるミツハの噂は、民の間でも広がっていた。
先代の姫より、力がなく。
もっと幼い頃は、すぐに泣きじゃくんでいたのだという。
姫が変装して子どもたちとよく遊んでいる光景も、大人たちは知っていた。
「ミツハ姫も立派になったわねえ。いつの間にか、ミツハ姫も大人になったみたい」
女性の一人が頬に手を当て、感慨深そうに呟く。
「くっ、あんな小さな子だって戦ってるのに……! 俺たちはなにが出来る?」
「なにも出来ねえよ……そもそも、どうやってあの戦いの場に行けばいいんだ」
「だったら、聖女様──いや、ミツハ姫たちの勝利を祈ろう。俺たちにはそれくらいしか出来ねえ」
一人手を合わせ、目を瞑った。
「ミツハ姫……どうか、この国をお救いください」
「泣き虫……だなんて思って、すみませんでした。今のあなたは立派な姫です」
一人──また一人と、祈りを捧げる者は増えていく。
人々の祈りは光となり、空に舞い昇っていった──。
◆ ◆
余は不出来な姫じゃった。
母上に比べてなにも出来ず、姫としての厳しい修練に耐えかねて、よく城から抜け出した。
城下町の視察をする、という大義名分であったが、それは自分にする言い訳のようなものじゃった。
ただ余は、普通の子どものように遊びたかっただけじゃ。
しかし……それではいけない。
母上が亡くなった以上、余の双肩には国の未来──そして、愛すべきアマツの住民の命がかかっているからじゃ。
「光が……だんだん大きくなっていく」
エリアーヌが呟く。
地上にいる人々の祈りを集めて、紡いだ光は空を覆い尽くさんばかりの巨大な球状となった。
これが本当の神勾玉──。
余は直感する。
「くっ……! その光はかつて、ワレを滅ぼしタ──」
《赤き災厄》が必死に抵抗しようとする。
赤色の光線が迫ってくる。
光線はエリアーヌの結界を切り裂き、中へと侵入を果たしてきた。必殺の光線が余に向かってくる。
だが。
「姫の努力を邪魔するな」
スッ──。
驚くほど静かで、そして美しい斬撃音。
光線が余に直撃しようかとした瞬間、シキが刀で光線を斬り裂いてくれた。
シキは余に振り向き、優しい笑顔を浮かべる。
「頑張れ、もう少しだ。そのための道なら妾が作ってやる。貴様は自信を持って、姫を名乗れ」
そう言うシキは、また生前の母上の面影と重なった。
「く……うおおおおおおお!」
喉が張り裂けんばかりにに叫ぶ。
だが──直感で分かる。神勾玉はまだ完成ではない。もう少し……あと一押しで成就するのだが。
一転、余は地上に向けて叫ぶ。
「皆の者! 余がアマツの姫じゃ! お主らの命は余が任された! だから……もう少しだけ、もう少しだけ余に力をくれ! 聖女ではない──この余に!」
いくら地上と接近しているからといって、この激戦の最中、余の声は届かないだろう。
だが、気持ちは伝わったのか。
神勾玉はさらに大きさを増していく。
その光は視界を真っ白に染め、神勾玉の成就に近付いていることを確信する。
「なん……だと? この光、ワレを殺した──いや、あの時よりもさらに強い。ワレが二度もこんなところでえええええ!」
断末魔のような《赤き災厄》の声。
今までの余だったら怯え、集中力を切らしていたじゃろうが……もう大丈夫じゃ。
神勾玉を練り続け、余はまるで神の領域に至ったのではないかと錯覚する。
その時──。
真っ白い世界の中で。
母上の姿が現れた。
「母上……っ!」
余は咄嗟に母上の名前を呼ぶ。
母上は心配そうに黙って、余を見つめていた。
今すぐ抱きしめてほしい。
頑張ったね、って褒めてほしい。
生前の母上からは得られなかった愛情を──注いでほしい。
しかし余は手を伸ばしかけたところで、首を横に振る。
「……母上、余はもう大丈夫じゃ。アマツは余に任せてくれ」
親の愛情なんて感じたことはなかった──。
それでも──。
今の余は、母上からの意思を受け継いだのじゃから──。
もう泣かない。
「余は母上の期待に応える。母上が心配する必要はもうないのじゃから……これでお別れじゃ」
本当の別れ──。
だが、余にはまだやらなければならないことがある。
母上を心配させたまま、死なせるわけにはいかないのじゃ。
ゆえに余は涙を拭い、精一杯の笑顔を作る。
「今まで迷惑をかけた。だが、余は気付いた。他人に任せてばかりでは、国を引っ張っていけない──と。だから母上、天国で余を見守ってくれ。立派な姫としての姿を、余は母上に見せ続ける!」
気付けば、声は涙交じりになっていた。
母上の姿が光に溶けていく。
その口元は、女神のような笑顔を描いていた。
◆ ◆
「ナイジェル……! 体が……」
ミツハちゃんが神勾玉を発動し続けていると、先ほどまでの体の重さを感じなくなっていました。
ドグラスも高度を上げ、《赤き災厄》に接近します。
「……《赤き災厄》も限界のようだな」
『そうだな。だが、さすがにしぶとい。修復を無限に続けて、消滅を免れているぞ』
シキとドグラスが交互に言います。
ドグラスの言う通り、《赤き災厄》は神勾玉の光に呑まれ、力を失っていきます。
しかし消滅したかと思えば修復し、完全に倒すまでには至りませんでした。
「幕引きにする必要がありそうだね」
そう言って、ナイジェルは《赤き災厄》を見上げます。
「ナイジェル、いけますか?」
「もちろん。ミツハ姫のおかげで、今なら僕の剣も届く。幕引きをするには十分さ」
続けて、ナイジェルは膝を曲げ、跳躍の姿勢を取ります。
「ナイジェルよ! 最後のトドメはお主に任せた!」
「妾に一度勝利したのだ。あんな赤い虫など、さっさと叩き斬ってやれ!」
ミツハちゃんとシキが声をかけます。
ナイジェルは彼女たちに一度頷き、跳躍──天に向かって手を伸ばします。
「おいで、神剣」
天から降臨するは巨大な剣。
その輝きは神勾玉の光にも勝り、赤に染まった風景を白に塗り変えます。
「僕は世界平和の夢を魔王に託された。そして、それを邪魔する者がいれば、何度でも立ち向かう。だからもう一度──僕はここで神剣を振るう!」
一閃──。
神なる剣によって斬り裂かれた《赤き災厄》は、もう二度と修復することはありませんでした。





