303・聖女のホーリークッキング(どら焼き編)
訓練所を後にして。
私はナイジェルとドグラス。そして、ミツハちゃんとシキさんの五人で城内の食堂に向かいました。
「一体なんじゃ?」
不思議そうに目を丸くするミツハちゃん。
「飯の時間か? 晩御飯までには、まだ時間があると思うが……」
「ふっふっふ、違いますよ。お菓子がまだでしょう?」
含み笑いをして人差し指を立てると、ミツハちゃんはますます不思議そうな顔をします。
シキさんも同様に疑問に思っていそうでしたが、ナイジェルとドグラスはなにか勘付いているのか、口を挟みません。
「少々、お待ちくださいね。すぐに出来ますから」
そう言って、私はリンチギハムから持ってきたエプロンに袖を通し、厨房へと向かうのでした──。
……数十分後。
「お待たせしました!」
作ったお菓子を持ち、私はみんなの前にそれを置きました。
「これは……?」
丸いお菓子を、ナイジェルがマジマジと眺めます。
「『どら焼き』というお菓子です」
どら焼きは、円盤状の生地であんこを挟んだ、アマツでよく食べられるお菓子です。
リンチギハムにいた頃から、一度は口にしてみたいと思いましたが……良い機会だと思い、厨房にいるコックの人たちにも手伝ってもらって、完成させたというわけです。
「ほお〜、どら焼きか。美味しそうじゃ」
「ミツハ様、たい焼きと並ぶくらいに、どら焼きも好きですものね」
ミツハちゃんとシキさんは食べたことがあったのでしょう、表情を緩めます。
「では、お食べください。みなさんのお口に合えば、なによりですが」
そう促すと、みんなはどら焼きを手にして、パクリと口に入れます。
「「「「美味しい!」」」」
──すると、ナイジェルたちは目を輝かせて、そう声を大にしたのでした。
「初めて食べるけど……すごいね。出来立てだからなのか、生地もほかほかしてる」
「中に入ってる、この黒いクリームみたいなもの。あんこ、と言うのか? 最初は抵抗があったが、なかなかどうして……美味であるな」
ナイジェルとドグラスは食べ終わっても、次のどら焼きに手を付け、味を楽しんでいるようでした。
「うむ! 旨い! これほどのどら焼きは、なかなか食べたことがないぞ!」
「お店で並んでいても、おかしくありませんね。いえ、もしかしたらそれ以上の……」
ミツハちゃんの顔は喜色に満ち、シキさんは驚きで僅かに目を見張ります。
「好評なようで、なによりです」
では、私も……。
どら焼きを一口食べると、渋い甘味が口の中で広がりました。
リンチギハムで食べるケーキよりも、上品な味のような気がします。胃がもたれる感覚がせず、いくらでも食べられそうです。
「エリアーヌは料理も上手かったのじゃな。見事なものじゃ」
「料理は趣味でしたので……リンチギハムでも厨房のコックに混じって、よくお菓子作りをしているんですよ」
笑顔のミツハちゃんに、そう説明します。
ナイジェルたちは次から次へとどら焼きを口に運んでいきます。
その表情には先ほどまでの疲れはなく、笑顔が浮かんでいました。
「疲れた体に染み渡るのじゃ。久しぶりの訓練は、なかなか骨が折れるとて」
「それでも、ミツハ姫はすごいと思うよ。何度でも言うけど、普通の子どもだったら、途中で音を上げていただろうから」
「ナイジェル、ありがとう。しかし……余はやっぱりダメじゃ」
一瞬、表情を暗くして。
どら焼きを口から離して、ミツハちゃんが続けます。
「やはり、エリアーヌたちに任せるのが最善じゃ。お主らに任せていれば、必ずや赤影を打倒してくれるじゃろうしな!」
満面の笑みのミツハちゃん。
彼女になりに考えたことだったのでしょう。
だけど、今のミツハちゃんの笑顔はどこか影を帯び、なにかから逃げているように感じました。
「──あなたは、それで本当にいいんですか?」
唐突に──。
シキさんがミツハちゃんの言葉を聞いて、ぽつりと呟きました。
耳を澄ませなければ聞こえないくらいの声量。だけど彼女の言葉は不思議なことに、はっきりと食堂に響きました。
「シキ? どういう意味じゃ」
「なんでもありません」
失言だと思ったのか、シキさんはミツハちゃんから露骨に視線を逸らし、どら焼きを再度口にします。
彼女の言葉の真意は分かりますが……問いただしても、答えてくれなさそう。
それに視線を前に向き続けるシキさんからは、『聞くな』と言わんばかりの無言の圧を感じました。
食堂に静けさが漂います。
「ん? 汝ら、なにしけた顔をしておるのだ。どら焼きをまだ残っておるぞ。いらないなら、我が全部食ってしまうぞ」
不思議に思っていると、一変した食堂の空気を払うかのように、ドグラスが明るい口調で言います。
彼の言葉になんだか気が抜けて、私たちは元の空気に戻って、どら焼きを楽しく食べるのでした。





