297・水着を着るのは恥ずかしいです
ドグラスと合流し、私たちは漁師の方々から詳しく話を聞くことになりました。
「オレらも、なにがなんだか分かんねえんだ。一ヶ月前くらいに急に蛸の化け物が出て……魚も逃げちまって、全然獲れなくなっちまった」
鎮痛な面持ちで、漁師の方はそう説明します。
「蛸の化け物って、具体的にはどういう姿なのかな?」
と、ナイジェルが問いかけます。
「そうだな……船を丸呑み出来るくらいの大きさだ。ヤツの近くにいくだけで、船が沈んじまいそうになる。オレらはそいつのことを、『海哭蛸』と呼んでいる」
なんてこと……。
まさしく蛸の化け物。
魔物の一種でしょうか? いえ、そんな魔物は聞いたことがありません。
「あっ、そうそう」
他の漁師が手を打ち、こう口を動かします。
「関係あるか分からねえが……口から赤い煙を吐いた、ってのを目撃した連中もいる。まるで……あれだ。街中に出る赤影のように……」
「──っ!」
赤い煙と聞いて、私はナイジェルと顔を見合わせます。
「ナイジェル」
「うん。赤影が関係しているかもしれないね。赤影は伝承によると、人や動物の意思を変容させる力があると言ってたし。そうだったよね? ミツハ姫」
「うむ、その通りじゃ」
ナイジェルの言葉に、ミツハちゃんも頷きで応えます。
どちらにせよ、このままでは漁師の方々も安心して漁に出られないでしょうし、見過ごせません。
「分かりました。私たちが船を出して、海哭蛸を討伐したいと思います。そうすれば、とりあえずの解決になるでしょうから」
「ほ、本当か!?」
漁師の方々の表情が、見る見るうちに希望で明るくなります。
そうと決まれば、話が早いです。
リンチギハムからアマツに来た船を使って、海に出て……。
「我も当然行くが……ミツハといったな。汝はどうするつもりだ?」
これからの算段を考えていると、ドグラスがミツハちゃんに話を振ります。
「余は……」
「ほお? もしや怖がっているのか。エリアーヌの力になりたいという言葉は嘘か? まあ、それもいいだろう。城に戻って、ガタガタと震えておくがいい。汝には王たる資格がないのだ」
「……っ!」
ドグラスに挑発され、ミツハちゃんが目の色を変えます。
「バカにするな……! 余も行く。民の悩みを解決するのは、王の義務じゃ。余だけ安全なところでぬくぬくと待っているつもりはない」
「その意気だ」
ミツハちゃんにあまり良い印象を持っていなさそうな、ドグラスでしたが──ミツハちゃんが力強く頷くと、上機嫌に笑いました。
「ま、待ってください。海哭蛸との戦いで、怪我をしないという保証はありません。ミツハちゃんを連れて行くのは危険なんじゃ?」
「僕もエリアーヌに同意だね。ミツハ姫は船に乗らず、待機するべきだ」
「いいではないか。こいつも王として、なにもしないでいるのは我慢ならぬのだ。こやつの護衛は、我が責任を持ってやろう」
ニヤリと、ドグラスがナイジェルに笑いかけます。
ここまで言われれば、首を横に振れませんね。
「……分かりました。ドグラス、ミツハちゃんを任せましたよ」
「うむ」
私の言葉に、ドグラスが頷きで応えます。
「エリアーヌ、本当にいいのかい?」
「はい、ドグラスが守ってくれるなら大丈夫でしょう。それに、私もミツハちゃんの気持ちは分かりますから」
私も昔、他の人々に迷惑をかけるかもしれないことを承知の上で、ナイジェルたちと共に城を出たことがあります。
他の人が戦っているのに、自分だけが待っているのは辛いですから。
ここはミツハちゃんの意志を尊重しましょう。
「では、すぐに向かいましょうか。時間をかければ、事態が急変する可能性があります」
「オレたちも行かせてくれ。聖女様は船の操縦が出来ないだろう? 聖女様にばかり戦わせて、漁師のオレらが戦わないのは耐え難い」
「助かります」
申し出てくれた漁師の方に、そう微笑みかけます。
よーし、早速出発です。
あとは首尾よく海哭蛸に出会えれば……。
「待て。その前に……」
私が歩き出そうとすると、ドグラスはなにかを企んでいるようにほくそ笑みます。
……嫌な予感がします。
こういう時のドグラスは、突拍子もないことを言い出しますから。
ぞわぞわとしていると、ドグラスは楽しげに告げました──。
船の上。
私とナイジェル、ドグラス、それにミツハちゃんに、そして数人の乗組員を連れて、海に出ていました。
目的は海哭蛸を倒し、その正体を突き止めること。
そこまではよかったのですが……。
「やっぱり、少し恥ずかしいですね」
私は体をひねって自分の姿を見ながら、そう口にします。
「必要性はあるものの……水着を着る必要はなかったのでは? 結界で守れば、海に落ちることはないでしょうし……」
「なにを言う」
戸惑っている私に、ドグラスが言います。
「極力、魔力は消費しないのが一番であろう。赤影に聖女の力が通じない以上、水着を着るだけで解決するなら、そうするべきだ」
「それはそうですが……」
少し腑に落ちないながらも、なにも言い返すことが出来ませんでした。
そう──今、私たちは水着を身につけているのです。
きっかけは船の停泊所に向かう前に、ドグラスがした提案でした。
首尾よく海哭蛸に遭遇した場合、船の上での戦いになることは避けられません。
その際、海に落ちる可能性もありますし、そこまでいかなくとも服が水で濡れて動きにくくなる可能性も。
なので万が一のため、水着に着替えておくのは合理的です。
ですが……恥ずかしい!
現在、私が街中で購入した水着はワンピースタイプのもので、肌の露出も少なめです。
だからそこまで恥ずかしがる必要もないのですが……人前で肌を晒す経験も今までほとんどなかったので、こういう姿は慣れません。
「それにエリアーヌは、もっと露出の多い水着を着ればよかったのだ」
腕を組んで、ドグラスが口にします。
肌の露出が少ない私の水着とは対照的に、ドグラスが着用しているのはトランクスタイプのもの。
適度に筋肉がついた上半身を恥ずかしげもなく、存分に晒しています。
「まあまあ、ドグラス。いいじゃないか。清楚なエリアーヌも可愛いんだし。可愛過ぎて、他の人に見せたくないくらいだ」
そう言ってきたナイジェルも、ドグラスと同じような水着。
二人とも、引き締まった体をしていました。
「どうして、エリアーヌはそんなに恥ずかしがっているのじゃ? 余とお揃いだというのに」
一方のミツハちゃんの水着は、私と同じようなもの。
ですが、私とは違って堂々としています。
私がどぎまぎしている理由が分からないのか、しきりに首を傾げていました。
「ミツハちゃんも大人になれば、分かりますよ」
「む。余を子ども扱いするつもりか? これでも、余の可愛さは『絶世の美女にも勝る』と巷では言われておるのじゃぞ」
「それは否定しませんが……先ほど、けん玉で楽しそうに遊んでいたじゃないですか。あの時の姿は、まさしく子どもという感じでしたよ」
「あ、あれは市民の生活を体験する……そう、調査なのじゃ! 決して楽しんでいたわけじゃない! 余は大人じゃ!」
腰に手を当てるミツハちゃん。
そういう大人だと言い張るところが、子どもっぽいんですが……という言葉を、寸前で引っ込めました。
「まあ、今はそれより……海哭蛸ですね」
「そうだね。漁師の人々の話によると、この辺りで目撃されたらしいんだけど……」
ナイジェルは船の上から、辺りを眺めます。
海は平和そのもの。
とても、今アマツが赤影の脅威に晒されているとは思えません。
出来れば今日中に決着を付けたいところなんですが……。
そう思っていた時でした。
「……っ! 来るぞ! なにかに掴まれ!」
真っ先にドグラスが気付き、体勢を低くします。
ドグラスの指示に従い、船の柱に掴まると──ゴゴゴ……! という重低音と共に、船が揺れました。
緊張を高めていると海から水柱が高く立ち──次の瞬間には、巨大な蛸が私たちの前に姿を現したのです。





