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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
三章

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296・市街調査

 私たちは聞き込み調査のため、街まで出ました。


「本当に、こうして街を歩いているだけじゃ、赤影の脅威に晒されているとは思えませんね」


 街中はのどかな風景が広がっています。

 人々の顔にも活気に満ち溢れ、赤影の脅威に怯えている様子は見当たりませんでした。


「ビクビクしても、なにも解決せぬからな」


 街中を歩きながら、ミツハちゃんがそう口にします。


「昔、余も言われた。『泣いているばかりでは、なにも解決しない』──と」

「その通りですね」

「これでも……赤影が現れ始めた一ヶ月前とは、全然違うのじゃ。一ヶ月前には、もっと観光客がおったからな。母上がまだ存命だった頃は──」


 そう言葉を続けようとしていましたが、ミツハちゃんは途端に暗い顔をして、俯きます。


「ミツハちゃん?」

「い、いや、なんでもない。そんなことよりも、聞き込み調査じゃろ? 誰かに話を──」


 と、ミツハちゃんが言いかけた時でした。



「あれ〜、()()()()()じゃん」



 突如、ミツハちゃんに手を振って、話しかけてくる三人の子どもたちの姿がありました。


「タケシ! ハナ! マモル!」


 子どもたちを見て、ミツハちゃんが駆け寄っていきます。


「遊んでおったのか?」

「うん! 最近はやることがなくて、暇だからー。ミッちゃんもこれをして遊ぼーよ!」


 そう言って、一人の男の子がミツハちゃんに木製の道具を掲げます。


 あれは……なんでしょうか?


 大きさは子どもが片手で持てるほど。

 先の尖った軸から紐が伸び、その先には赤い玉がぶら下がっています。

 側面には受け皿のような部分もあって、見慣れない道具に、私とナイジェルは首を傾げました。


「いいな! じゃが、余はやることがあるのじゃ。遊んでいる場合じゃ……」


 意見を求めるように、ミツハちゃんが私たちに視線を移します。

 私とナイジェルが顔を見て頷き合い、子どもたちに近寄りました。


「こんにちは。君たちが持っている道具は、なんなのかな?」

「お兄さん、そんなのも知らないの? これは『けん玉』。赤い玉を、尖ったところに嵌めたり、このお皿みたいになっているところに乗せたりする玩具なんだ。見てて」


 と男の子はけん玉を地面と水平に持ち、集中します。

 そして軽く、けん玉を振ったかと思うと──次の瞬間には赤い玉がふんわりと浮き上がり、受け皿に乗りました。


「ほら! こんな感じ」

「へえ、見事だね」

「そうでしょ! お皿のところに乗せるのは簡単なんだけどね〜。問題は尖った部分に嵌めるのがなかなか難しいんだ」


 得意げな表情をする男の子。


「面白そうだね。ミツハ──じゃなかった。ミッちゃんはやったこと、あるの?」


『ミッちゃん』と言い直し、ナイジェルが問います。


 すると、ミツハちゃんは自信満々に、


「うむ! 余はけん玉が得意じゃぞ。よくこうやってタケシたちと遊んで、特訓したのじゃ」


 と答えました。



「おい……またミツハ姫が城を抜け出してるみたいだぞ」

「こんなに国が大変なのに、遊んでばっかで大丈夫なのかしら?」

「よく見ろ、聖女様も近くにいらっしゃる。なにか狙いがあるのでは?」

「あら、ほんとね。それにしても不用心ねえ」



 私たちの様子を遠巻きに眺める人々が、コソコソと話をしているのが目に入ります。


 ……ははーん。

 事情が分かってきました。

 この様子だとミツハちゃん、城を勝手に抜け出すのは、これが初めてじゃないですね。


 今のように変装し、『ミツハ』だと正体がバレるので、『ミッちゃん』なんて偽名を使っていたのでしょう。


 あまり褒められたことではありませんが、指摘するのも無粋というものですか。


「どうする? お兄さんたちもやってみる? ま、簡単にやれるとは思えないけどね」


 私たちの正体が、まさかリンチギハムの国王陛下と聖女。ミツハちゃんもアマツの姫だと、露ほどにも思っていないのでしょう。

 男の子が挑戦的な笑みを浮かべて、口にします。


「そうですね……ぜひ、やらせていただきたいです。ですが、けん玉が上手く出来たら、お姉さんたちと少しお話ししてくれますか?」

「いいぜ!」


 そうお願いすると、彼らは各々持っていたけん玉を渡してくれました。

 私とナイジェル、ミツハちゃんが並んでけん玉に挑戦します。


「とおっ! とおっ!」


 ……うーん、なかなか難しい。

 子どもたちの言っていた通り、受け皿に乗せるのは簡単ですが、剣先に刺すのは難しそう。


 ミツハちゃんにも視線を移してみると、


「そいやっ! ……むむむ、今日は調子が悪いのじゃ」


 彼女もけん玉に苦戦しているようでした。


「普段はもっと出来ていたんですか?」

「うむ。十回に一回は成功しておった。じゃが、これでも余は、けん玉マスターとして名を馳せている。普通の人は、十回に一回も尖った部分に刺すことが出来ず……」

「え? 出来たけど?」


 ナイジェルの方を見ると、彼は赤い玉が剣先に刺さったけん玉を持っていました。


「よっと」


 赤い玉を剣先から外して、ナイジェルがけん玉を軽く振います。その動作には力がこもっていません。

 するとまるで吸い込まれるように、赤い玉は剣先に刺さっていきました。


「お、お兄さん! 天才じゃん!」

「そんな簡単に赤い玉を刺せる大人の人って、初めて見たよ!」

「けん玉マスターのさらに上……けん玉(しん)だ!」


 器用にけん玉を操るナイジェルを見て、子どもたちがはしゃぎます。


 ……ナイジェル。

 いつもはほんわかしていますから、忘れがちになりますが、なんでも器用にこなすんですよね……。

 天才、というものでしょうか。


 もっとも、才能以上に努力をするから、そういった一面は目立たないのだけれど。


「な、な、な……なんじゃとーーーー!? 負けた……」


 そんなナイジェルを見て、ミツハちゃんは敗北感に打ちひしがれるかのように肩を落とします。


「そろそろ、けん玉はやめとこっか。ありがとう、楽しかった。これ、返すね」

「僕たちも楽しかったよ! お兄さん、また僕たちと遊んで!」

「うん、もちろんだよ」


 けん玉を子どもたちに返し、ナイジェルは優しく微笑みかけます。

 子どもたちとさほど言葉を交わしていないのに、早くも溶け込んでいました。

 誰に対しても等しく接する、ナイジェルだからこそ為せる技でしょうか。


「あっ、そうそう。お兄さんたち、ちょっと街の人がどういう生活をしているか調査してるんだけど……君たちはなにか知らない? 大人たちの様子もなにか変わってない?」

「そういえば……」


 ナイジェルが質問すると、男の子の一人が口元に人差し指を付けて、なにかを思い出すような仕草を取ります。


「最近、漁に出られなくて困ってるって言ってた」

「漁に出られない?」

「うん。あんまり詳しく言ってくれなかったけど、大きな蛸の怪物? が出てきて、まともに漁が出来ないって。そのせいで、最近はいつもうーんうーんって頭を抱えてるみたいなんだ」

「それはいつくらいからかな?」

「一ヶ月前くらいだったかな」


 男の子の言ったことに、私とナイジェルは顔を見合わせます。


「これは偶然とは思えないね」

「はい」


 なにせ、赤影が現れ始めたのも一ヶ月前だというのです。

 それと同じくして、海に現れた蛸の化け物……気になります。


「タケシ、他になにか知らぬのか?」

「ううん。大人たちは『子どもに関係ない!』って教えてくれないんだ。他はなにも知らないよ」


 首を横に振る男の子。

 他の子どもたちも同じように知らないようでした。



『エリアーヌ、聞こえるか?』



 唐突に、頭の中にドグラスの声が響いてきました。

 念話です。


「ドグラス? 今、あなたはどこにいるんですか?」


 急に視線を外して話し始めた私を見て、子どもたちは不思議そうな顔をしますが、気にせず話し続けます。


『街の酒場だ』

「さ、酒場!? あなた、調査中だっていうのに、昼間からお酒を飲んでるんですか!?」

『勘違いするな。ただ遊んでいるだけではない。酒場っていうのは色々な人がいるから、情報が集まりやすいのだ。だから来ているに過ぎない』


 少し不服そうな声で、ドグラスは言います。


『そこで漁師たちと意気投合してな。面白い話を聞いたぞ』

「面白い話?」

『なんでも最近、海に蛸の化け物が出たらしい。そのせいで漁に出られず、昼間っから酒を飲んでいる……と』


 蛸の化け物!

 奇しくも私たちが掴んだ情報と同じで、ハッとなります。


「分かりました。念話で話を聞くのもなんですから、合流しましょう。酒場は街のどの辺りですか?」

『場所は……』


 ドグラスから場所と店名を聞き、念話を中断します。


「ナイジェル、ミツハちゃん。ドグラスが漁師たちに会って、蛸の化け物のことを聞いているそうです。ミツハちゃん、街の酒場は分かりますか? 店名は──」

「それじゃったら、ここからすぐの場所じゃな。余が案内する」


 店名を伝えると、ミツハちゃんはすぐに合点が付いたのか、早足で歩き始めます。


「ドグラスもミツハちゃんも……頼りになりますね」

「だね」


 頷くナイジェル。


 子どもたちに別れの挨拶を言ってから、私たちはその場を後にしました。

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