ファッションショーに挑戦です!(下)
「ファッションショーの優勝は──クラーラ!」
壇上で司会者の人がそう告げると、ホールは歓声と拍手で包まれました。
見事、優勝を飾ったクラーラさんは感極まったのか、両手で口元を抑えます。
その目には、うっすらと涙が。
クラーラさんの手にトロフィーが授与され、会場の熱気はさらに高まりました。
「エリアーヌ、本当によかったのかい?」
「はい」
一方──私は元の服を着て、ホールの観客席でクラーラさんの勇姿を見守っています。
そう……私は結局、ファッションショーに参加しなかったのです。
ジュースを零し、衣装を台無しにしてしまったクラーラさん。
代わりの服もありません。
だけれど……私が当初着るはずだった服を彼女が着れば、その問題は解決します。
『クラーラさん。私の服を代わりに着て、ファッションショーに参加してください』
『はあ!? なんで、あんたのを!?』
当初、クラーラさんは私の提案を断りました。
今回は自分のミス。その服を着たら、あんたが代わりに参加出来ないことになる。そんなことは出来ない。
……と。
だけど、クラーラさんが悲しんでいる顔はこれ以上見たくない。
そう思った私は半ば強引に、衣装を譲りました。
現在、壇上に立っているクラーラさんは私が着るはずだった赤いドレスを身にまとっています。
体型が私と似ていたのが幸いでした。
「まあ、元々私は参加する予定ではなかったですし。それなのにクラーラさんを押し除けて、自分が参加するなど……そちらの方が筋が合いませんから
「エリアーヌらしいね。でも、素敵な考えだと思う」
「ですが、一つ心残りがあるとするなら……あなたに赤いドレス姿を見てもらえなかったことでしょうか。少し残念です」
肩をすくめます。
だけど。
「そんな機会なんて、これからいくらでもあるよ。それに……どんな服を着ていても、エリアーヌはエリアーヌ。僕が大好きな君であることには変わりない」
「──っ!」
顔に熱が帯びていくのを感じて、咄嗟にナイジェルから顔を背けます。
もう……っ! ナイジェルったら、こういうことをさらりと言う!
当のナイジェルは私が何故顔を背けたのか分からないのか、不思議そうにしていました。
──ファッションショーも終わり、会場のボルテージも徐々に下がっていきます。
観客の方々もまだらに散っていきます。
場が落ち着いてきたのを確認して、私とナイジェルはホールを後にしようとしました。
「待って」
その時、後ろから声をかけられます。
「クラーラさん」
「……あんたに一言、言っておかないといけないと思ってね」
言っておきたいこと? なんでしょうか。
疑問に感じていると、赤いドレスを着たクラーラさんは深く頭を下げました。
「──ありがとう。あんたのおかげで、優勝出来たわ。いくらお礼を重ねても、足りないくらいよ」
「ちょ、ちょっと! 顔を上げてください!」
慌てて、私はクラーラさんにそう言います。
だけど、彼女は深く頭を下げたまま。
なかなか、前を向こうとしてくれませんでした。
「別にそんなことを言う必要はないんですよ。私はただ、自分のやりたいようにやっただけですから」
「で、でも、あんただってファッションショーに参加したかったんじゃ?」
「正直に言うと、ちょっと心残りですが……それよりも、私はクラーラさんに笑顔になってほしかったんです。だから、そんな顔をしないでください。あなたはきっと、笑顔が一番似合いますから」
微笑みかけます。
すると彼女は私の顔をぼーっと眺め、
「……聖女」
と、なにかを呟きます。
「え? なにか言いましたか?」
「い、いや、なんでもないわ。だけど……支配人が言ってた『女神の生き写し』って言葉も、強ち間違いじゃないと思ってね。本当に今日はありがとう」
そして、やっと──クラーラさんは笑顔の花を咲かせてくれました。
……うん。やっぱり、彼女には悲しみの涙は似合いません。
隣にいるナイジェルも私たちのやり取りを見て、微笑ましそうでした。
「では、私たちはそろそろ行きますね。また、どこかでお会い──」
「もう少し待って。あんたに話があるのは、私だけじゃないみたいよ」
「え?」
首を傾げると、クラーラさんの背後から「エリアーヌ嬢〜〜〜!」と支配人が駆け寄ってきました。
「はあっ、はあっ……もう帰られたと思っていましたぞ。焦りました」
「なにかったのかい?」
膝に手を当て息を整える支配人に、ナイジェルがそう質問する。
「今回は残念でした。しかし……エリアーヌ嬢が美しいのは、言うまでもありません。そこで!」
支配人が勢いよく顔を上げ。
「エリアーヌ嬢──ぜひ、この劇場の女優の一員になってくれませんかな!?」
「わ、私がですか!?」
「はい! あなたならクラーラと並んで、国内一の──いえ、世界一の女優になれるでしょう! クラーラとエリアーヌ様の二枚看板で、この劇場も大きく羽ばたきます! ぜひ、私たちの仲間になってください!」
どうして、こんなことに!?
断ろうとするけれど、支配人は簡単に諦める気配がありません。
私が首を縦に振るまで、ここを動いてくれないでしょう。
「エリアーヌ、逃げるよ」
その考えを読んでくれたのか。
ナイジェルが私の手を握り、支配人に背を向けます。
「は、はい!」
「ナ、ナイジェル殿下、待ってくださ〜い! もう少し話を〜〜!」
「えっ!? どっかで見たことあると思ってたけど、ナイジェル殿下!? どうして、彼女が殿下の側に!?」
後ろからは縋るような支配人の声と、焦るクラーラさんの声も聞こえます。
だけど、私たちは走るのを止めません。
私たちにはやることがありますから。
でも、リンチギハムの平和が保たれ、世界中が幸せで満たされた時──女優として舞台に上がってみるのも、面白いかもと思うのでした。





