ファッションショーに挑戦です!(中)
「素晴らしい!」
劇場ホールの控え室。
私が支配人から受け取った衣装に袖を通すと、彼は感動した様子でそう声を上げました。
「やはり、私の見立てに間違いはなかった! 服の本来の価値が最大限に引き出されている! これを着て舞台に上がれば、あなたはさぞ、みんなからの称賛されるでしょう!」
「あ、ありがとうございます」
照れるやら恥ずかしいやらで、そう答えるのがやっとでした。
あらためて、鏡の前に映った自分の姿を見つめます。
現在、私が着ているのは赤いドレス。
高級な布が使われているのか、着心地もいいです。
服のテーマは『夜会の蝶』らしいんだけど……まさしく、今の私はそのように見えるでしょう。
普段なら絶対に身につけないような服に、似合っているか心配になったけれど、支配人には好評でなによりでした。
「ナイジェルにも早く見てほしいです」
ナイジェルは現在、ホールの中でファッションショーの始まりを待ってくれている。
私を見送る際、「頑張って!」と親指を突き立てた彼の姿を思い出します。
「私も、さらにテンションが上がってきましたぞ! こうしては、いられませぬ! ファッションショーが成功するように、準備をしてまいります!」
そう言って、支配人は慌ただしく控え室を後にしていきました。
「あの方も大袈裟ですね。まるでナイジェルみたいです」
ファッションショーの始まりまで、まだ時間が少しあるので、鏡の前でくるっと回ってみる。
ひらりと揺れるスカートの裾は、まるで夜空に舞う赤い蝶のよう。
「意外とこういう服もいいですね」
自画自賛していると──。
「あら──その衣装、随分と気に入っているようね」
いつの間にか、私と同じような衣装に身を包んだ女性が、私の近くに立っていました。
その表情はどこか不機嫌そうで、腕を組んで私を睨んでいます。
「あなたは……」
「クラーラよ。将来、この国でナンバー1の女優になる私の名だから、覚えておきなさい」
そう言って、彼女──クラーラさんは大股で私に近寄ります。
そしてぐいっと私に顔を近付けます。
「いい? 欠員の穴埋めのために、急遽ファッションショーに挑戦することになった……って聞いたけど、勘違いしないでくれるかしら。このファッションショーで優勝するのは、この私──クラーラ様なのだから」
「優勝?」
「聞いていないの? 今回のファッションショーの最後、見てくれた人たちによって投票が行われ、誰が一番美しかったかを決定するのよ。そして優勝者は大々的に女優として、支配人から売り出してもらえる」
──そんなこと、聞いていないんですが!?
ただ服を着て、みんなの前に出ていけばいいと思っていた私にとって、寝耳に水の話。
あの支配人、私に参加してもらうことに必死で、大事なことを説明し忘れていたみたいです……。
「そうだったんですね。ですが、別に私は優勝を狙っていない──」
「もう一度、忠告してあげるわ! 耳をかっぽじって聞きなさい!」
クラーラさんは私の話もろくに聞かず、ぴしっと指を突きつけてきます。
「『女神の生き写し』だかなんだか言われたらしいけど、優勝するのはこの私! このファッションショーで優勝して、私は女優として大きく羽ばたくのよ! 支配人に何故か気に入られているだか知らないけど、ぽっと出のあんたが調子に乗らないでくれるかしら?」
……彼女、なかなか負けん気が強いみたい。
私にとても強い対抗心を抱いているようです。
──なんとなく、レティシアに似ているかも。
とはいえ、彼女とは喋り方も雰囲気も違いますが……どうして、私はそう思ったのでしょう?
とはいえ。
「はい。私はあくまで脇役。調子に乗るつもりはありません。私を心配して、助言してくれているんですよね? ありがとうございます」
「わ、分かればいいのよ」
頭を下げると、一瞬身じろぐクラーラさん。
「お互い、頑張りましょう。私も、クラーラさんのお目汚しにならない程度に振る舞いたいと思います」
「そ、そうね」
右手を差し出すと、クラーラさんは戸惑いながらも私と握手を交わしてくれました。
「……なーんか、あんたと喋ってたら、毒気が抜かれちゃうわね。あんたってよく『変』とか『天然』って言われない?」
「さあ? どうでしょう」
「ま、まあいいわ。とにかく! 忠告はしたからね。このファッションショーで優勝するのは、この私! あんたは調子に乗って、恥をかかないようにはしなさい」
最後にそう言い残して、クラーラさんは私の前を去っていきました。
「ふう。まさか優勝者を決めるだなんて……」
とはいえ、私がすることは変わらない。
この赤いドレスを着て、みんなの前に出ていくだけ。
親切な先輩の助言も頂けたし、なにも不安になる必要はありません。
そう思い、胸の前でぎゅっと拳を握るけれど──まさかあんなことが起こるなんて……。
この時の私は予想だにしていませんでした。
ファッションショー開演の時間が近づくにつれ、控え室はさらに慌ただしくなっていきます。
「もう少しで出番です……!」
最初は支配人に頼まれただけだけれど、周りの雰囲気に釣られて、私も緊張してしまいます。
無事に終わればいいのだけれど……。
そう思っていた矢先でした。
「……? どうしたんでしょう?」
周りの空気が変わった気がします。
なんというか……トラブルが起き、みんなはその対応に追われているよう。
いてもたってもいられなくなった私は、近くの人に訊ねてみることにしました。
「あ、あのー……なにかあったのでしょうか?」
「ちょっと困ったことがあってね」
劇場のスタッフらしき男性が、気の毒そうな口調で答えてくれます。
「クラーラっているだろう? 実は彼女が、自分の衣装にジュースを零してしまったんだ」
「え……」
「そのせいで、衣装は台無し。代わりの衣装もないし……棄権しようかという話になっている。ジュースを零したのは彼女の責任だしね」
なんということ……!
男性の話を聞き、私はすぐに騒ぎの中心に向かうことにしました。
控え室の奥。
そこでクラーラさんが椅子に座り、沈痛そうな面持ちで下を向いていました。
「クラーラさん」
「あんた……」
呼びかけると、クラーラさんは顔を上げます。
先ほどまでの勝気な印象はなりを潜め、酷く落ち込んでいるようです。
「は、はは……笑いなさいよ。あんたにあれだけ啖呵を切っておきながら、このザマ。こんなのじゃ客前に出ることすら叶わないでしょうね」
と、自嘲気味に笑うクラーラさん。
しかし、その笑みもどこかくたびれたもの。
「私って……こういう星に生まれてきたのね。肝心なところで力を発揮出来ない。今日チャンスだったっていうのに、自分の不注意でそれをふいにした。今日のファッションショーには、お母さんも来てくれるっていうのに……」
クラーラさんの声が、涙交じりになっていきます。
見ているだけで、こちらが辛くなってきます。
「…………」
──『このファッションショーで優勝して、私は女優として大きく羽ばたくのよ!』
先ほど、自信満々に語ってくれたクラーラさんの顔が頭に浮かびます。
きっと今まで必死に努力を重ねてきたのでしょう。
彼女と会ったのはつい先ほどですが、その気合いが伝わってきました。
私に対して助言をしたのも、いわば自分を奮い立たせるため。
それなのに、たった一回のミスで、彼女はファッションショーに参加すら出来ないかもしれません。
そんなの──あまりにも悲しい。
「……決めました」
「は?」
呟くと、クラーラさんが虚をつかれたような表情になります。
「クラーラさん。私の服を──」
それを告げると、クラーラさんは驚きで目を見開きました。





