276・きっとそういう風に世界は出来ている
いきなりすぎましたが、ナイジェルの考えは分かりました。
魔王によって断ち切られた、私達の絆を取り戻すため──ナイジェルと私は口づけを交わし。
顔を離した時には、彼の体は神々しい光に包まれていました。
「これが君の力……」
自分の両手を見て、そう呟くナイジェル。
「すごいよ。今まで以上に力が湧いてくる。これなら──」
と言葉を続けようとした時──虚空がねじれ、その裂け目から何者かが姿を現しました。
「ここにいたか」
魔王です。
ナイジェルは私を守るように立ち、剣を構えます。
「隠れんぼはこれで終わりか? 妾を前にして、恐れをなしたか」
「君がその気になれば、すぐに見つけられたと思うけどね。わざわざ待っててくれたのかな?」
「ふんっ、バカなことを言うな」
魔王は鼻で笑い、
「……しかし戦いの準備は整ったようだな。そこの女は“真の聖女”となり、貴様も女神の加護──いや、聖女の力を体に宿したか。あやつを強く感じる」
と今、ナイジェルの身に起こっているであろうことを、一発で看過します。
しかし魔王の表情に焦りはありません。
それどころか、成長した子を褒める母のような雄大さで──。
「ああ。すまないね、待たせてしまった。“真の聖女”の意味──そして絆の強さ。ようやく分かったよ」
「思っていたより、時間がかかったな。意外と拍子抜けだと呆れていたぞ。まあいい──」
魔王はナイジェルに呼応するように、剣を構える。
「さあ──今こそ決する時だ。どちらが真の王にふさわしいかをな」
「言われなくても……そのつもりだよ!」
ナイジェルが魔王に斬ってかかります。
今まで本気を出していなかったのでしょうか──魔王の体から、さらに強い魔力が迸ります。
だけど。
「みんな──もう少しです。もう少しで魔王を打倒します。だからみんなも、どうかご無事で」
私は自分達の勝利を疑わず。
リンチギハムにいるみんなの身を案じていました。
◆ ◆
「ありがとうございます! 途中ではぐれてしまい……この子が帰ってきて、本当によかった!」
リンチギハム。
ヴィンセントは保護した子ども──バリーをようやく安全な場所まで送り届けていた。
どうやら、バリーは孤児院の子どもだったらしい。
周囲には騎士や他の者もいる。どうやら、戦えない者達はここで身を寄せ合って、災厄が過ぎるのを待っていたらしい。
孤児院の職員は涙を流し、他の子ども達もバリーの無事を喜んでいる。
何度も何度も、ヴィンセントにお礼を言っていた。
「礼には及ばない。当然のことをやったまでだ。それに……私一人の力で、ここまで辿り着けたわけではないからな」
とヴィンセントは隣にいる男──フィリップに視線を送った。
バリーを守りながら街を歩いている途中、魔族との戦いを終えたフィリップに出会した。
フィリップは彼を見るなり、大層驚いたと言う。体は血まみれで、今にも倒れてしまいそうだったからだ。
背中の傷は塞がったものの、満身創痍の状態であることには変わりない。
それでもヴィンセントは子どもを安心させるため、痛みを堪えていた。
フィリップの治癒魔法により、ヴィンセントもなんとか意識を保てるくらいには回復した。
(正直、助かった。フィリップは治癒魔法はあまり得意ではないと言っていたが、応急処置としてはこれで十分だ)
フィリップに出会っていなければ、こうして皆が喜ぶ姿を見れなかったかもしれない──とヴィンセントは思った。
「……よし、ヴィンスはここで子ども達の護衛に努めろ。俺はまだ街中に残っている魔族を倒しにいく」
「なにを言う。ここなら騎士達に任せておけば大丈夫だ。俺も戦う」
「無茶を言うな。自分の体の状況も分かっていないのか?」
「極めて良好だ」
「死にかけていた男がなにを言う。それに……君が上級魔族を倒してくれたおかげで、あとは雑魚しかいない」
フィリップの言うことにも一理あった。
街の中央に突如出現した巨大な生き物──魔獣ナイトメアの姿も消えた。
上級魔族の気配が残り一体あったが、それもいつの間にかなくなった。騎士達に話を聞くと、レティシアとクロードが打倒してくれたらしい。
しかしだからといって、じっとしているのは性に合わない。
ゆえにヴィンセントはフィリップと共に戦おうとしたが……。
「雨……?」
突然、ぽつりぽつりと雨が降り出した。
それは雷を伴って、大きな音を王都に響かせた。
不穏な空気に、子どもも怖がっている。
「この状況で──不吉だな」
とフィリップが声を零す。前髪から雨粒が滴り落ちていた。
本来なら、突然の天候変化とはいえ、さほど気にする必要はなかったかもしれない。
しかしヴィンセントはある確信を抱いていた。
「ナイジェルとエリアーヌ──そして魔王が戦っているんだ」
そして戦いの状況は分からないが、最終決戦を迎えている。
本気を出した魔王の力が、こちらの世界にも流れ込んでくるようだ。
「だ、大丈夫かな? 雷、落ちてくる?」
「大丈夫だ」
ヴィンセントはバリーに微笑みを送る。
「きっと、王子様と聖女様が戦ってくれているんだ。だから君は彼らの勝利を願ってくれ」
「う、うん!」
と子どもは目を瞑り、手を強く組む。
それは孤児院の人達──そして騎士や周りの人にも広がった。
「聖女様……どうかご無事で」
「祈ることしか出来ない、私達をお許しください。ナイジェル王子──勝って」
誰に強制されることもなく。
皆がバリーのように目を瞑り、ナイジェル達の勝利を祈っていた。
「……そうだな。魔族界に行けない俺達は、エリアーヌ達の勝利を信じることしか出来ない」
フィリップも雨空を見上げ、そう呟いた。
「……私とナイジェルが好きな言葉がある」
「唐突だな。……なんなんだ?」
「最後には正義と愛が必ず勝つ──だ」
「はっ! ナイジェルはともかく、君らしくない。だが、きっとそういう風に世界は出来ているんだろうな」
とフィリップが表情を柔らかくする。
ヴィンセントも二人の勝利を願った。
そしておそらく、皆が勝利を願っているような光景は、他の場所でも広がっているだろう。
祈りは空に昇り、それはいつしか絆となってエリアーヌ達に届く。
書籍7巻の発売が決定しました!
発売日は12/26(木)ごろになっています。よろしくお願いいたします。





