274・真の聖女になる時
──目を開けると、眩いばかりの白さ。
不思議な空間です。
「ここは……?」
少し見た目は違いますが、邪神《白の蛇》がいた神界──そして時の聖女シルヴィさんと対面した空間に似ている気がします。
どういうこと?
魔王の攻撃によって城が崩れ、私はナイジェルと共に落下していたはずなのですが……。
結界魔法が張れず地面に衝突し、そのまま死んで──。
最悪の可能性が頭をよぎります。
戸惑っていると、
「──アーヌ──聞こえ──“真の聖女”である──」
懐かしい声が聞こえてきました。
「女神様……?」
私がそう呟くと、やがて声は明瞭となっていき、ほっと安堵の息を吐いたような音も聞こえました。
「よかった……ようやく準備が整いました」
間違いありません──女神です。
「私も安心しました。もう二度と、あなたとお話しすることが出来ないと思っていましたから」
しかし悠長にお喋りを楽しんでいる場合ではありません。
私は女神に答えを求めます。
「女神様! 教えてください! 魔王を倒すための術を!」
「──魔王を倒すための術。それはあなたが“真の聖女”となることです」
すると女神からそう言葉が返ってきました。
城が崩れる前、魔王が告げた言葉を思い出します。
「……魔王は言っていました。『“真の聖女”とは女神の器』だ……と。それは本当ですか?」
「ある意味では本当です。ですが、彼の認識は少し違っています。もしくはわざと嘘を伝えたのか──」
と女神はさらに続けます。
「正しくは、私──女神の力を託すことが出来る人物。それが“真の聖女”の本当の意味です。そういう意味では、『女神の器』と言っても過言ではないのでしょうがね」
「どうして今まで私にそれを伝えてくれなかったのですか?」
「力は時に人を惑わせます。私は──怖かった。人格を失ってまでも、私の力を得ようとする人間が現れることを。
しかしあなたは違いました。誰よりも清く気高き魂を持つ人間。あなただからこそ、私が力を託しても自分を見失わず、その全てを発揮することが出来るのでしょう」
ただ、これは私の失敗なのですが──と女神は続けます。
「少しずつ、あなたには力を譲渡しようと考えていたのですが……そのせいで私の声を、あなたに届けることが出来なくなりました。まずい──と思ってからは手遅れ。あなたに“真の聖女”の意味を伝えられず、逆に惑わせてしまう結果となりました」
「だからあなたの声が聞こえなかったんですね……」
「その通りです。“真の聖女”とは私の力を継ぎ、一体となる存在です。つまり聖女は女神であり、女神は聖女。もう──私の代行者ではないのです。ゆえに私の声はあなたの声。聞こえなくなるのも必然でした」
女神の声には申し訳なさが含まれていました。
彼女も万能な存在ではないということでしょうか。
だから責める気にはなりません。
「ですが、ようやく準備が整いました。これであなたに私の力を託すことが出来る。さすれば、魔王を打倒する一手に──」
「待ってください」
ここまで聞いて、私はある可能性が浮かんでいました。
「“真の聖女”とは、あなた──女神様と一体になることですよね」
「その通りです。あ、魔王の言ってた『人格を失う』ということはないので、心配ご無用ですよ。それをしても人格を失わない人物が“真の聖女”たる資格を持てるので……」
「いえ、そのことを心配しているわけではありません」
なにせ──どちらにせよ、魔王を倒すための力を得ることが出来るのです。
仮に『私』という人格がなくなろうが、みんなが幸せになるためなら、それを惜しむ気持ちはありません。
私が危惧しているのは、彼女のこと。
「あなたはどうなるのですか? 私と一体になるということは、もしや……」
「もう、あなたとこうしてお話しすることは出来ないでしょう」
それを聞き、私は焦ります。
「そ、そんな! 私達のために、あなたが消えてなくなるということですか!? なら、他に方法はないんですか?」
自分のことならいざ知らず。
そのために女神が犠牲になることは、耐え難かった。
時間の許す限り、他の方法を探したい。
しかし女神は駄々をこねる子どもを諭すように。
「……失礼しました。消えてなくなるというのは違いますね。あなたと一体になり、声を届かせることが出来なくなるというのは──もうその必要がないという意味。言ったでしょう? 聖女は女神の器というのは少し違う。本当の意味は私の力をあなたに託すことが出来る人物──と。それはすなわち、私とあなたとの結びつきが、さらに強くなるということです」
「よ、よく分かりません」
「ならば──こう言い換えましょう。あなたと私は心と心で繋がっている。人間はそれを──絆と呼びます。私の存在がなくなるわけではありません」
絆──。
聖女はそれを力にすると、古代遺跡の壁画にも書いていました。
そして魔族界に入る扉だって……。
みんなと共に『世界平和』を願った時、心に芽生えた温かな感情を思い出します。
それなら──怖くない。
私と女神は、言葉よりも強固な絆で結ばれているということなのですから──。
「……分かりました。女神様、魔王を倒すため私達にどうか力を貸してください。これはその握手です」
と私はそっと右手を差し出します。
「はい、喜んで」
女神も私の手を握り返します。
その瞬間。
握手を交わした手を中心に輝き、そしてそれは周囲の白よりも眩い神聖な光となって広がっていきます。
「エリアーヌ──私はあなたのような人間に出会えてよかった。何千年も“真の聖女”である人間を待ち続けて後悔はありません。ようやく、彼女を永遠の眠りにつかせてあげることが出来ます」
何故でしょうか。
彼女──と口にした時、一瞬女神の寂しさが私にも伝わってきました。
「最後に言わせてください」
そう言って。
女神はあっけらかんと──まるで夕暮れを背景にして友達に手を振る子どものように。
こう続けました。
「これからも、よろしくお願いします。あなたとの絆が、私にとってなによりの宝物です」
光は私の中に取り込まれ。
私は本当の意味で“真の聖女”となりました。





