273・聖女でなくなる時
魔族界。
私とナイジェルは大苦戦を強いられていました。
「女神の加護がなければ、貴様はその程度か! たった一人で戦う力を持たぬ者に、王である資格はない!」
魔王の猛攻を前に、ナイジェルは防戦一方。
女神の加護が付与されていれば、対等に渡り合えると思いますが──魔王の剣によって、私とナイジェルの絆が断ち切られ、生身で戦わなければいけない状況に立たされています。
治癒魔法や結界魔法は依然として使えるので、今はこれ以上悪くなることは避けられていますが……それも時間の問題。
このままではやがて私の魔力が尽き、その時に戦いの終わりが訪れるでしょう。
「くっ!」
魔王の勢いに負け、ナイジェルが弾かれました。
「ナイジェル!」
地面に尻餅を付くナイジェルに走り寄り、私は彼の身を案じます。
「ふっ……“真の聖女”として覚醒するのは、まだ先だったか。貴様が“真の聖女”となっていれば、また違ったのにな」
「あなたの言う“真の聖女”とは、どのような存在ですか?」
魔王だけではありません。
長命竜アルターも言っていました。
今までの聖女は紛いもの。“真の聖女”が生まれるための礎に過ぎなかった──と。
「活路が見えるまでの、時間稼ぎか? まあいい。乗ってやろう」
そう言って、魔王は剣を下ろし語り始めます。
「そもそも聖女とはなんだ?」
「女神様の代行者とも言えるべき存在です」
「そうだ。ならば女神の代行者たる聖女の目的はなんだ?」
「それは……」
聖女は治癒魔法や結界魔法、さらには呪いを浄化する力に長けています。
その力を行使し、ベルカイムに結界を張り、みんなを守ってきた──。
どうして、ベルカイムで聖女が生まれたのかというと、彼の地で魔王が封印されていたから。
魔族の侵攻を防ぐためにも、聖女の力が必要だったわけですね。
「妾の力を封じるため──そういうことだな?」
私が答えを出すよりも早く、魔王はこう続けます。
「つまり女神は魔王の力を封じ──倒すための器を探していたわけだ。しかしそれはなかなか見つからぬ。聖女が女神の力をそのまま使えるわけではないからだ。どうしても、不純物が混じる」
「なにが言いたいんだい?」
とナイジェルが答えの続きを促します。
「ここまで言っても、分からぬのか? 端的に言ってやろう。女神がこの世界に降臨すれば、妾を倒すことが出来る」
魔王は出来の悪い生徒に答えるかのように、さらにこう口を動かします。
「しかしそれは出来ぬ。神がこの世界に降臨することなど不可能だ。邪神《白の蛇》も、神界からしか力を使うことが出来なかった」
「だからこそ、女神様は私に力を授け、代わりに行使してもらったんでしょう。それがなにか──」
「結論から言おう。“真の聖女”は女神の器にしか過ぎぬ。だが、女神の器になれる聖女はなかなか生まれてこなかった。しかしようやく生まれてきた──それが貴様だな」
“真の聖女”は女神の器──。
なんでしょう。
言葉としては理解出来ますが、あまりに突拍子もない答えでしたので、実感が伴わないものでした。
「女神の声が聞こえなくなるのも必然だ。何故なら、“真の聖女”こそが女神そのものとなるからだ」
「その場合、私の人格はどうなるのですか……?」
「さあな。女神に乗っ取られるのだから、消えてなくなるのかもしれぬ。それに妾は興味がない」
魔王は剣を突きつけ、高らかにこう告げます。
「女神も強かな女だな! これを伝えれば、聖女から反発をくらうと思い、貴様に伝えなかった! 貴様は女神のことを信頼していると思うが──それは間違いだ。人に神の考えなど理解出来るはずがない」
「ご教授、ありがとうございます。ですが……私は揺るぎませんよ」
私は鋭い視線で、魔王を睨み返します。
「そう言ったら、女神様への信頼が揺らぎ、私が精神的に追い詰められると思っていましたか? お生憎様。どうしてあなたを信じて、女神様を信じない道理があると思うんですか。私はそんなに──弱くない」
「そうだろうな。妾もこれしきのことで、貴様らが戦うのをやめると思っておらぬよ。それは妾の本意ではない。妾はどちらが王にふさわしいか──真の王であるかを決するのみ」
そう言って、魔王は剣を構えます。
「さあ──再開しよう。貴様が“真の聖女”として目覚めようとしているかどうかは、この際関係ない。なんにせよ、妾が“真の聖女”ごと貴様を叩き斬ればいいだけだ!」
「エリアーヌ、離れて!」
「はい!」
ナイジェルは再び立ち上がり、魔王に向かっていきます。
たとえそれが絶望的な戦いであっても、私達は決して諦めません!
戦いを眺めながら、私は先ほどの魔王の言葉を思い出していました。
“真の聖女”として覚醒すれば、魔王を倒せる……?
私はみんなを幸せにするためなら、自分の身を犠牲にする覚悟は出来ています。
ならば、“真の聖女”に覚醒するためには、あとはなにが必要なんでしょうか。
それが分からず、私はむず痒い気持ちになりました。
「もう終わりにしよう。治癒魔法と結界魔法がなくなれば、聖女ですら妾の敵ではない」
「一体、なにを──」
私が言い終わるよりも早く、魔王が剣を上段に構えます。
狙いは──私。
「エリアーヌ!」
ナイジェルは即座に身を翻して、私に駆け寄ります。
魔王の剣が一閃──しかし寸前でナイジェルが間に合い、私を抱えてその場から退避。
ゴゴゴ──!
一振りの衝撃は、あまりにも大きなものでした。
城全体がぐらぐらと揺れ始め、崩壊を始めます。
「お、お城が崩れます!」
「エリアーヌ、僕から離れないで!」
ナイジェルが私を抱く力が、より一層強いものとなります。
城は崩壊を始め、床も瓦礫となり、私達は落下に転じました。
地面に激突する衝撃に耐えるため、結界魔法を張ろうとしますが──。
「無駄だ」
落ちながらも、視界の片隅に映ったのは笑みを浮かべる魔王の声。
ここで私は魔王が言った言葉を理解し、唖然とします。
──聖女の力が使えない。
「貴様の魔法は、女神との絆があってのことだった。その絆がなくなれば──ここまで言えば分かるな?」
結界魔法が張れないどころか、体から力がなくなったような感覚を抱きます。
この時。
私は聖女ではなくなりました。





