267・愛 vs 怨念
一方のレティシア。
彼女は導かれる声に従い進むうちに、やがて閑静な住宅街に辿り着いた。
(街の中央では、激しい戦いの音が聞こえるけど……ここは驚くほど静かね)
人どころか、魔族の気配すらなかった。
しかしレティシアはここに彼女がいると確信し、足を止め、こう叫ぶ。
「さあ! 来てやったわよ! 隠れてないで、さっさと出てきなさい!」
……しばしの沈黙。
それでもなお、レティシアはなにもない空間を見上げる。
「──遅いわよ。ベルカイムの毒虫」
すると──その空間に突如、少女の輪郭が生まれた。
やがてその影は形を成し、ある魔族が姿を現す。
昨日、上級魔族シアドにトドメを刺そうとした時、割って入った上級魔族である。
「あんた一人でお出迎え? レディーの扱い方を、分かってないんじゃないかしら」
「あんたとは一対一でケリをつけたかったからね」
ゆっくりと地上に降り立つ魔族。
その背中には蛾のような羽が生えていた。
フードを深く被っているため、顔の表情は分からないが、声からは明確な怨念を感じ取った。
「いい加減、さっさとその不細工な顔を見せなさいよ。ね、あんたでしょ? 毒蛾」
レティシアが挑発的にそう言い放つと、魔族は怒りを膨らませる。
魔族はフードに手をかけ、顔を顕にした。
「あんたのことは、ベルカイムの時から片時たりとも忘れたことがなかったわ……! 私がただの人間に負け、こんな屈辱を味わったのだから!」
──そう。
ベルカイムで結界が打ち破られ、魔族が襲来した時。
レティシアはエリアーヌとクロードと共に、毒蛾のようなオーラを放ち、呪いを振り撒く上級魔族に出会った。
エリアーヌをナイジェルのところに行かせ、レティシアは上級魔族と交戦。
辛くも勝利を収め、上級魔族を葬ったと思っていたが──彼女はまだ生きていたのだ。
「あら、意外と可愛い顔をしてんじゃない。ごめんね。不細工と言ったのは謝るわ」
さらにレティシアは言葉を重ねる。魔族が怒気と殺気を膨らませる。
魔族の顔は以前とは違っている。
それはかつて、エリアーヌに呪いを跳ね返され、魔物のような顔になっていた自分──レティシアを彷彿とさせるものだった。
「全部……! 全部あんたのせいなのよ! あんたのせいで、私はこんなに醜い顔になった! あんただけは許さない! 昨日だって、すぐに八つ裂きにしたかったわ!」
と魔族は顔を歪める。
呪いというのは『怨念』と言い換えられることがある。
(だったら……以前までのこいつと同じとは、思わない方がよさそうね)
何故なら、彼女は一年以上もレティシアへの怨念を滾らせていたからだ。
間違いなく、前回以上に手強い相手となる。
「ちょっとは成長してるかと思ったけど……昨日今日と見て、確信したわ。あんたはなにも変わっていない。ベルカイムを窮地に陥れた、幼稚なあんたのまま。一方──私はあんたを呪い続けていた。私とあんたとの間には、大きな隔たりがあるのよ」
「……そうね。わたしはかつて、ベルカイムを終わりに導こうとした、稀代の悪女のままかもしれない。その罪から逃げるつもりはない。心の闇はまだ残ってるんだと思う。だけど──」
レティシアは戦う姿勢を取り、こう続ける。
「そんなわたしでも、大好きだって言ってくれる男に出会ったのよ。偽の聖女であるわたしが、全てを救えるとは言わない。だから今日のわたしは、たった一人の男のために戦う」
「男のために? はっ! 笑わせるわね! 私達が使う呪いってのは、相手を憎めば憎むほど強くなる術なのよ? そんな意気込みで、私に勝てると思ってるわけ?」
堪えきれなくなったのか、魔族はそう破顔した。
彼女の言うことにも一理ある。
しかし……レティシアが彼に抱く想いは、そんな生温いものではない。
どんなことがあっても、彼の傍にいるという執念。
どろどろな執念は時に鎖となり、自分を締めつける。鎖に縛られ、身動きが取れなくなることもあるだろう。
だが──それが心地いい。
それが今、レティシアが抱いている感情の正体。
「こんなこと、普段は恥ずかしくて言わないんだけどね。愛の力であんたを倒してあげるわ」





