260・『絆』
「レティシア、どこに……」
「黙って付いてきなさい」
レティシアに手を引かれるまま付いていくと、噴水前の広場に辿り着きました。
そこでレティシアは足を止め、こう叫びます。
「みんな! ここにいる人、誰だか分かるわよね。聖女様よ! 聖女様はまだ、魔王との勝負を諦めていないわ!」
あまりにも大きな声だったので、みんなの視線が一斉に集まります。
「い、いきなり、なにをされるんですか!?」
「よく見てなさいよ。これがあんたの宝よ」
悪戯っぽくレティシアが笑います。
「ああ……聖女様。あなたを見ているだけで元気が出てきます」
「聖女様だー! 聖女様、握手してー!」
「あんたがいる限り、この街は大丈夫だ!」
──みんなが足を止め、私達に注目します。
中には膝を突き、祈りを捧げる人も。
「え……?」
こんなことになるとは思っていなかったので、私はつい戸惑いの声を漏らしてしまいます。
「あ、あの……」
どうしていいか分からず立ちすくんでいると、人々を掻き分けて、一人の女性が私の前で立ち止まります。
いえ……よく見ると、一人ではありません。
女性の隣には、その子どもらしき男の子の姿もあります。
「聖女様、私のことを覚えていますか?」
「お久しぶりです!」
その親子らしき二人は、私の顔を真っ直ぐと見つめます。
王都にいる人は多い──。
だけど、この親子は片時たりとも忘れたことはありません。
「もちろんですよ。昔──バルトゥルの部下である魔族に囚われていた方々ですよね」
上級魔族バルトゥル。
かつてベルカイムに侵攻し、レティシア達を牢屋に閉じ込め、精霊の森を瘴気で覆った元凶。
かつてこの親子は私を誘き寄せる人質として、バルトゥルの部下である魔族に捕まっていました。
私は──とはいっても、ほとんどドグラスがやってくれたのですが──彼女らを救い、バルトゥルがいる精霊の森に向かったわけですね。
全てが終わった後、お礼の手紙を直接頂いたので覚えていたのですが……お子さんも順調に育っているみたいでなにより。
「この子、あれから聖女様のファンなんですよ。まあ……あの時はあなたが聖女様だということは知らなかったんですが」
「うん! ボク、大人になったら聖女様みたいにカッコよくなるんだ!」
と鼻をすする少年。
そんな元気な様子を見ていると、頑張ってよかったとあらためて思うのでした。
「エリアーヌ様!」
さらに人混みを掻き分け、私達の前に現れた一人の男性がいました。
その方はメガネをかけており、知的な印象と優しそうな雰囲気を併せ持っています。
「ロ、ロベールさん!?」
「はい! ご無沙汰しています!」
ロベールさんがそう言って、ずれたメガネを元の位置に戻します。
彼は魔法研究所の所長をやっているお方。
フィリップから頂いた精霊の水を、彼に解析してもらったことを思い出します。
薬師の試験を受ける際にも、ロベールさんには大変お世話になりましたね。
「ロベールさんも、この街に残ってくれていたんですね」
「当たり前じゃないですか。エリアーヌ様とナイジェル様がいるのに、逃げるわけにはいきませんよ。あっ、そんなことより──」
ロベールさんは持っているバッグから薬品らしきものを取り出し、こう続けます。
「見てください。これがなんなのか、エリアーヌ様は分かりますよね?」
「え、えーっと……ポーションですね。しかもかなり上質なものです。上級ポーションに位置付けされるでしょうか」
上級ポーションはポーションの中でも一際効果が高く、大変貴重なものとされています。
私が薬師としてうっかり上級ポーションを作ってしまった際には、一つで家一軒が立つほどの値段がついたのでしたね。
「はい──正解です。エリアーヌ様と出会ってから研究に研究を重ね、量産化に成功したんですよ!」
「そ、それは本当ですか!?」
つい前のめりになる。
「エリアーヌ様が頑張られているのだから、私も頑張らねば……と。ですが、ここまで一年以上かかりましたけどね」
ははは──とロベールさんは照れたように言います。
「今回の事件を受け、研究所ではこの量産した上級ポーションを無償配布することに決定しました」
「あ、有り難いんですが、本当にいいんですか? 確か上級ポーションは、かなり高価だったはずなのに……」
「なあに、どうせ量産化された上級ポーションが出回れば、価格も落ちますよ。エリアーヌ様にばかり負担をかけていられません。研究所も全面的にバックアップします。だから──」
一転。
ロベールさんは真剣な表情になって、こう続けます。
「頑張り屋のあなたやナイジェル様は、一人で背負いこんでいるかもしれませんが、そんな必要はありません。見てください。この街の住民は全員たくましい。魔王ごとき、なにも怖くはありません」
────。
あらためて、私はその光景を眺めます。
魔王に自分達の住んでいる場所が傷つけられ。
しかもまたすぐに魔族達が襲ってくるかもしれない。
そんな危機的な状況の中、街中はどんよりと沈んだムードになっても仕方がないと思っていましたが──決してそうではありません。
ここから眺めるだけでも、下を向いている者は誰一人いない。
みんな──前を向き、自分のやれるべきことをやろうとしているのです。
そんな尊い光景を見ていると、感極まり涙が込み上げてきて、思わず手で口を覆ってしまいました。
「……どう、分かった?」
レティシアが優しく微笑みます。
「今まで、あんたは頑張ってきたのね。だからこれだけ、街の人に信頼されている。ほとんどの人が、この街に残った理由。それはあんたがいるからよ」
「──っ!」
「あんたがいるから、みんな大丈夫だと思っている。そして彼らとの信頼関係は一朝一夕で築けるものじゃないわ」
わたしやクロードだって、そのことに苦労しているんだし──とレティシアは自嘲気味に笑います。
「いわば、これはあんたが今まで紡いできた絆。それがなによりの宝なのよ。もっと、自分を褒めてあげなさい。それが今のあんたがするべきこと」
……レティシアに諭されて、ようやく気付きました。
──私は一人ではありません。
ふう……。
私は本当に弱いですね。
私にはアビーさんや、セシリーちゃん。ラルフちゃんにドグラス。フィリップやヴィンセント様。他国にもレティシアやクロード、カーティス。
そして──ナイジェルがいます。
街の人々も、私なんかより何倍も心が強い。
それなのに自分のことで精一杯になっていて、周りが見えていませんでした。
「えいっ!」
私は自分で自分の頭を叩きます。
「エリアーヌ! しっかりしなさい!」
急に自分の名前を呼んで、声を張り上げた私をみんなは不思議そうに眺めます。
エリアーヌ!
また悪い癖が出ていますよ!
全部一人で解決しようとしないで!
私はこんなに素晴らしい方々に囲まれているんですよ?
どうして、頼ろうとしないんですか!
そう──自分を叱ります。
みんなで力を合わせて、脅威に立ち向かうのです。
治癒魔法でも結界魔法でもない。
私の武器は、今まで人々と紡いできた絆で──。
──そして聖女は人々との『絆』を自分の力とし、魔王に立ち向かう術にした。
「あっ……」
その時。
古代遺跡の壁画に書かれていた文章を思い出し、閃きが舞い降ります。
「どうしたの? 自分に怒ったかと思ったら、急に真顔になって……」
「分かったかもしれません。魔族界への行き方が」
どうして、こんな簡単なことに気が付かなかったのでしょう。
一度気付いてしまえば、バカバカしいまでに単純なものでした。
「そう……よかったわ。なにか閃いたのもそうだけど──今のあんた、すっきりした顔になってるから。正直、孤児院に来た時のあんたは見てられなかったわ」
と優しい声音のレティシア。
「私はすぐにナイジェルのところへ戻ります。悪いですが、説明は後で……」
「ああ──そんなの、いいわよ」
レティシアが私の言葉を手で制し、こう言いました。
「だって、親友のことでしょ? 言わなくても、やろうとしていることはなんとなく分かるわ」





