253・真の王は誰なのか
僕──ナイジェルはようやく玉座の間の前まで辿り着いた。
「ナイジェル、分かっていると思うが……」
「うん。やっぱり、この先だね」
扉の前に立つだけで、中から壮絶な邪気が感じられる。
それだけではない。
まだ城内では魔族と戦っている者も多いが──ここは驚くほど、静かな場所だった。
まるで僕が先へ進むよう、導いているかのごとく──。
「気を引き締めろよ」
「君こそ」
僕達は固唾を呑んで、扉を押し開く。
しかし視界に広がった光景は、予想とは違っていたものであった。
「誰もいない……?」
空っぽの部屋。
玉座には誰も座っていない。
これはどういうことだろうか……?
無論、魔族が現れたのを受け、国王陛下は安全な場所で身を隠しているはずだ。他の大臣や護衛騎士だって同じはず。
だが、扉を開けるまでの尋常ならざる邪悪な魔力を体感しているからこそ、なにもないことこそが異常だった。
「誰もいないのか? だったら、先ほどの邪悪な魔力は……」
「……っ! ヴィンス! 上だ!」
咄嗟に叫ぶと、ヴィンスが見上げる間もなく、その場から退避。
上から一条の閃光が迸ったかと思うと、雷撃が落とされた。
直撃すれば、間違いなく死。間一髪だった。
粉塵が上がり、一時的に視界が制限される。
「待ちくたびれたぞ──」
混乱の最中、前方から声──。
ようやく視界が開けると、先ほどまで空だった玉座に何者かが座っていた。
「魔王……っ!」
誰だ──と問うまでもなく、僕はその者の正体が分かった。
「ほお? 分かるか。この姿で貴様と会うのは、初めてのはずだがな」
「分かるよ。だって僕達は、何度も意思を交わらせてきた」
「意思を交わせてきた──か。確かにそうだ。貴様の思念は妾が目覚めるための、よき栄養となった。感謝するぞ」
肘掛けに肘を置き、魔王は愉快そうに口角を吊り上げる。
魔王は妖艶な女性の姿をしていた。
身に纏っている真っ黒なマントは、彼女の邪悪な存在感を際立たせている。
その深い色をした相貌は鋭く、冷酷な光を宿していた。
「随分と手荒い挨拶じゃないか」
「王子の前で不遜なヤツだ。魔王は礼儀も知らないのか?」
僕とヴィンスは交互に、そう挑発する。
しかし魔王は「ふっ」と笑いを零して、
「不遜……だと? おかしなことを言う。妾は魔族の王であるぞ? たかが人間の──しかも一国の王子に頭を垂れる道理はない」
と見下すように言った。
「それにしても……なにを考えている。わざわざ律儀に僕達が来るのを待っていたということかな?」
「そう殺気を滾らせるな。妾とて、完全に目覚めたのはつい先ほどなのだ。それに──妾の本当の目的は人間の虐殺ではない」
そう言って、魔王は玉座から腰を上げる。
右手をかざすと、そこには剣が召喚された。
邪悪な魔王には似つかわしくない平凡な剣──という印象を受ける。
「確かめたかった。真の王が誰なのか──を」
「真の王だって?」
突然魔王が言い出したことに、僕は戸惑いを覚えた。
「そうだ。封印が完全に解かれた状態ではなかったとはいえ、妾は一度貴様に敗北を喫した。認めたくはないが、貴様にも王である資格はあるということだ。貴様の力を一度この身で感じ、どちらがこの世界の王としてふさわしいのかを決めたかった。それが──真の王だ」
と魔王は僕達に剣先を突きつけた。
彼女から放たれる濃密な邪気に、知らず知らずのうちに体がすくんでしまっていた。
「なに、そこまで時間は取らせぬ。何故なら、たった一手で分かるのだからな」
「……っ! 来るぞ!」
ヴィンスが声を発すると同時、魔王の姿が目の前から消失する。
そして僕の懐に入り込み、剣を振るう──だが、当然僕もいつでも戦える構えはしていたので、彼の剣を受け止めた。
ヴィンスと共に、すぐに反撃する。
しかし魔王はいとも容易く、僕達の攻撃を防いだ。
「…………」
先ほどの刹那の攻防で、魔王はなにかを悟ったかのように呟く。
「つまらぬ。聖女がいなければ、この程度か」
そう言って──魔王は剣を持つ方とは逆の手を伸ばし、僕の首を掴んだ。
すぐにその場から逃れようとするが、彼女の力は強く、ろくに身動きも取れない。
「ナイジェル!」
ヴィンスが剣を振り上げ、駆ける。
魔王は彼を一瞥すらせず、僕にだけ視線を注いでいた。
ヴィンスの強烈な一撃が、魔王に放たれる。だがこの期に及んでも、魔王は余裕を崩さないどころか──。
「ぐっ……剣が……!」
避ける動作すら見せず、魔王は攻撃をその身で受け止めていた。
確かに当たったヴィンスの剣が──根本からポッキリと折れる。
「鬱陶しい虫どもだ」
そう言って、魔王は乱暴に僕を放り投げた。
体の制御が効かない僕は、ヴィンスに直撃。そのまま無惨にも、二人とも床に転がってしまう。
「期待外れだ。もう少し、マシかと思っていたが」
魔王が僕達に手をかざす。魔力が奔流した。
「聖女を待つまでもない。もういい──せめて、妾の手で貴様らの命を終わらせよう」
魔王の手の平に集まっていく魔力が、さらに強いものとなっていく。
逃げ場はない──。
掠っただけでも、それは僕らの命を刈り取るのに十分な威力だろう。
攻撃が僕達に向けて放たれ──
「──ナイジェルっ!」
──しかし。
衝撃は訪れなかった。
魔王から放たれた魔法は、僕達の目の前でなにかにぶつかったかのように消滅。
衝撃波で暴風が巻き起こり、反射的に腕で目を覆う。
そして腕をどけ、声のした方へ視線を向けると。
「エリアーヌ!」
「すみません、遅くなりました」
僕の大好きな人。
エリアーヌが扉の前に立っていた。





