232・怒りの理由
リンチギハムの王城に戻り、軽い食事を取りつつ、私達は作戦の打ち合わせをしました。
作戦内容としては単純。
まず、二手に分かれます。
一つは私とファーヴ。二人でアルターと対峙をし、足止めをします。
そしてその間にもう一つのチームであるナイジェルとドグラスが、竜島に宝玉を設置。
宝玉の効果を発動し、アルターの不死身の力を封じる。
その上でアルターを倒してコアを取り出し、シルヴィさんを救う足がかりとする──というようなものです。
さらに一度目では出来なかった、ある秘策を用意しました。
それがあれば、ナイジェル達がそうそう苦戦することはないはずです。
「準備も出来ましたし、すぐに竜島へ向かいましょう」
「そうだな。タイムリミットは刻一刻と迫っている」
空には橙色の美しい彩りが広がり、夕焼けの光景を織りなしています。
今すぐ向かえば、夜になる頃には竜島に辿り着けるでしょう。
私達が覚悟を決めて、歩き出そうとすると、
「待ってくれ」
と急にドグラスが声を発しました。
私達は反射的に振り向く。
するとドグラスは真剣な表情で、
「ファフニール──一度、手合わせをしてもらってもいいか?」
ファーヴにそう問いかけました。
「ドグラス」
嗜めるような口調で、ナイジェルが一度名前を呼びます。
「分かっている。そんな場合でもない……と。だが、我はただヤツと喧嘩がしたいわけではない」
しかしドグラスは不遜な態度で腕を組むのみ。
「気になっているのだ。ファフニールの『弱くなっている』、アルターの『半人』という言葉──最初は耳を傾けなかった。なにかの間違いだ……と。しかし一度目、我はアルターに敗北してしまった。その傲慢さが負けに繋がったと思うのだ。だから我は……」
ぐっと拳を握るドグラス。
その表情は悔しさに満ちているようでした。
自らの強さに誇りを持つドグラスにとって、自分の弱さを認めることは、なによりの屈辱なのでしょう。
だけどドグラスは悔しさを押し込め、戦いのために自分と向き合った。
「二百年前からファフニールとは、何度も手合わせをしたことがある。ゆえに我のことはファフニールが一番よく分かっているだろう。戦いの中で、我の弱くなった理由を探ってほしい。そう時間は取らせない」
「俺は別にいいが……」
ファーヴは探るように、私の顔を見ます。
猶予は刻一刻と迫ってきている。
一度目には、ドグラスがこんなことを言い出すことはなかった。
これが今後にどう関係するのか、私には見定められませんでした。
だけど。
「分かりました。少しだけですよ?」
一度目──ファーヴが自らの命を犠牲にした時、ドグラスは寂しそうな表情を見せました。
あの表情が頭に焼きついて、取れません。
もしかしたら、二人はもっと話し合うべきだったかもしれない。
だけど悠長に話し合っている時間は残されていません。
それにドラゴンである二人は、戦いあうことがなによりの対話となるでしょう。
だから私はドグラスの頼みに、首を縦に振りました。
「礼を言う」
ドグラスにしては珍しく、私にそう恭しく頭を下げます。
「手合わせとなったら、俺は手加減をしないぞ?」
ファーヴも表情を険しいものとして、ドグラスに問います。
「問題ない。手合わせとなったら本気だ。我も負けるつもりはない。それに汝には言いたいことがある」
ニヤリと口角を吊り上げるドグラスの意識は、もう戦いに向いているように見えました。
「お前の本気はこの程度か!」
ファーヴの発破をかける声。
剣と剣がぶつかりあう音。
私とナイジェルが見守る中、ドグラスとファーヴの間で激しい剣戟が繰り広げられています。
『剣』とはいったものの、真剣ではなく、模擬用の木剣です。
いくら私の治癒魔法があるとはいえ、アルターに挑む前だというのに、大怪我を負ってしまっては本末転倒ですからね。
「まだだっ!」
ドグラスはファーヴの剣に応えます。
怒りを発散させるかのごとく、ファーヴにぶつかります。
でも。
「ドグラスが押されてるね……」
「はい」
意外にも──いや、やはりと言うべきでしょうか──戦いはドグラスの劣勢でした。
ドグラスの剛力をもってしても、ファーヴはそれを軽くいなしてしまう。
押されていることにはドグラスも気付いているのか、負けじと剣を振るいます。
徐々に差が開いていくのにしたがって、ドグラスの動きが鈍ります。
しかしドグラスは表情に焦りの一片すら見せずに、猛然とファーヴに立ち向かっていきました。
「エリアーヌは言っていた──汝は最後、追い詰められた時に自らの命を捨てた……と」
ドグラスとファーヴの剣がぶつかる。
鍔迫り合いが起き、ドグラスの顔がファーヴに迫ります。
「そうみたいだな」
「汝はそれを体験していないから分からぬかもしれぬが──もしそんな状況になった場合、同じことをするつもりか? 自分の命を捨ててでも、我らを助ける……と」
ドグラスの言葉に少し考えてから、ファーヴは口を動かします。
「俺は……なにを犠牲にしてでも、シルヴィを助けるつもりだった」
ファーヴが胸の内を明かす。
心からの渇望。
真っ直ぐな言葉を、ドグラスも黙って受け止めます。
「これは俺の罪だ。シルヴィを助けることが出来れば、俺はどんな償いもするつもりだった」
「口先だけならいくらでも言える!」
「その通りだな。だが──だからこそ、シルヴィを助けられる可能性が潰え、君達が死にそうになった時……どんな手段を用いてでも、君達を逃そうとするだろう。それを償いの一部にする」
それは一度目でも、ファーヴが言っていた言葉でした。
ファーヴは真っ直ぐな男のように思えます。
そんな彼にとって、自分の願望を叶えるため、私達に嘘を吐く──どれほどの痛みがあったでしょうか。
「自分勝手なことを言うな」
「自分勝手なこと?」
ファーヴの眉間に皺が刻まれます。
「二百年前もそうだ。我がどうして、汝に怒っているのか分かるか?」
「それは……俺が自分の欲望のために、同族達を黄金に変えてしまったと思っていたからだろう?」
「違う!」
ドグラスは叫び、力任せにファーヴを押します。
体勢を一瞬崩すファーヴ。
ドグラスは彼に追い討ちをかけるどころか、剣先を突きつけてこう言い放ちました。
「お前がなにも語らぬからだ!」





