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209・ドグラスVSファーヴ

「……っ!」

「エリアーヌ、大丈夫かい? さっきから怖がってるみたいだけど……」


 ドグラスの背の上。

 私を胸元に寄せ、ナイジェルは心配そうに声をかけました。


「は、はい。すみません……こんなことを言っている場合ではないとも分かっていますが、予想以上に高くて……」


 率直に言うと、怖い。

 ドグラスのことだから計算してくれていると思いますが、体に強い風を感じていると、いつここから放り出されてしまわないか心配になります。


『ベルカイムの時は、そんなことを言わなかったではないか』


 ぐんぐんと高度を上げながら、ドグラスが呆れ気味に言う。


「あの時はレティシア達を救うために、一刻の猶予も許されていませんでしたから。あの時と比べて、まだ時間の猶予がある分、冷静になるといいますか」

『情けないことを言うな。まだ、これは始まりだぞ。しっかりと掴まっていろ!』

「は、はい!」


 先を飛ぶファーヴを追いかけるため、ドグラスが速度を上げます。

 最初はどこに向かっているのか分かりませんでしたが、その場所に近付くにつれ、私もようやく気付きました。


 あれは──。

 訪れたことはありませんが、私にとっても縁の深い場所。

 精霊の森も飛び越え、リンチギハムの国境を跨ぎ──私達はある森の上空へと辿り着きます。


 そこはベルカイムの王都から少し離れた地点にある森。


 ファーヴはドラゴン形態を解き、地面に着地します。

 それと同じく、ドグラスもゆっくりと降下し、私達を下ろしてから人の姿に戻りました。



「やはり、この場所で合っていたか」



 辺りを見渡して、そう口にするファーヴ。


「そうだ。覚えているか?」

「もちろんだ。少し風景は変わっているが──ここは昔、お前が棲家としていた場所だったな。俺達はここでよく戦っていた」


 そう。

 人里から離れ、ある噂のせいで人間が寄りつこうとしない場所。


 その噂とは──ドラゴンが棲息している、と。

 かつてドグラスが巣としていた場所です。


 彼は長らくここに身を潜めていました。そんな時、まだベルカイムの聖女だった私から念話が飛んできたというわけですね。


「まさか聖女もご同伴とはな。どうして、わざわざ聖女を危険に晒すような真似を?」

「聖女は汝と話をするのがお望みのようだからな。話せ──と言いたいところだが、そう簡単に話すわけがないだろう? それにこのお人好し聖女と王子はともかく、我は汝を信頼していない」

「なにが言いたい?」

「なあに、やることは変わらない。ドラゴンと会うのは、我も久しぶりでな。言葉を交わすなどと、我らの柄ではない。ドラゴンの流儀で話し合おう」

「ドラゴンの流儀──つまり戦いながら、ということだな」

「そういうことだ」


 ドグラスの声は場違いなほど、楽しそうに聞こえました。


「そうだな──我らドラゴンには言葉など必要ない。力で語り合うのみだ」


 とファーヴはドグラスの提案に応え、両手に剣を出現させます。


 ベルカイム王国で大立ち回りを演じ、私に差し向けら得た刺客や呪いのベヒモスを倒した情景が、頭に甦ってきました。


「二度と覚めない眠りにつかせてやる」


 徒手空拳のドグラスも構え、ファーヴと向き合います。


「あ、あの……やっぱり、話し合いで解決というわけにはいかないんでしょうか?」

「ならん」

「ドラゴンの間に言葉は必要ない」


 私が恐る恐る仲裁しようとすると、ドグラスとファーヴは揃って即答しました。


 もうっ……!

 二人とも、似た者同士なんですから。


「ここはドグラスを信頼しよう。ドグラスなら、きっと上手くやってくれるだろうから」

「ですね」


 私とナイジェルは固唾を飲み、二人の戦いをしばらく見守ることにしました。


「この二百年で、お前がどれだけ強くなったか──確かめてやろう!」


 ファーヴが目の前から消失。

 あっ……と思った瞬間、既に彼はドグラスの前まで現れて、手に持った剣を振り上げていました。

 振り下ろされた剣を、ドグラスは右腕で受け止めます。



 ドグラスとファーヴは激しい戦いを繰り広げました。



 割って入ることが出来ないほどの、速く、そして力強い動き。

 私とナイジェルはただ、ドグラスの勝利を願うことしか出来ません。


 やがて──均衡が崩れます。


「くっ……」

「どうした。お前の力はこんなものか?」


 ファーヴが両手に持った双剣を十字にクロスさせ、ドグラスのたくましい腕を押し込みます。

 力比べを嫌がったドグラスが、すかさずファーヴと体の位置を入れ替えます。


 そして後ろから強襲。

 ファーヴの後頭部に手刀を叩き込もうとしました。


「甘い!」


 しかしその動きを読んでいたのか。

 ファーヴは流れるような動きで、二本の剣を右手で持ちます。そして空いた左手で、手刀を放ったドグラスの手首を掴み、そのまま体勢を低くする。

 背負われた形となったドグラスは、空中で逆さまとなって、地面に叩きつけられました。


「ぐはっ!」


 ドグラスの口から苦悶の声が。


 そんなドグラスを見下し、ファーヴはこう言います。


「弱くなったな、ドグラス。魔王がいなくなった平和な世で、強さを求めなくなったか?」

「ほざけ」


 そう言うドグラスに、ファーヴは剣を天にかざします。


「敗者はただ死すのみ──それがドラゴンとしての慣わし。ここで俺がお前の命を終わらせてやろう!」


 その勢いのまま、力いっぱいの一撃が振り落とされ──。


「それ以上は許しません」


 ドグラスに剣が接触しようとした瞬間、見えない壁に阻まれたように剣が弾かれます。


「結界か──聖女よ、邪魔をするな。これは俺達の問題だ」

「勝負はもう、ついているでしょう? それ以上やるつもりなら、私も手を出さざるを得ません」


 いつだって、ドグラスは強くて、私達の助けとなってくれました。

 そんな彼がファーヴに手も足も出ず、倒れ伏せているのは私達にとって衝撃。

 だけど、だからといって、これ以上なにもせずに傍観するわけにはいきません。


「エ、エリアーヌ……手を出すな。戦いの最中に手を出されるのは、ドラゴンにとって屈辱的なことだ。それに……我はまだ負けていない」


 ドグラスは顔だけをこちらに向け、そう顔を歪ませる。

 目立った外傷はありませんが、立ち上がれないほど体に負担がかかっているのでしょう。


「ドグラス、私のために戦ってくれてありがとうございます。ですが、ここからは私達の番です」


 そう言うと、ナイジェルがファーヴの前に立ちはだかります。


「エリアーヌには触れさせないよ」

「ナイジェルといったか。女神の加護に完全に適応した人間。だが──無駄だ」


 ファーヴが地面を蹴り、ナイジェルに肉薄します。

 超スピードの接近に、ナイジェルは反応出来ません。


 ファーヴはそのままいとも簡単にナイジェルの横を通過し、そのまま私へと剣を一閃。


「エリアーヌ!」


 すぐに方向転換し、私に手を伸ばすナイジェルの姿が、やけにスローモーションに見えました。


 しかし私は目で「大丈夫」と合図をします。


 それと同時、ファーヴの剣が私の目の前で停止しました。


「……どういうつもりだ。死にたいのか?」


 剣を止めたまま、ファーヴが不可解そうな表情を作ります。


 私は彼から目を逸らさず、こう口を動かす。


「私を殺すつもりはないんでしょう? あなたは私の力を求めていた。私に死んでもらっては困るはずです」

「そうだとしても、避ける素振りすら見せないのはバカなのか? 俺の手元が狂ったら、どうするつもりだったんだ」


 計るような口調で、ファーヴがそう問いを重ねます。


「だって私、あなたのことを信頼していますから」

「……は?」


 きょとんとするファーヴ。


「あなたの強さは、ベルカイム王国で見ています。手元が狂うなんて有り得ません。それに……あなたはあの国で、私達のことを助けてくれた。その恩義に報いるためにも、私はあなたを信じたい」


 それはお人好しすぎる考えかもしれません。

 ファーヴの真意も分からないのに、彼のことを信じるだなんて普通なら有り得ない選択。


 だけど──私は信じています。

 ファーヴの『正義』を。


「ドグラスとの戦いの最中も、ドグラスを殺そうと思えばいくらでもチャンスがあったはずです」


 まあ、仮に本気でドグラスを殺そうとしても、私が許すはずありませんが。


「あなたはただ、殺意に囚われただけの存在ではありません。よければ、聞かせてくれませんか? どうして、あなたが私にこだわるのかを」

「……ふっ」


 無表情のまま一瞬笑うファーヴ。


「話には聞いていたが、当代の聖女は筋金入りだ。この期に及んで、まだ俺と話し合いが成立すると思っているのか。どうせ無碍にされるものだと思って諦めていたよ」

「もちろんです。だって……あなたは、それほど悪いドラゴンには見えませんから」

「悪いドラゴンには見えない……か。くっくっく……」


 堪えきれなくなったのか、ファーヴは顔を伏せて笑いを零します。


「面白い。面白すぎる。君を見ていると、昔のことを思い出すよ」

「昔のこと?」

「まあいい。なら、聞かせてやろう。その上で、まだ同じことを言ってられるか確かめたくなった」


 そう言って、ファーヴはゆっくりと剣を下ろしました。


「俺の──」

「待ってください」


 地面で尻餅をついているドグラスに視線を移し、私はこう言います。


「まずは傷の手当てです」

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