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206・強き者

 それからヤツ──ファフニールの名前は、我の『いつか絶対殺すリスト』に刻まれたのだ。

 不思議なことに、ヤツは何度か我の前に現れた。

 そのたびに、我は戦いを挑んだ。



 だが──勝てない。



 何度やっても、ヤツには勝てる気がしなかった。


 もしや、人の姿となることに強さの秘密があるのではないか。

 そう考えた我は、ヤツと同じように人の姿になってみたりした。


 それでも勝てない。


 ある日、我はファフニールに打ちのめされ地面で大の字になり、ヤツに話しかけていた。


「……どうして、何度も俺様の前に姿を現す?」

「お前が『逃げるな』『いつか殺してやる』だとか、言うからだろうが。探すのも手間だろうから、わざわざ来てやっているだけだが?」

「とぼけるな。お前にとって、俺様はいつでも殺せる弱き者であろう。わざわざここに足を運んでくる理由など、ないはずだ」


 問いかけると、ファフニールは呟くような小声で。


「……彼女が言うんだ。その寂しいドラゴンの友達になってあげてって」

「彼女?」

「いや、こっちの話だ。忘れろ」


 しまったと言わんばかりに、我から視線を逸らした。


 それからも我はファフニールと何度も戦った。

 いつの間にか、我はヤツに友情のようなものを感じるようになっていた。


 その頃になると我も自分の行動を見直し、無用な戦いをやめた。

 ヤツとは戦いではなく、言葉もたくさん交わした。


 ある日、我はファフニールにこう問いかけたことがある。


「どうして、お前は人の姿になっているのだ?」

「お前も最近では、俺を見習ってか、人の姿によくなっているだろうが」

「ドラゴンの姿のままでは、お前と戦いにくいからな。それで……答えろ。人間は弱き者だ。なのにどうして……」

「弱き者……か。ならば問う。お前にとって弱き者とはなんだ?」


 ファフニールからの問いに、我はすでに答えを持ち合わせている──つもりだった。


「力がない者だ」

「逆に、強き者は?」

「力がある者だ」

「単純だな。お前の言う力がなんなのか分からないが──俺は強き者というのは、心の強さを持っていると思う」


 きょとんとする。

 ファフニールの答えは、我にとって寝耳に水のものだったからだ。


「心の強さ?」

「そうだ。力がなくても構わない。誰よりも優しく、他人を信じることが出来る。そして確固たる自分を持っている。そういうのが心の強さだ」

「なにを言っているか分からぬな」

「昔の俺だって、そうだった。だが、俺は心が強い人間に出会った。俺が人の姿になる理由──さしづめ、そういう人間に憧れ恋焦がれているから……と答えておこうか」


 ファフニールがまたバカなことを言い出したので、我は思わず笑ってしまう。


「ガハハ! ドラゴンが『恋』などと言うか。笑わせてもらったよ」

「笑われるのは心外だな」


 少しむすっとした顔を浮かべ、ファフニールは我の前から立ち去ろうとする。


「おい! 明日もここで待っているからな! また戦おう!」


 去り際にそう声をかけると、


「……いつまでここに来れるかな」


 ぼそっとファフニールは呟いた。

 その時のヤツの寂しそうな表情が、やけに頭にこびりついた。




 それからもファフニールと我の関係は変わらない。

 だが、ある日を境に、ヤツは塞ぎ込むことが多くなった。


「どうした? なにかあったのか? 話なら聞くぞ?」

「いや、いいんだ。なにもない」


 しかしファフニールは答えてくれなかった。


 ヤツが語ろうとしないなら、そう問い詰めるような真似はしなくてもいいだろう。

 時期がくれば、喋ってくれるはずだ。

 その時の我はそう楽観的に考えていた。


 しかし──違ったのだ。

 あの時、無理やりにでもファフニールから話を聞き出すべきだったのだ。


 そうすれば、あんな災厄は起こらなかっただろうから──。




 ドラゴンは群れて暮らす生き物ではない。

 昔の我のように、一匹狼を気取って生きているのがほとんどだ。


 だが、そんなドラゴンが集まり、独自の生活圏を築いている場所があるという。



 竜島。



 世界の南の果てにある楽園。

 そこはそう呼ばれていた。

 竜島ではある一体のドラゴンが群れを統率しているらしい──とも。


 そのドラゴンの名は長命竜アルター。

 強さをなによりも誇りに思うドラゴン達が最強と認め、傅くような存在だ。


 とはいえ、我は他者と交流することも嫌だったし柄に合わなかったので、場所は知っていたが、その島には近付こうとしなかった。


 というわけで、竜島に興味がなかった我ではあったが、ある日──報せが舞い込んできた。



 ──ファフニールが竜島で暴走し、同族どもを殺している。

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