198・祝福された花嫁
戦いを終えて。
「禁術……恐ろしいものだったな」
ドグラスがそう言葉を漏らす。
彼の視線の先には、縄でぐるぐる巻きに拘束されたディートヘルムの姿が。
ディートヘルムには、まだまだ聞きたいことも多い。なので治癒魔法で治して、このように束縛しているのです。
だけどその瞼はまだ固く閉じられたまま。
目が覚めたら、今回の罪を償ってもらわなければいけませんね。
「いくら神剣がなかったとはいえ、僕とドグラスを追い詰めるとは……大昔、ベルカイムが呪術師に滅ぼされそうになったのも納得するよ」
とナイジェルが戦慄する。
「みんな無事でよかったじゃない。今は勝利を喜びましょ」
みんなを元気付けるような、レティシアの声。
「しかし……結婚式がメチャクチャになってしまいました」
戦いには勝利をおさめたものの、それだけが心残り。
クロードとレティシアには、平和に結婚式を終わらせて欲しかった。
こうなってしまったことに対する、自分への罪悪感と、二人への申し訳さで押しつぶされそうです。
「そんなに暗い顔をするな」
そう言葉を発したのは──意外にもクロード。
「エリアーヌ達が戦ってくれて、助かった。ボク達だけでは、本当にこの国は終わっていた。ありがとう」
「で、ですが……」
「なーに、暗い顔してんのよ!」
私の背中をレティシアが力強く叩く。
「結婚式なんて、何度でもやればいいのよ! みんなを集めることが難しかったら、関係者だけでひっそりとやればいいわ。式が大事なんじゃない。クロードと結婚することが重要だったわけ。だからそんなに落ち込まなくてもいいのよ」
「…………」
レティシアはそう言ってくれはいるが、寂しさのような感情が見え隠れしていた。
彼女だって今日の結婚式を楽しみにしていたに違いありません。
だけど私達が罪悪感を抱かないように、そんなことを言ってくれている。
そんな彼女の顔を見ていると、とてもじゃありませんが、弾んだ気持ちにはなりません。
そうしていると。
ドタドタ──。
──その足音は屋上へと続く扉の先から聞こえた。
誰かがここまで上がってくる?
身構えていると扉が開き、そこから現れたのは……。
「エリアーヌ様、ご無事でしたか」
「カーティス……!」
そして屋上に入ってきたのは、それだけではありません。
カーティスに続いて、ぞろぞろと人が入ってきます。
その中には先ほど、会場で見た大臣の姿も。他にも神父さんらしき人や、城で仕えている人々が見えます。
「どうしてここに……?」
城から脱出していると思っていたのに……。
戸惑いを覚えていると、カーティスはこう頭を下げる。
「すみません。本来なら、城外までみなさんを避難させなければならない立場。しかしどうしても、ここに来たいというみなさんの希望を押し留めることが出来ず……ここまでお連れしました」
「希望って──」
そう言葉を続けようとした時でした。
カーティスの後ろにいる、メイドの方が大事そうに抱えているものに目がいきました。
──それは純白のウェディングドレス。
「あ、あんた……どうしてそれを……」
レティシアは声を震わせる。
「す、すみません! 非常事態のため、雑な持ち方をしてしまい……しかしどうしても、レティシア様にこれを届けたく、お持ちいたしました」
メイドの一人が申し訳なさそうに口にする。
「レティシア、これは……」
「誓いの儀が終わった後、お化粧直しと称して、これに衣装替えするつもりだったの。こんなことになって諦めていたんだけど……」
驚いた様子のレティシア。
それは隣にいるクロードも同じでした。
彼もまさか、純白のウェディングドレスが届けられるとは思わず、愕然としています。
「……レティシア様。私は当初、クロード殿下とあなた様のご結婚に反対でした」
大臣がそう口を開く。
「今でも、政略的なことを考えると──もしかしたら、他の人の方がいいのではないかと思っています」
「…………」
表情が沈むレティシア。
「しかし──これだけは言えます。クロード殿下の隣には、あなたが一番ふさわしい」
「その通りです! レティシア様と一緒にいる時のクロード殿下は、とても幸せそうな顔をしていますから!」
メイドの方も勢いよく声を発する。
その言葉を聞いて、他の方々も一様に頷いた。
「ご結婚おめでとうございます、レティシア様。あなた様のことをよく知らない者は、好き勝手なことを言うかもしれません。しかし少なくとも、ここにいる我々は結婚を祝福しています」
「お、お前ら……」
クロードも口元に手を当てて、大臣達の言葉に感動している様子。その両目からは、今にも涙が零れ落ちてしまいそうです。
「……どうかな。ここで誓いの儀をやってみては?」
ナイジェルがクロードとレティシアにそう提案する。
「ここで?」
「うん。でも君のドレスも戦いのせいで汚れてしまったからね。白のウェディングドレスを着て、あらためて誓いの儀をやればいい。ここにいる僕達が見届け人だ」
「……クロードはどう思う?」
レティシアがクロードの方に顔を向ける。
するとクロードは微笑んで。
「あ、ああ。ボクもそれがいいと思う。さっきよりも、みすぼらしいかもしれない。だけど──これもボク達らしいと思わないかい?」
「……ふっ。そうかもね」
レティシアが噴き出す。
その表情には先ほどまでの影はなくなっていて、彼女らしい笑みが浮かんでいました。
「誓いのキスがまだでしたね」
と神父さんが言う。
「え、え? こんなところで誓いのキスしないといけないの?」
「嫌なのか?」
「い、嫌っていうわけじゃないけど──ええーい! 分かった分かった! やるわよ! だからクロード、そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでちょうだい!」
照れたレティシアがクロードから、ぷいっと顔を逸らした。
「では、レティシア。着替えましょう。着付けは私も手伝いますから」
「その扉の向こう側で着替えるといい。もし……誰かが覗こうとしたら、我が叩き潰してやる!」
と頼もしいドグラス。
──それは当初の予定とは、少し違っていたのかもしれません。
しかし今のレティシアの幸せそうな顔を見ていると、結婚式がとても失敗とは思えないのでした。





