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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
二章

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186・不穏な影

「おお、戻ってきたか! なにを言っているのかは聞いていなかったが、盛り上がっていたから、きっと良いスピーチだったのだろう!」

「あんなに自信満々に、私を送り出したんです。せめて聞いてください」


 ドグラスがいるところまで戻ると、彼の両手はお皿で塞がっていた。

 さらにほっぺたを膨らましながら、もぐもぐと口を動かしている。

 既に礼儀作法が崩壊している彼は会場から浮いていたけれど、顔もスタイルも良いから、不思議と清潔感は保たれていた。


「食べるのに忙しかったからな。なかなかどうして、この国の料理も旨い。褒めてやろう」

「どこから目線なんですか」


 溜め息を吐く。


「汝らも食え。さっきからほとんど口にしていないではないか。こんな美味なものを食わないのは、もったないぞ」

「そうだね。一段落も付いたし、僕達もベルカイム王国の料理に舌鼓を打とうか」


 とナイジェルが料理に手を伸ばそうとすると、


「あれ? あれは……騎士の方々ではないですか?」


 数人の騎士が会場に入ってきて、きょろきょろと視線を彷徨わせている。

 とはいえ、その服装はフォーマルなもの。さすがに鎧を身につけたまま、このような祝宴に顔を出すことは避けたのでしょうか。


 やがて彼らは私達を見つけ、小走りでこちらに駆け寄ってきた。


「ナイジェル殿下、エリアーヌ様。こちらにいましたか」

「どうかされましたか? その様子だと、なにか起こったようですが……」


 私が質問すると、彼らはハッとした表情になる。


「はい……ご明察です。実は厨房で事件が起こりまして」

「厨房で? わざわざ僕達に声をかけてくるということは、他の人々じゃ解決出来ないことなのかな?」

「その通りです。実は……」


 と騎士の一人が説明を始める。


 なんでも、厨房にいたコック長が突然正気を失い、暴れ出したらしい。

 その場にいるコックと、近くで控えていた騎士が取り押さえて──なんとか、怪我人を出さずに済んだようなのですが……。


「困ったことが二つあります。まず一つ目──コック長が正気を失ったのは、呪いのせいだと考えられることです」

「ですね。あなたの話を聞いていると、その可能性が高そうだと私も思いました」


 それに──禁術。


 ファーブの話を聞いてから、私の頭の中にはずっと『呪い』のことが浮かんでいる。

 私達を襲った暗殺者の行動と似ています。


「……禁術に関係しているのかな」

「おそらく、そうでしょう。しかし騎士の方々でも、問題なく対処出来たほどです。これだけなら、そこまで心配しなくてもいいと思いますが……」

「まだなにかある──そう考える方が無難だな」


 ドグラスもそう意見を口にする。


「そのコック長の方はどうされていますか?」

「今は気を失っています。この日のために雇っていた解呪師に解呪してもらおうと思いましたが──残念ながら、誰も成功させられませんでした。なので聖女様なら、あるいはと」

「だから私達を呼びにきたというわけですか。分かりました、すぐに向かいましょう」

「あ、ありがとうございます……! 客人にこのような不躾な申し出をしてしまい、すみません」

「いいんです。このまま放置しておけば、事態がおおごとになってしまうかもしれません。そうすれば──」


 チラッとクロードとレティシアの方へ視線を移す。

 二人は幸せそうな顔をして、席に座っていた。

 この表情が曇るような事態が起これば……私は悔やんでも悔やみきれないでしょう。


「だったら、僕達や騎士団の人だけで密かに動こう。なにごともないように装うことが出来れば、クロード殿下とレティシアも無駄な心労を抱えなくて済むだろうしね」


 私の内心を察してか、ナイジェルがそう提案してくれる。私はそれに首を縦に振った。


「ドグラスはどうされますか?」

「我も付いていく。二人をそのまま行かせて、また数日前のことが起こるのはいただけないからな」


 ドグラスは指についたソースを舐めながら、そう話す。


 その双眸は真剣な色に染まっていて、顔も引き締まっている。

 この一瞬で頭のスイッチを切り替えたのでしょう。さすがです。


「あ、それから……困ったことは二つあると言っていましたが、もう一つはなんなのですか?」

「はい。もう一つは──」


 彼が語った言葉に、私は心に曇り空がかかったような不安を覚えるのでした。




「……はい。これで完了です」


 王城内の厨房に行き、私はすぐにコック長に解呪を施した。


「聖女様、ありがとうございます! それにしてもすごいですね。誰も解呪出来なかったのに……」

「いえいえ、これくらいお手のものですから」


 それよりも……。


「想像はしていましたが──酷い有り様ですね」


 呪いのせいで、この方が暴れたせいでしょうか。

 怪我人がいないのは幸いだけれども、厨房は数々の料理が床に落ち、いくつかの食器も割れていた。

 このままでは、まともに料理を再開することも困難でしょう。


 そして極め付けは。


「一番の被害は、そのウェディングケーキだね。とてもじゃないけど、祝いの席にはふさわしくない」


 ナイジェルがそう声を発する。


 本来は生クリームでコーティングされ、ふんだんに苺を使ったケーキだったのでしょう。

 私の身長以上は少なともある、巨大なケーキ。

 しかし今は倒れてしまっていて、見るも無惨な姿になってしまっている。


「はい……今回の式の目玉となる予定でした。このケーキに使われている食材は、クロード殿下が何日も前から考えてくれて、とても楽しみにしていました。それなのに、こんなことになるだなんて……」


 コックの方々は沈痛な面持ちになる。

 誇りを持って仕事をしている彼ら・彼女らに、今のような状況は精神的に耐え難いもののはずです。


「ウェディングケーキが登場するのは、あとどれくらいですか?」

「三十分……いえ、最大限に引き伸ばしても一時間が限界でしょう」


 コックがそう告げる。

 これから代わりのケーキを用意することは、絶望的なことのように思えます。


「食材はまだ残っていますか?」

「は、はい。一応は……今から急ピッチで作っても、果たして間に合うかどうか……コック長もこんな状況ですし」


 と彼は、床で横になっているコック長に目をやる。


 じきに目も覚めると思いますが、それがいつになるか分かりません。

 それに仮に目覚めたとしても、それですぐに作業に取りかかれるようになるかと問われると……疑問が残る。


 既に厨房には諦めムードも漂っていた。


 ウェディングケーキがないことに気付いた時の、クロードとレティシアの表情を想像してみる。

 クロードはとても深く悲しむはず。レティシアはどうでしょう? 表面上は平静を装うものの、残念に思うのは間違いない。

 そんな二人の表情、そして心情を想像すると胸が痛くなりました。


 だから──。


「こうなっては仕方ありません。今は最善を尽くしましょう。私も作るのを手伝いますので」

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