185・ナイジェルは大事なことを伝えてくれない
少しざわついたものの、それから結婚式はなにごともなく進行されていきました。
『さて……ここで新郎新婦の友人の方々による、スピーチを行いましょう』
そう司会の方が告げる。
結婚式のスピーチ──定番ですね。一体、誰がやることやら。
『まずはみなさんもご存知、この方──リンチギハムの第一王子、ナイジェル殿下です!』
あら……なんとなくそんな気はしていたけれど、ナイジェルが一番手みたい。
「ナイジェル、頑張ってください」
「うん。応援してくれるのは嬉しいけど……それはエリアーヌも一緒じゃないかな?」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまう。
ナイジェルの言ったことがよく分からず、不思議に思っていると……。
『そして──ナイジェル殿下の王太子妃であり、リンチギハム──いえ、この世界の聖女であるこの方にも登壇してもらいましょう。聖女エリアーヌ様です!』
…………。
一瞬、名前を呼ばれたことに気が付かず、反応が遅れてしまった。
だけど。
「わ、私!?」
思いもしていなかった展開に、私は自分を指差します。
「そうだよ。エリアーヌも立派にクロードやレティシアと友人だと思うしね。当然の話さ」
「で、ですが……こんなこと、聞いていなかったんですが」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言ってません!」
勢いよくツッコミを入れる。
うーっ、ナイジェルの悪い癖が出ました。この様子だと、ナイジェルはこのことを事前に知っていたみたいですし……。
「スピーチと言っても、なにを話せばいいんでしょうか?」
「適当に話せばいいだろう。ベルカイムを追放された恨みつらみを言い連ねても、面白いかもしれないな。ガハハ!」
心配を吐露すると、ドグラスがバンバンと強い力で私の背中を叩く。
ドグラスは先ほどから、結婚式の料理に舌鼓を打っていた。口周りに食べ物のカスが付いていて、非常にお行儀が悪い。
まあ手掴みではないだけ、まだマシというものです。
リンチギハムに来たばかりのドグラスは、食器類などまともに使わなかったのですから。
「恨みつらみ……って。そういうわけにもいかないでしょう。だからといって、逃げるわけにもいきませんし──私の素直な気持ちを言いましょうか」
「それでいいと思うよ」
そして私達は周囲の視線と拍手を浴びながら、クロードとレティシアの隣──マイクの前に立つ。
『ナイジェル・リンチギハムと申します』
ナイジェルが柔らかい声音で言う。
彼はこういったことに慣れているのか、堂々とした佇まいでした。
『ここにいるみなさんはご存知かと思いますが、元々ベルカイムとリンチギハムは、あまり親交を持った国同士ではありませんでした。しかし昨年の出来事をきっかけに、ベルカイムと良い関係を築けるようになりました』
淀みなくスピーチを続けるナイジェル。
彼の言葉に、会場の方々は黙って聞いていた。
否応がなしに、ナイジェルの話に耳を傾けてしまう──そんな話し方だなと私は感想を抱きました。
『そしてクロード殿下は、ベルカイムの第一王子でもあられます。彼とはこれからも接する機会は多くなるでしょう。
なので──はっきりと言います。リンチギハムはベルカイムの友です。友の祝いに、僕は足を運ぶのは極当然の話です。クロード殿下──そしてレティシア王太子妃ならば、この国を安泰でしょう。これからもリンチギハムは彼らの良き友であるよう──切に願います』
そう言って、ナイジェルは一歩退いて頭を下げる。
リンチギハムはベルカイムの友好国である。そして暗にクロードが、次の代表となることを示唆し、リンチギハムもそれを認めることを伝える、良いスピーチでした。
このことをナイジェルの口から語るだけでも、ベルカイム王国にとってはとても心強いことでしょう。
なによりの祝福です。
会場は万雷の拍手に包まれました。
「ふう、緊張したよ」
「全くそういう風には見えませんでしたが?」
それに──問題は私です。
『それではお次はエリアーヌ様。お願い出来ますか?』
司会の方が、私にスピーチを促す。
やはり逃げることは出来ませんか……正直、頭が真っ白でろくに話す内容も浮かびません。
だけど私は覚悟を決めて、マイクの前に立った。
その際、クロードとレティシアの方をチラリと見てから──こう口を動かし始めた。
『エ、エリアーヌです。今日はこんな素敵なパーティーにお呼びいただき、ありがとうございました』
私が喋ると「お美しい……」「癒される……」と周囲から声が聞こえてきましたが、今はそれを気にしている場合ではありません。
『レティシアとは、昔からの友人です。友人として、時には衝突し合うこともありましたが──今ではなんら、わかだまりはありません』
きっぱりと断言する。
この中には、私のことをよく知っている方も多いでしょう。
私がクロードの元婚約者だったという事実も──。
だけど今はわざわざそれを告げません。こんな祝いの席で、それを口にする必要はないと思ったからです。
『彼女が呪術師であることには、間違いありません。それに対して、悪いイメージを持たれる方もいるでしょう。しかし──これだけは断言出来ます。力は使う者によって、形を変える。そしてレティシアは強い人間です。そんな彼女が振るう力は、きっと聖なるものになるでしょう』
そう言って、私はクロードとレティシアの方に体を向ける。
『クロード殿下、レティシアをどうか支えてください。彼女にはあなたが必要です』
「あ、当たり前だっ」
とクロードが前のめりになって答えた。
『レティシア、困ったことがあればクロード殿下や私を頼ってください。一人で抱え込むのは、なしですよ』
「そうね」
レティシアは素っ気ない態度。
露骨に私から視線を外していました。だけど耳たぶが真っ赤になっています。恥ずかしいのでしょうか?
『クロード殿下──そしてレティシア、本当にご結婚おめでとうございます。私は今日という日を迎えられて、まるで自分のことのように嬉しいです』
私はそう締めくくって、ペコリと頭を下げる。
すると今日一番ではないかと思うくらいに、大きな拍手が会場を包んだ。
「さすが聖女様……! 素晴らしいスピーチだった」
「彼女がクロード殿下とレティシア様との間に、なにがあったのか……については聞き及んでいる。あれだけのことをやられて、全てを水に流すことが出来るとは驚きだ」
「それが聖女様というものよ。器が大きくて、そしてお優しい──私達が抱いている聖女のイメージ像に合致──いえ、それ以上のお方だわ」
私を賞賛する声が、次々と耳に届きます。
「す、すみません……! 悪目立ちしてしまって……」
「なにを言うんだ。それほど感動的なスピーチだった。こんな場でなければ、もっと嬉し泣きしていただろう」
「十分泣いてるわよ。もうっ、ちゃんとしなさい」
目から涙を流しているクロードの目元を、レティシアがさっと拭いてあげている。
ふふふ、この様子を眺めていると、レティシアがクロードに頼るようになるのはいつになることやら。
「レティシア、今日のあなたはいつも以上におキレイです。その黒いドレス、とてもお似合いです。正直、驚きました」
「ふふっ、この程度でビックリしてちゃ、身が持たないわよ。まだまだお楽しみは残ってるから、期待しといてね」
とレティシアは私に向けてウィンクをした。
楽しみは残っている……? なんでしょう。想像が付きませんが、レティシアの表情を見ていると、とびっきりのものみたい。
そしてそれを披露することを、彼女自身も楽しみにしているようでした。
「エリアーヌ、良いスピーチだった。さすがだね」
「それはナイジェルこそ……です」
私とナイジェルは顔を見合って、そうお互いに賞賛しました。





