184・お姫様を守るのは王子様の役目
新郎新婦の華々しい登場で、結婚式は開始された。
『クロード殿下はベルカイム王国の第一王子として、生を授かりました。昔は……』
司会の方が淡々と二人の紹介をしていく。
クロードとレティシアは席に座り、その説明を聞いている。
クロードはちょっと緊張した面持ち。一方、レティシアは普段と変わらない様子でした。
『昔から神童として崇められ、勉強では学院上位。運動でも数々の優秀な成績を収め──』
……あれ?
私が知っているクロードは、怠癖のせいでろくに勉強しません。そのせいで学院の成績はボロボロ。
お世辞にも、運動神経が良いとも言えません。昔、剣術の大会に出場したのですが──同年代の方々と比べ、明らかに劣っていました。
とはいえ、周りが配慮してくれたおかげで、その大会では見事優勝を飾ることが出来たんですけれど。
クロードに視線を移すと、彼は苦虫を噛み潰したような表情。
自分でも紹介文が相当美化されていることに気付いているんでしょう。
『昨年にあった、ベルカイムへの魔族侵攻──そして魔王復活の騒動のことは、まだみなさんの記憶に新しいでしょう。ベルカイム……いえ、世界に暗雲が立ち込めた時。颯爽とクロード殿下は現れました。雲を裂き、雷を落とし──見事、魔族と魔王を打倒したのです!』
「ちょ、ちょっと待ってくれ! さすがにそれは美化しすぎだ! この国が上手くいったのは、聖女エリアーヌはリンチギハムの王子ナイジェルらの活躍があってのことだ。これだけは説明させてくれ」
クロードが慌てて口を挟む。
それによって、私にも周囲の視線が集まりました。
「……クロード、義理堅いですね。いちいちそんなこと、言わなくてもいいですのに」
「それほど、彼はエリアーヌに感謝しているということだね」
「ガハハ! 良い心がけだ。我の名前が出なかったことには、少し不満だがな」
ナイジェルは優しげな表情で言い、ドグラスは自分のことのように笑った。
『コ、コホン。では、続きにいきましょう。次は新婦──レティシア様です』
レティシアの名前が出て、一瞬周囲からざわついた空気を感じた。
『皆さん、ご存知の通り、レティシア様はとても見た目麗しい女性です。彼女の子どもの頃は……』
チラッと司会の方が、レティシアに視線をやる。
すると彼女はゆっくりと頷き、視線で続きを促した。
……? 一体、なんの合図だったんでしょうか?
やがて司会の方は若干、震えた声でこう続きを口にした。
『──レティシア様は呪術師の娘として生まれました』
それによって、ざわざわとした周囲の空気は爆発する。
レティシアの方を見ながら、ヒソヒソと話をしている方々に、私は不快感を抱いた。
『その身分を隠し、彼女はクロード殿下に近付きました。そんな彼女にクロード殿下は徐々に惹かれていき、愛を育んでいきました。
そしてそれは、レティシア様が呪術師だということが分かっても変わりません。二人は不変の愛を誓い、今日に至るということです』
……正直、少し驚きました。
レティシアは自分が呪術師であることを、もう周囲に隠したりしないとは言っていましたが……それを結婚式という場で発表するとは、私も思っていなかったからです。
呪術師は負のイメージを抱かれやすい。それは事実。
レティシアの紹介文が読み終わっても、周囲の方々のヒソヒソ話は止まりません。
「噂には聞いていたが……クロード殿下は本当に呪術師を妃として選んだということか」
「大丈夫か? 聞いた話だが、レティシア嬢は聖女であるエリアーヌを追放し、この国を転覆しようとした張本人らしいぞ」
「本質では魔族とは変わらないかもしれないな。やはり呪いというものは邪悪なものなのだ」
「穢らわしい力で、レティシア嬢はなにをしようとしているのだろうな」
──中には聞いていて耐えられないくらい、悪質な話も。
噂だから仕方がないかもしれませんが、嘘も混じっています。
確かに、レティシアは私を追放した張本人かもしれません。だけど決して国を転覆しようとしたわけではありません。
私はヒソヒソ話をしている方々の悪意──そして二人の晴れの舞台で話で、そんな不明瞭な噂話をする無神経さに、腹が立ちました。
「ま、待ってくだ──」
私がその噂話を否定すべく動こうとすると、
「エリアーヌ」
ナイジェルがそれをさっと手で制した。
「で、でも……これじゃあ、あんまりです!」
「僕だって、そう思うよ。だけどこれはレティシアの覚悟だ」
それでハッとなり、私はレティシアに視線を移す。
彼女はずっと前を向き続けたままでした。その瞳には一切の曇りがありません。
きっと結婚式という場で、自分を呪術師だと明かすようにしたのも、レティシアの発案でしょう。
でなければ、わざわざ司会の方がこんなことを言う必要がありません。
レティシアはクロードの王太子妃──そして将来の王妃として、この国を引っ張っていこうと考えています。
だからでしょう。
私が聖女であることを、みなさんに公表したように──レティシアも自分の身分を嘘偽りなく曝け出した。
それが民への誠意だと考えたのでしょう。
しかし私の時と比べて、レティシアの覚悟は相当なもの。
この程度のヒソヒソ話では、心が折れたりしません。
だけど。
「……っ! レティシアの覚悟は分かります。だけどこれでは、彼女があまりに可哀想です。せめてあんな目で、レティシアを見るようにやめてもらって……」
「そのことについても心配ないんじゃないかな」
軽い口調でナイジェルがそう言う。
その声には心配の類が込められていなかった。
彼の視線の先には──クロードがいた。
クロードは突然立ち上がり、みなさんに向けてこう声を大にします。
「──みんな、色々思うこともあるだろう。しかし聞いてもらいたい」
今までのクロードなら激怒しても、おかしくない状況だというのに。
彼は極めて冷静に、話を続けた。
「レティシアが呪術師であるのは事実だ。今まで、数々の罪を犯してきたのかもしれない。だけど──ボクはそういうのを全部引っくるめて、レティシアと一緒になりたい。どんな障害が立ち塞がろうとも、ボクは必ず彼女を離さない。それを約束する。
今はまだ、みんなは信じられないかもしれない。レティシアの呪いの力は穢らわしいものじゃないんだ。ボクは彼女と一緒になって、それを証明してみせる。
どうかボクとレティシアを信じてくれ」
それは強い言葉でした。
ハッとなって、レティシアが起立するクロードの顔を見ます。
この様子だと、あらかじめ決められていたことではなかったみたい。
毅然とした態度を示すクロードには、迷いを感じられません。
そんな彼の迫力に押されてなのか──周囲のヒソヒソ話もピタリと止まります。
「……だから言っただろ? 心配ないって」
「はい……!」
クロードを見上げるレティシアの表情は驚き以上に、嬉しさが滲み出ているように見えました。
◆ ◆
「よし……そろそろこれの出番か!」
王城のキッチン。
何人ものコックが慌ただしく動き回り、会場で出される料理を作っている。まさに戦場のようだった。
「クロード殿下、選りすぐりの苺も使ったし……レティシア様も喜んでくれるはず──ん?」
その中のコックの一人が、とあることを見つける。
「コック長、どうされたんですか? ウェディングケーキの前でぼーっと突っ立って。もうケーキは完成しているでしょう?」
男が呼びかけても、コック長は振り返らず、ウェディングケーキを黙って見続けていた。
「あの、聞こえていないんですか? コック長、さっきから様子が──」
「がああああああ!」
突如、コック長が雄叫びを上げ場は騒然となる。
「コ、コック長!? 一体なにを?」
彼がコック長の肩を掴んで──その時、見てしまった。
コック長の横顔だ。その目は赤く変色しており、怒りに満ちているようだった。
彼が普段温厚な性格であることは知っている。
こんな表情を見るのは初めてだった。
コック長は両手を振り上げ──。
「ああ、やめてください! 今すぐ離れて──」
場の全員がコック長を止めようとするが、ものすごい力で振り切られる。
結局、誰も彼の凶行を止めることは出来なかった。





