153・聖女が世界から消えた日
──その日、聖女が世界から消えた。
「マリア!」
城内でマリアの姿を見かけ、僕は慌てて声をかける。
「エリアーヌは……見つかったかい?」
そう問いかけるが、マリアは口を閉じたまま首を左右に振った。
「見つからないわ……ドグラスも念話で話しかけているけど、応答がないみたい。やっぱり、あんたの言っていた《白の蛇》のせいかしら?」
「……おそらく」
自分でも驚くくらい沈んだ声で、僕はそう答えた。
昨日は夜通し、セシリーの捜索に時間を使った。
朝になって、一度仮眠を取ろうと思い自分の部屋まで戻ると──アビーが髪を振り乱して、エリアーヌが見つからないことを僕に告げたのだ。
それを聞いた時、僕は頭の中が真っ白になってしまった。
しかし──ここで僕がパニックになってしまっては、みんなに迷惑をかけることになる。
僕もアビーと一緒にエリアーヌの部屋に行ったが──やはり彼女の姿はどこにもなかった。
「……このタイミングでいなくなるってことは、《白の蛇》の仕業なんだろう。もちろん、どこかに散歩に出かけているだけなら、それに越したことはないが──」
だが、その望みは薄いだろう。彼女はそんな勝手なことをする女性ではないからだ。
「そうだったら、為す術なしってことかしら? あんたの話だと、セシリーやエリアーヌがいる場所に行こうにも、《入り口》ってのが必要なのよね?」
「ああ」
首肯する。
もっとも、その解決策も女神の力があってのことだ。僕一人の力では、《入り口》があっても、そこまで行けるのかとなると疑問。
彼女がいなくなって、さらに状況は絶望的になったとも言える。
だが。
「……一つ思い当たることがあるんだ」
そう言って、僕はエリアーヌとセシリーの姿をしたぬいぐるみを、マリアに見せる。
「さっきから持ってるけど、それはなに?」
「彼女達の部屋に残されていたものだ。二つとも、床に転がっていたんだ」
二人とも、どちらかというとキレイ好きの部類に入る。
そんな彼女達がぬいぐるみを床に放置したままでいることは、考えられにくかった。
「だったら……そのぬいぐるみに、なにか秘密があるってこと?」
「仮説だけどね」
でもなにも分からない今となっては、この心もとない手がかりをあてにするしかない。
「その人形は……」
「フランツから貰ったんだ。彼ならなにか知っているかもしれない」
さらに僕はこう続ける。
「僕は今からフランツのところに行く。マリアには悪いけど、引き続きエリアーヌとセシリーの捜索を──」
「待って」
歩き出そうとする僕をマリアが制止させる。
「それは、あたしの役目。あんたは城内にいなさい」
「でも──」
「フランツってのは、あんたの学生時代の同級生だったわね。あんた、同級生相手に非情になることが出来るのかしら?」
「エリアーヌとセシリーのためなら、僕はいくらでも非情になりきってみせるさ。それとも、僕が情に流されるとでも?」
「いいえ──あんたは上手くやってみせるでしょうね。だからいけないのよ。上手く出来たら、きっとあんたは痛い傷を負う。そんな兄の姿を見るのは、弟として耐えられないの。弟にとって──兄はいつもカッコいい存在なんだから」
とマリアはウィンクする。
「……助かる。ゲルト──頼んだ」
「いいのよ。気にしないで。それから、また間違っているわよ。あたしの名前はマ・リ・ア。いい加減、ちゃんと覚えてちょうだい」
そう言って、マリアは僕の前から去っていった。





