154・醜い男は気付かない
「な、なんだお前等は!? ぼくっちを誰だと思っているんだ! こんな失礼な真似をして、タダで済むと思っているのか!」
「はいはーい、あんたこそあたしが誰なのか知らないの? そこでおとなしくしててね」
マリアは数人の騎士を連れ、ウルマモズ商会に乗り込んでいた。
(まさかこんなに簡単にいくとはね……商会もこの子を切り捨てるつもりなのかしら)
当初、フランツとの対話を求めても断られるだろうと思っていた。それほどの力を持った商会だからだ。
だが、違った。
事情を説明すると、すんなりとこの部屋まで案内してくれた。拍子抜けすぎて、ビックリしたほどだ。
(元々、この子は商会の中でも敵が多かったのかしら。だからあたしと敵対するくらいなら、さっさとフランツを差し出してしまおうって。もっとも、こっちにとっては好都合だけどね)
マリアはぐいっとフランツとの距離を詰め、こう問いかける。
「あんたが、エリアーヌとセシリーのぬいぐるみをナイジェルに渡したのよね。そのことについて、ちょっと聞きたいのよ」
「……っ!」
フランツの肩がびくつく。
その反応を見て、マリアはやはり彼はなにか知っていると確信した。
「し、新商品として売り出そうと思ってね〜。それで許可を取ろうと、昔のツテでナイジェルのところに行ったまでだ。な、なにもおかしいところはないだろ?」
「それだけならね。でも不思議なことに、そのエリアーヌとセシリーの姿が忽然と消えてしまったのよ。それでこのぬいぐるみが、なにか関わっているんじゃないか……って」
「消えた……だと? そ、それはぼくっちじゃない! ぬいぐるみにそんな効果があるなんて知らな……」
「効果があるなんて──知らなかったって言いたいわけ? やっぱなにか知ってるじゃない」
「……ちっ!」
フランツが舌打ちをする。
しかしそれ以上、彼は口を開こうとしない。
(正直、あまり時間をかけてられないわ。手荒な真似はしたくなかったけど……)
マリアは剣を抜く。
「な、なんだ!? ぼくっちを殺すつもりか? そんなことをしたら、永久に真実は闇の中に──」
フランツがそう言葉を続けようとしたよりも早く──マリアは彼の頭上すれすれを剣で払った。
それによって、フランツのセットしている髪型が分離される。
下半分だけ残っている形になって、なんとも奇妙な様になっていた。
「ひっ……」
「殺すつもりなんてないわよ。けど、髪型があたし好みじゃないわね。だからあたしが散髪してあげる。もっとも──手元が狂う可能性もあるけど」
マリアが脅すと、フランツの顔が見る見るうちに青ざめていく。
「わ、分かった。だからやめてくれ……っ! 全部話すから!」
(ふんっ、意地を通す度胸もないのに、偉そうにしてんじゃないわよ)
とマリアは心の内で悪態を吐いてから、こう口を動かす。
「で……エリアーヌとセシリーをどこにやったのかしら?」
「そ、それは知らないんだ! ただ……あのぬいぐるみには呪いが付与されていて、所有者の体調が徐々に悪くなるって聞いていた! エリアーヌのぬいぐるみを渡せば、なんだかんだできっとナイジェルが自室にでも飾るだろう……って」
「本当かしら?」
「ほ、本当だ! 信じてくれ!」
フランツから返ってきた言葉は、マリアの予想とは少し違っていた。
(この様子だと嘘は吐いてない……? いや、そんなまさか……)
マリアは内心戸惑いつつ、表情を変えずに続ける。
「ナイジェルから詳しく聞くのを忘れてたけど……このぬいぐるみはあんたが作ったってことじゃないわけね?」
「ぼ、ぼくっちがあんな汚らわしいもの、作るはずがないだろ!? うちの雇ったヨルっていう人形師が作ったんだ」
「その人形師はどこに……?」
「……昨日の夜から姿が見えないんだ。あいつ、こんな大事な時にどこに……」
とフランツは怪訝そうな表情を作る。
「そのヨルって子が黒幕ってことね。で、その子は一体なにをしでかそうって考えてんの?」
「わ、分からない。ただ……」
フランツはなにかを思い出すように視線を上に向け、こう続けた。
「理由は聞かなかったが、あいつは他人が嫌いだと言っていたことがある。だからぼくっちに力を貸して、他人──ナイジェルを貶めようとした。その話を聞いて、思ったんだが……もしかしたらあいつは、自分以外の人間を消そうとしているんじゃないのか? そんなこと、出来ないと思うが……」
(どういうこと……?)
フランツはますます混乱する。
しかしこれ以上、フランツがヨルの動機について知っているものとは思えないし、それをここで問い詰めている時間もない。
「整理するわ。あんたが知っているぬいぐるみの効果は、所有者の体調を悪くすること。ぬいぐるみを作った人形師は現在行方不明。誰かが消える効果があるだなんて知らなかった──そう主張するのね」
「あ、ああ! 信じてくれ!」
「まあ、そのことは後からゆ〜っくり聞かせてもらうとして……なんにせよ、あのぬいぐるみが、ただのぬいるぐるみじゃないってことは分かっていたのよね? どうして、そんなものをナイジェルに渡したのかしら?」
「…………」
フランツは最初、口を閉じてなにも語らなかった。
しかしマリアが剣先を突きつけると観念したのか、こう言った。
「あいつ──ナイジェルはぼくっちにとって、いつも目障りな存在だったんだ。あいつさえいなければ、ぼくっちは学生時代の成績もトップだった。
あいつはいつもぼくっちの邪魔をする。最近だってそうだ。あいつのことでイライラするせいで、事業が上手く回らない。
ぼ、ぼくっち悪くないだろう? 悪いのは全部、ナイジェルなんだ! あいつは涼しい顔をして、いつも美味しいところだけは持っていく。王子っていう理由だけで……! だからぼくっちは……」
「はあ……あんた、人を見る目がなさすぎね」
マリアのフランツを見る目には、怒りよりも憐れみの感情の方が大きかった。
「あんたもその歳で、ウルマモズ商会の幹部になっているくらいだわ。努力もしたんでしょう。優秀なんでしょうね。でも──だからって、どうして人と比べるのよ」
諭すように、マリアはさらに続ける。
「今までナイジェルのなにを見てたの? あの子がどんだけ苦しんで、今の地位を築き上げたのか知らない? みんなが寝ている最中、あの子は一人だけ起きて勉強してたわ。全身筋肉痛でのたうち回りそうな時も、そんな素振りを一切見せずに稽古に参加していた」
マリアはそんなナイジェルの姿を、昔から見ていた。
そしてそれは他の王族や臣下達も一緒だ。
ナイジェルは優れているから、みんなから慕われているのではない。
誰よりも努力することが出来たから、そんな彼にみんなは付いていこうとするのだ。
ただ王子という地位だけに胡座をかいて、努力を怠るような人間ではない。
「あの子、学生時代からあんたのことを友達って言ってた。知ってる? あの子、あんたのこと自慢してたのよ。あいつはすごい。僕には商才がない。そんな友達が持てたことを誇りに思う──って」
「……そ、そんな思ってもいないことを──」
「ナイジェルがそんな嘘を吐けると思う? なら、あんたはやっぱりバカだわ」
しかしこういう男は珍しくない。
ナイジェルは光だ。半面、光あるところには闇が生まれる。
(言うなれば、この子はそんな光によって生まれた闇の部分だわ)
やっぱり自分が来てよかった──。
そうマリアは思うのであった。
「あんた達は、そのヨルって子を探して。もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないから」
マリアは数人の部下に指示を出し、再度フランツに視線をやる。
「あんたには、これからた〜っぷり話を聞かせてもらうわ。あたし、あんたみたいに性格悪そうなイケメンが好みなの。一応言っておくけど、拒否権はないからね」
「は、離せ!」
そう叫ぶフランツであったが、マリアはそれを意に介さず、彼を城まで連行するのであった。





