141・みたらし団子
サーカスが終わって、私達は会場の外に出る。
「あっ……もうこんな時間。あっという間だったの!」
そして──中央広場の真ん中に鎮座する時計台を見上げて、セシリーちゃんがそう言った。
「本当です。楽しい時間はすぐに過ぎていきますね」
この時計台は、リンチギハムが国として成り立った大昔からあるらしい。
今では街の観光名所となって、人々に愛し続けられている。
老朽化のため、何度か取り壊される予定もあったそうですが……その度に反対の声が大きく、補修工事を繰り返しているそうです。
リンチギハムの歴史と共に、この時計台も時を刻んでいたわけですね。そう考えると、街の人々から大切にされる理由もよく分かりました。
「今日はもう帰るの?」
「そうですね……まだ昼時ですし、このまま帰るのも味気ないでしょう。お買い物をして、お食事を取りますか。セシリーちゃん、いっぱい楽しみましょう!」
「うん!」
セシリーちゃんが満面の笑みを浮かべた。
──その後、私達は街の市場に向かった。
「あっ、お姉ちゃん! あのお団子、とっても美味しそう!」
串に刺さったお団子に、セシリーちゃんが目を奪われる。
「こんにちは。二人は姉妹かな?」
そんな彼女に、出店の店員さんが声をかけます。
「お姉ちゃんはお姉ちゃんなの!」
答えになっていないような気がしますが……セシリーちゃんが元気に答えます。
そんな無邪気な彼女を見て、店員さんの目尻が下がった。
「そうなんだね。だったら……可愛いお嬢ちゃんに免じて、これはサービスだ! ほら、そっちの美人のお姉ちゃんも! 持っていきな」
「いいの?」
「ああ。これくらいお安いご用だよ」
「ありがとうございます。セシリーちゃんもお礼を言いましょう」
「うん! ありがとー!」
お店の人の目尻がさらにだらしなく垂れる。
ふふ、セシリーちゃんの可愛さを目の前にしたら、こんな顔になってしまうのも仕方がありません。
私は二人分のお団子を貰い、一本をセシリーちゃんに手渡す。
早速セシリーちゃんはお団子を口にすると、
「美味しい!」
と目を輝かせたのでした。
私も続けてお団子を食べてみる。あっという間に甘さが口に広がった。
「本当に美味しいですね……それにしても、あまり見たことのないタレがかかっていますが? これはなんというんでしょうか?」
「そのタレは『みたらし』っていうんだ。東方の国発祥のもので、醤油や砂糖を混ぜて作られている。甘さが癖になるだろう?」
「ええ」
笑顔でそう答えた。
さしずめ、みたらし団子といったところでしょうか?
東方の国……と聞くと、精霊王フィリップに作ってあげた冷やしそうめんや、かき氷を思い出します。
あれも東方の国でよく食べられる料理でした。そこには私の知らない料理がまだまだあるんでしょう。
「いつかナイジェルと旅行に行ってみたいですねえ」
そのことを夢想し、つい呟いてしまう。
「エリアーヌお姉ちゃん、にぃにと旅行に行きたいの?」
「はい、もちろんです」
そういえば、ナイジェルと新婚旅行に行けていません。
結婚したタイミングで王位継承が本格的に進んで、バタバタしてしまいましたからね。
「もちろん、その時はセシリーちゃんも一緒ですよ」
「セシリーだけじゃないの! ドグラスとアビー、おとーさんも……ラルフも一緒に行く!」
「ですね。みんなで楽しく新婚旅行に行きましょう!」
それは果たして新婚旅行と呼べるものなんでしょうか?
でも……楽しそう。そのことを想像すると、胸が躍りました。
「ここのお団子のように、美味しいものがあるかもしれませんしね。一料理好きとしても、東方の国には一度行ってみたいです」
「美味しいって言ってくれて、ありがとな。もう少し早く来てくれれば、もっと美味しいみたらし団子を出せたんだが……」
「……? どういうことですか?」
表情に影を落とす店員さんに、私はそう問いかける。
「実は……先代から継ぎ足し継ぎ足しやってきたみたらしのタレが、数日前からなくなってしまったんだ。そのせいで今は、一から作ったものを使っているんだが……先代のタレを完全再現させるまでには至っていない」
「そうだったんですか。でもどうして、急になくなったんでしょうか?」
想像以上に売れ行きがよかったからとか?
でもそんな理由で、大切なタレを使い切ってしまうとは考えられにくいですが……。
そう疑問に思っていると、店員さんは首を左右に振ってから、こう口にしました。
「分からないんだ……朝起きたら、樽からタレが煙のように消えてしまってな。誰かが盗んだ可能性も考えたが……それにしては、樽だけ残ってタレだけなくなっているのも変だ。もちろん、自警団の人には相談しているが、果たしてどうなることやら……」
「それは心配ですね……」
店員さんの心境を想像すると、私も胸がきゅっと締め付けられるように痛いです。
そんな私の気持ちを慮ってか、
「なあに、心配すんな! きっとこれは『お前ならもう先代のタレを再現出来る!』って、神からのお告げだったかもしれん。いちいちしょげてたら、キリがないからな!」
と店員さんは元気を装いますが、やはりその声には張りがないように思えます。
早く見つかるといいんですが──。
少し気掛かりながらも、私達はその出店を後にしました。