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真の聖女である私は追放されました。だからこの国はもう終わりです【書籍化】  作者: 鬱沢色素
二章

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142・昔のナイジェル

 市場で楽しくお買い物を終わらせた私達は、行きつけのカフェでお昼ご飯がてら休憩することにしました。



「オレンジジュース、おいちいー!」

 ストローで頑張ってオレンジジュースを飲むセシリーちゃん。

 そんな彼女を見ていたら、私も癒されます。


「サーカス、すごかったですね。それに市場でお買い物も楽しかったです」

「うん! セシリーも帰ったら、綱渡りの稽古を頑張るの! 火の輪っかを潜るのも、やっぱりやりたい!」

「だから……火の輪潜りは禁止です。それにあの時はライオンさんが潜っていたでしょう? 人間のセシリーちゃんがやるのは、おかしいです」

「一理あるの」


 そう言って、セシリーちゃんはなにか名案を閃いたのか、ポンと手を打った。


「じゃあ、にぃににやってもらうの。にぃにだったら、強いから火の輪くらい、らくしょーなの!」

「それはそれでいけないような気も……」


 まあナイジェルだったら、そつなくやれそうですが。

 彼はなんでもやれるお方。

 セシリーちゃんに頼まれれば、断れないかもしれません。


「ナイジェルって、昔からなんでも出来たんですか?」

「うん。にぃに、なにやっても一等賞だった。それは昔から、ぜんぜーん変わらない」

「すごいですね……」


 マリアさんも似たようなことを言っていました。

 やはりナイジェルが完璧超人だったのは、昔からのようです。


「あっ、そうです。性格はどうだったんですか? やっぱり優しかったんですか?」

「うん。とっても優しかったよ! いっつも他人のことを一番に考えて、自分のやりたいことは我慢していたの」

「そうだったんですね。でも、それじゃあストレスを感じないんでしょうか?」

「すと……れす……?」

「我慢ばかりして、ワガママを言えないのは辛いと思いまして」

「うーん……にぃにがワガママを言ったところは、見たことがないの。あっ、でも! ちょっと欲張りなところもあるの!」

「へえ?」


 興味がそそられて、私はいつしか前のめりでセシリーちゃんの話に耳を傾けていた。


「にぃに……昔、苺のショートケーキとチョコケーキ、どっちを買うかで悩んだの」


 ナイジェルは王族でありながら倹約家。

 二つとも買うことに抵抗を覚えたのかもしれません。


「それでどちらを選んだんですか?」

「結局、どっちも買ったの。どうしてもどっちも食べたい! ……って」

「ふふふ、可愛らしいですね」


 甘いもの好きのナイジェルらしいエピソードです。


「でも! セシリーが『食べたい!』って言ったら、にぃには二つとも譲ってくれたの。やっぱりにぃには優しい!」

「あらら」


 欲張りなところもあるけれど、最終的には可愛い妹の前に折れてしまいましたか。

 それじゃあ本末転倒──と言う人もいるかもしれないけれど、私はナイジェルのそんなところが好きです。


 だけど──。


「でもやっぱり、我慢ばっかりしていてストレスが溜まってそうです」


 たとえば、ナイジェルが声を荒らげて怒った場面は、私ですら一度も見たことがありません。

 自分の感情を優先せず、冷静にことを処理する様は次期国王としてふさわしい姿かもしれません。

 けれど、それでは疲れないのか──と心配になってしまうのでした。


「まあ私の杞憂でしょうけれど」

「きゆー?」

「いらない心配という意味です」


 とセシリーちゃんに教えてあげる。


「なんか今日、結局ナイジェルの話ばかりしている気がしますね。セシリーちゃんに申し訳ないです」

「なんで? セシリーもにぃにのこと、大好き! お姉ちゃんと、にぃにの話をするのは楽しいの。家族みんなみんなで、楽しくすればいいの!」


 パアッとセシリーちゃんが笑顔の花を咲かせる。

 でもやはり、ナイジェルの話ばっかりするのは、いけないことをしている気分になります。


 家族……あっ、そうです。


「セシリーちゃんのお父さん──国王陛下はどうなんですか? たとえば陛下とセシリーちゃんのお母さんが、どんな恋愛をしていたか聞いてみたい──」


 そこまで言って、私は「しまった!」と口を閉じる。


 セシリーちゃんとナイジェルのお母さん──王妃様は既になくなっているのですから。

 お母さんがいないことは、セシリーちゃんにとって辛い思い出でしょう。


 だけど。


「おかーさんとおとーさんの恋愛? のの……うーん」


 セシリーちゃんは気にした素振りを一切見せず、考え出しました。


 そんな彼女の姿を見て、私はほっと一安心。


「聞いたことがないの……おとーさん、あんまりそういうことは喋ってくれないから」

「そうなんですか」

「昔、聞いてみたことがあったんだよ? おとーさんとおかーさんは、ラブラブだったー? って。だけどやっぱり教えてくれなかった。もしかしたら、ラブラブすぎて恥ずかしかったのかもしれないの」


 面白い話が聞けました。


 もしかしたら、私とナイジェルみたいではなくて、国王と妃の結婚は政治的なものが絡んでいたかもしれません。

 それは特段珍しいことではありません。

 どちらかというと、そちらの方が一般的でしょう。


「楽しいお話をありがとうございます。では……そろそろ会計をしてからお店を出ましょうか」

「うん!」


 その後、私達は伝票を持ってお会計を済ませたのですが……。


「ありがとうございます……」


 対応してくれたのは、このカフェのマスター。

 でも今日の彼は、落ち込んでいる様子。


「あ、あの……どうかされましたか?」


 ここのマスターはいつもニコニコ笑顔で、ここに足を運んだお客さんに元気を分けてくれる。

 だけど今日のマスターは、いつもキレイにセットされた髪も所々跳ねていて、いつもの様子と明らかに違っていました。


 私が問いかけると、マスターは大きく溜め息を吐いてから、こう口を動かし始めました。


「ん……こんなこと、お嬢ちゃんに言っても仕方ないと思うが……今朝、娘に貰った大切なマグカップをなくしてしまってな。朝にはいつもそのマグカップで珈琲を飲むことが大好きだったんだ。どこでなくしてしまったのやら……」

「大切なものをなくして……ですか」


 ──そういえば、みたらし団子の店員さんも、同じようなことを言っていました。


 もちろん、ただの偶然かもしれません。

 だけどこうして連続して話を聞くと、嫌な胸騒ぎを感じます。



『気になりますね』



 私はハッと顔を上げます。


 この声は……女神様?


 聖女というのは女神の代行者。彼女から力を貸してもらうことによって、その力を行使する存在なのです。

 私は魔王騒ぎの際、始まりの聖女の力を得ました。

 そして女神との間で《道》が架けられ、こうして彼女の声を聞くことが出来るようになったのです。

 とはいえ、普段はなかなか話しかけてくれないので、こうして声を聞くのは随分久しぶりのこと。



 ──気になるとは、どういうことですか?



 頭の中で彼女に語りかけます。


 女神の声を聞けるのは、聖女と女神の加護に完全に適応したもの──だけになっています。

 セシリーちゃんと、ここのカフェのマスターもいることですし、声に出す必要はないでしょう。


『はい。私の気のせいでしたら、それでいいのですが──ここの建物。あなた以外の、神々しい魔力が感じられます。これではまるで、神の力が使われた時のよう──』


 神の力? どうしてそのようなものが?


『今のところは判断出来ません。時間も経過しているでしょうし、使われた魔力もごく僅かなので。もう少し、残っている魔力が多ければ分かるのですが……』


 女神も混乱しているようでした。

 なんにせよ、彼女がこう口にするということは、事態がさらに大きくなる可能性もあります。


 だから。


「分かりました」


 そう言って、私は優しい声音でマスターにこう続けた。


「私もナイジェルにこのことを話してみます。もしかしたら、他にも似たような事例があるかもしれないので」


 女神の声を聞いたことも一因。

 ですが、そうではなくてもこんなに落ち込んでいる様子のマスター……そしてみたらし団子の店員さんを思い出したら、とてもじゃないですが、見逃せません。


「ああ、ありがとう……ってナイジェル? ナイジェルって、この国の王子殿下だよな? というかお嬢ちゃん、前々から思ってたんだが、どこかで見たことが……」

「で、では今日はありがとうございました! セシリーちゃん、行きましょう!」

「行くの!」

「ちょ、ちょっと待って──」


 ごめんなさい!

 聖女だと騒がれるのは苦手なのです!


 セシリーちゃんと手を繋いで、私達はその場を走り去りました。

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