123・最高のハッピーエンド──?
「女神様……?」
姿は見えない。
しかし問いかけると、彼女が頷いた気がした。
『よくぞここまで辿り着きました。鍵となるのは始まりの聖女の一部——そしてもう一つはその剣です』
「剣……私がフィリップ——精霊王から譲ってもらった剣ですか?」
『はい』
女神の声は前回のようなぶつ切りではありません。
はっきりとした言葉で、女神は私になにかを伝えようとしていた。
そして……違っている部分はそこだけではない。
「エリアーヌ……女神と交信出来たみたいだね。前は意識を失っていたけど……うん。今だったら僕も女神の声を聞くことが出来る」
ナイジェルの意識も途切れていないよう。
それどころか、彼も女神の声が聞こえているようでした。
私の戸惑いを察したのか、
『《道》は完全に架けられました。前回は不完全なまま、あなたと交信していましたが、今はそうではありません』
と女神が補足する。
──グオオオオオオオオオ!
魔王の咆哮。
下では髪を引きちぎろうと、魔王が暴れていた。
でも──それも時間の問題。
直に魔王が解き放たれ、そうなった場合はこの城ごと崩壊することになるでしょう。
絶体絶命のピンチ。
しかし今の私からは、つい先ほどまで抱いていた絶望感が消えていた。
『その剣は大昔、始まりの聖女が使っていた剣です』
女神が続ける。
『神々も使いし神剣です。しかし……始まりの聖女は、その剣を使いこなすことが出来ず、当時の精霊王にそれを預けました』
「どうしてですか? すごい人なら、神剣くらい扱えてもおかしくないと思いますが……」
『出力の問題です。始まりの聖女は一人で戦っていました。それほど女神──私の力は人間が使うには、手に余る代物です。
しかし聖女──そしてもう一人。それを補佐する者がいれば? 私の加護は完全なものとなり、あなた達に力を授けることが出来ます』
やがて私達は先ほどの場所まで戻ってきて、地面にゆっくりと足をつける。
暴れている魔王を、私とナイジェルが見上げていた。
『始まりの聖女は強大な力を持っていました。しかし……こうとも言えます。完全でなかったから、魔王を封印することしか出来なかったのだと』
女神が話している間に、ナイジェルは魔王を見ながら剣を構えた。
それはさながらお伽噺に出てくる勇者のよう。
『ですが……あなたは一人ではない。女神の加護に完全に適合するパートナーを見つけることが出来たのです。これは始まりの聖女も出来なかったこと。今なら……』
ナイジェルが剣を振りかぶる。
『魔王を倒すことが出来るでしょう』
「はああああああ!」
そのままナイジェルは光の早さで魔王に向かっていき、跳躍。
これだけ巨大な魔王の頭部まで彼が到着したかと思うと、次の瞬間に剣を一閃。
——グオオオオオオオオ!
悲痛な叫び声を上げる魔王。
光が拡散し、周囲を真っ白に染める。
ナイジェルの振るった剣は魔王に届き、体を両断する。
「ナイジェル!」
名前を呼び、私はすかさずナイジェルのもとに駆け寄ろうとする。
彼が地面に両足を着けた瞬間——魔王が爆ぜる。
あれだけ強大な力を持ち、私達を絶望の淵に沈めていたのが嘘みたい。
呆気ないものでした。
聖なる魔力によって浄化され、粉々になった魔王の欠片。
それらが宙を舞い、光の雪となって私達に降り注いでいた。
「ご無事ですか!?」
「ああ。これだけのことをしても、嘘のように体が軽いよ」
ナイジェルは私に気遣うようにして、剣を上げた。
そんなナイジェルがとても愛おしいものに感じ、気付けば私は彼に思い切り抱きついていた。
「私達……魔王を倒したんですよね?」
「そうだね。この剣を握った瞬間、あれだけ強そうな魔王がまるで赤子のように思えた」
……女神も私達の言葉を否定しない。
どうやら正真正銘、魔王は消滅したみたいです。
「これも全てエリアーヌのおかげだ。君がいなければ、魔王を倒すことも出来なかった」
「い、いえいえ! 私の力なんて微々たるものです。私こそナイジェルがいなければ……」
「なにを言うんだい。君の方が……!」
私とナイジェルがお互い、どちらの力が上だったかを譲り合う。
「ふふふ」
「は、ははは──」
そんな状況に思わず吹き出してしまい、私達はお互いを見合って笑っていた。
ふう……決着は一瞬でしたね。
本来は世界全域に結界を張るために、始まりの聖女の力を欲していたというのに……まさかここまでの結果を生むことになるとは。
ちょっと予想外。
でも——最高のハッピーエンドです!
『——アーヌ? 聞こえるか? 無事か?』
ナイジェルと一息吐いていると、ドグラスの声が念話によって届く。
「ええ、無事です」
『おお、そうか。それは良かった。なかなか念話が繋がらないから、心配したぞ』
「すみません。ちょっと取り込んでいましたもので」
『ふっ、そうか』
優しい声のドグラス。
しかし溜息を吐いて。
『全く……あまり心配をさせるな。汝にもしものことがったら、我も生きていく意味がなくなるではないか』
「お、大袈裟ですよ」
『大袈裟じゃない』
ドグラスがきっぱりと否定する。
『で……そちらはどうだ?』
「全て上手くいきました。細かいことはそちらに戻ってから説明しますが……色々あって、魔王を倒すことが出来ました」
『な、なに!? それは本当か? どおりで……』
「どおりで?」
『うむ。こちらはこちらで魔族共との相手が、長引いていたんだがな。しかし……フィリップの持ってきた剣が急に城の方へ向かっていったかと思えば、しばらくすると、街中の魔族が消滅したのだ』
フィリップが持ってきた剣……。
彼も私達を助けにきてくれたんですね。
「そうだったんですか。あとでフィリップには直接、感謝を伝えなければいけませんね──それにしても魔族が消滅……ですか? きっと魔王を倒すことによって、そうなるようになっていたんでしょうか?」
『分からぬ。しかしどちらにせよ、こちらも上手くいったということだ。我等は戦いに——勝利したのだ』
ドグラスの声に、急に実感が増してくる。
ああ……本当に終わったのです。
私の婚約破棄と国外追放から始まった、この長き戦いが。
『どうした、エリアーヌ? 急に黙り込んで』
「な、なんでもありません。全て片付いたとなったら、こうして念話で話すのも野暮ですね。すぐにそちらに戻ります」
『うむ。待っているぞ』
ドグラスが最後にそう言って、念話を切った。
「エリアーヌ……ドグラスの方も無事かい? その様子なら心配なさそうだけどね」
ドグラスとの念話は私にしか聞こえていない。
心配そうにナイジェルが訊ねてくる。
「はい。あちらも問題ないみたいです。フィリップも王都に来ているみたいです」
「それは良かった。魔王は倒したけど、街はメチャクチャ……だったら後味が悪いからね」
「その通りです。さあ——早く戻りましょう。ナイジェルもみなさんとお会いしたいでしょう」
「うん」
ナイジェルが頷いて、私の手を取る。
まるでパーティーにエスコートされるお姫様の気分です。
さて……とはいえ、どうやって戻りましょうか? 階段は完全に崩れてしまいましたし、歩いて戻ることは出来なさそう。
もう一度剣の力で浮き上がることは可能でしょうか?
それとも、もう一度ドグラスと念話して向かえに来てもらうのが一番?
なんてことを考えている時でした。
──ふらあ。
「あれ?」
急に体から血の気が引いていく。
一体、私……な、なに……が?
意識が徐々に薄れていくような——ふわふわ浮いているような感覚。
「エリア——!」
こんなに近くにいるはずのナイジェルの声が、やけに遠く聞こえた。
『あなたは聖女としての力を使いすぎました——』
女神の声。
私はそれに返事をしようとするが、上手く言葉を紡ぐことが出来ない。
『このままでは、あなたは——』
あなたは?
一体、私はどうなるというのですか?
まるで自分の体が自分のものじゃないみたい。自由に体を動かすことが出来ません。
そのまま目の前が真っ白になったかと思うと、体がゆっくり傾いていき——。
まだ続きます。





