邪神教・三者
第七十一話。邪神教は未だ力を残している。
再び訪れた山の麓の砦には、多くの神官が集まっていた。かつてここを守っていた神官はリーダー格のフェシーも含めて全て捕縛されている。
つまり、内部にいた新たな勢力というわけだ。
「本当にいたな」
ミソロギの予想が当たっていれば、その集団をまとめているのは三者と呼ばれる三神官と並ぶ三人の神官らしいが。
狼刀はふくろから取り出した本を開いてみた。パラパラとめくりながら、三者という言葉を探す。
そして、見つけた。
最強の召喚士フェシー。
その説明文の下に、新たな文章が現れていたのだ。
天の神官。三神官の創設者。三神官より強い。
三者。詳細不明。こちら側ではなく、あちら側を守護するという存在。三神官は彼らを参考に作られた。
力があれば、新参者でもこんなに素晴らしい存在と仲間になれる。
それが邪神教なのです。
原理は謎だ。
けれど、その現象を見て、狼刀は一つの結論に至った。邪神教入団の手引き書と書かれたこの本は、魔法機なのだと。
狼刀がふくろに入れっぱなしにしていたから、誰も触れることは出来なかった。しかし、内容は更新されている。
そこから考えられる可能性は――
「なに見てるのよ?」
スペーディアに声をかけられ、狼刀は慌てて本を閉じた。
「いや、なんでもない」
スペーディアが疑惑に満ちた目を向けているが、狼刀は努めて平静を装う。
「予定通り行くぞ」
「……えぇ」
狼刀とスペーディアは砦の側面に回り込んだ。
正面から向かっていって、三者をまともに相手する必要はない。とは、ミソロギの言い分だ。城の奪還がかかっていた三神官の件とは違い、目的は邪神教を壊滅させることだけ。
大神官を倒してから、残党を狩る方がいい。
その意見に反対する手立てを持たなかった狼刀は、ミソロギが立てた作戦に従って動くことにした。
「登るのは、無理だな」
砦の側面を見上げ、狼刀はため息をつく。
側面の壁は高いだけではなく、手を掛けれるような凹凸すらもなかった。
「こっちも無理ですわね」
山を見てきたスペーディアが告げる。
壁と違い手を掛けられる場所がないわけではないだろう。だが、スペーディアが無理だという以上は無理に違いない。
これでミソロギの作戦の二つは使えなかった。次は三つ目の作戦である。
狼刀はふくろからピッケル――ミソロギ作――を取り出した。
作戦その三は、ずばりトンネル。
山を掘り進んで砦の内側へ入ろうという方法である。時間はかかるが神官との接触を避けられるだろうという作戦だったのだが、
「それも使えないと思いますわ」
スペーディアによって却下された。
理由を聞いてみると、山は表面が脆く出来ているので掘り進めている間に埋まってしまうと予想されるとの事だった。登れないという結論も同じ理由だろう。
「ということなので、正面突破しかないわね」
万策――三つだが――尽きたというのに、スペーディアは楽しそうに笑った。回りくどいやり方より、シンプルなやり方が好きなのだろうか。
「まずは穏便にだ」
狼刀はピッケルを戻して、代わりに二本の刀を鞘に収める。
今の方針は戦闘を最小限にというのものだが、戦うこと自体は嫌いではない。むしろ、状況によっては好戦的な行動が必要だとも思っていた。
例えば、正面突破せざるを得ないときとか。
「行くぞ」
神官達から奪っておいた黒いローブを着て、二人は砦の正面に回り込んだ。
「お待ちしておりました。勇者に王女様」
砦の前に着くなり声をかけられて、狼刀は用意していたセリフを言うことは出来なかった。
「バレてるみたいね」
スペーディアは勢いよくローブを脱ぎ捨てる。
「ええ。全ては予言者ジェーンの予言通りに」
男が恭しく頭を垂れた。
その男は他の神官たちとは異なり、黒いローブを着ていない。代わりに身に纏うは全身を覆う灰色の鎧。武器は持っていないが、手には手甲をはめており攻撃力は十分にありそうだった。
「ここで始末する」
男が地面を蹴って飛び出す。
狼刀は周りの神官を気にした一瞬をつき、男は距離を詰めた。そのまま肩を突き出して、体当たり。
「くっ……」
狼刀は砦の外まで飛ばされた。
「まだだ」
男は一瞬で狼刀に追いつくと、両手を合わせて振り下ろす。狼刀は転がることで躱すが、男は腕を起点にして頭突き。狼刀はさらに飛ばされた。
「さあ、ゆっくり楽しみましょう」
男が立ち上がる。
その後で何かが閉まる音がした。
「分断作戦ってわけか」
狼刀は渋い表情を浮かべる。
相手は全身を鎧で固めた屈強な男だ。竹刀は論外であるし、刀を使ったとしてもまともにダメージを与えることは難しいだろう。
だが、攻撃力の高いスペーディアとは分離させられてしまった。砦の中にいた神官の数からして、すぐに合流は不可能だ。
デュース城で襲ってきた鎧のように単調な動きだけなら押し倒すという手もあるが、相手は鎧を着ていてもそれなりに動けることがわかっている。
というより、動きは男のほうが早かった。
端的に言って、絶望的な状況だ。
「どうしたもんかな」
焦りの表情を浮かべる狼刀を、男は何をするでもなくただ見ていた。その顔に余裕の笑みを浮かべながら。
「降参してもよろしいですよ?」
男は慈悲をかけるように降伏を促す。
狼刀は答えない。
答えずに、勝つ方法を考えた。
強固な鎧を突破する方法を。
自分の出せる最大威力の攻撃を。
そして、一つの結論に辿り着いた。
「降伏はしないさ」
狼刀は刀を構え、笑顔を浮かべる。
「そうですか」
頷き、男は跳んだ。
ジャンプなどというレベルではない。遥か高くまで飛び上がり、体を広げて落ちてくる。
狼刀は前に走り抜けることで、それを躱した。
男は地面に落下。轟音と共に土煙が舞い上がった。直後、土煙から足が飛び出す。
突き上げるように放たれた両足蹴りを、狼刀は躱せなかった。
「ぐっ……」
地面を転がる狼刀に、男が肘を落とす。
とっさに刀で受け止めるが、刀は折れた。そのおかげで直撃は免れたものの、男はすぐ目の前にいる。
離れようとする狼刀の手を男が掴んだ。
「飛びますか」
ふわりと狼刀の体が浮かぶ。
そのまま投げ飛ばされ、狼刀は地面を転がった。
力の差は圧倒的だ。
折れた刀を杖代わりにして立ち上がる狼刀の前に、男は悠然と立っていた。
「降参してもよろしいですよ?」
二度の降伏勧告。
「しない!」
狼刀は確固たる意志を持って、その要求を突っぱねた。
「そうですか」
男は残念そうに首を振る。
「では……ん? あれは一体……」
ふいに男が空を見上げた。
無防備な姿だ。けれども、戦いの最中だというのに男が見上げるものが気になり、狼刀はその視線を追って上を見る。
砦に迫る巨大な隕石がそこにあった。
落下すれば、辺り一帯は更地になってしまうだろう。そのくらい大きな隕石が、どこからともなく現れた。
「あれは……」
何かが煌めき、隕石に亀裂が走る。
亀裂は真っ直ぐに、そして一点を中心として放射線状に広がっていく。あれは、隕石を斬っているのだ。
それを見て、狼刀が我に返った。
男はまだ呆然と隕石を見上げている。
狼刀はやおら立ち上がり、ふくろからピッケルを取り出した。
「派手なことをやりますね」
男は砕けていく隕石を見ており、狼刀のほうを気にする様子はない。それは、鎧の防御力に裏付けされた余裕なのだろうが、余裕のない狼刀はそこまで考えられなかった。
不意打ちへの戸惑いは考えないようにして――正攻法では勝てない――狼刀はピッケルを振り上げる。
狙うのは脚。致命傷にはならなくとも動きを大幅に制限することが出来る部位だ。
「砕けろ!」
掛け声とともに、狼刀はピッケルを振り下ろした。
バキッ。
狙い違わずピッケルは右足のふくらはぎに直撃。
鈍い音とともに――ピッケルの柄が折れた。
「残念でしたね」
男は振り返ると同時に、狼刀の腹部へ鉄拳――文字通り鉄の拳――を叩き込む。
「かはっ……」
肺から空気が抜け、狼刀は前のめりに倒れ込んだ。
「眠っていてもらおう」
男は倒れる狼刀を受け止めると、砕けゆく隕石へと目線を戻した。




