それぞれの切り札
第六十話。切り札はとっておくもの
「さあ、行きますよ」
雷を纏った剣を構え、フォルゴレが歩き出す。
「グルルル」
その動き合わせて、獣達が現れた。フォルゴレの後ろに隠れていただけなのだろう。けれど、その数は予想をはるかに上回る数だった。
「グルルル!」
獣が襲いかかる。
クエラはしっかりと攻撃を受け止めて、弾き返した。しかし、追撃は仕掛けずに構えを整える。
別の獣が襲いかかっても、防いで、弾き返すだけら、
二体同時に襲いかかっても、しっかりと攻撃は防ぐし、反撃は一切しなかった。
同時に、交互に、一斉に、休むことなく襲いかかる獣の攻撃を、クエラは捌ききる。
「防御だけは大したものだね」
クエラの間合いの外側で、フォルゴレが立ち止まった。
「どうも」
「クエラ……とか言ったっけ?」
「自分の名前はクエラヴォスです。略さないでください」
クエラは獣の攻撃を防ぎながら、答える。途切れることない攻撃だというのに、話す余裕はあるらしい。
「クエラヴォスねぇ。守ってるだけじゃ勝てないぞ?」
「わかってます」
「そうかい」
フォルゴレが雷を身に纏い、一歩を踏み出す。その瞬間、クエラの視界からフォルゴレの姿が消えた。
「こっちだよ」
声が聞こえたのは、左側。
「そうですね」
クエラは見もせずに、フォルゴレの剣を受け止めた。
右手に持った剣で左側の攻撃を受け止める。そのせいで無防備になった右肩に獣が噛みつかんと飛びかかった。
「守備魔法」
クエラは左手でフォルゴレの剣を掴むと、右手を素早く回して剣の腹で獣の攻撃を受ける。その衝撃を正面から受け止めるのではなく、体を回転させて獣を壁へと叩きつけた。
左手は回転の途中で剣を手放し、フォルゴレを投げ飛ばす。
フォルゴレは床を何度か転がって、俯せの状態で止まった。
「本当に、防御は大したものだね」
手をついて上体を起こし、膝立ち。次の一歩を踏み出した瞬間、クエラはフォルゴレを見失った。
今度は声も出してない。
見つけることは不可能だ。
それでも、直感に従ってクエラを剣を上に向ける。
フォルゴレの一撃は狙いすましたかのように、掲げた剣に落ちてきた。
「くそっ!」
フォルゴレは体から雷を放ち、瞬時に離脱する。
その動きを目で追うことは不可能だ。
けれど、その攻撃を防ぐことは不可能ではない。
クエラ自身の理解をも超えて、彼の力は敵の攻撃を防いでいた。
「雷鳴一閃」
フォルゴレが放つ神速の一太刀。
クエラは素手でそれを掴むと、半回転して、フォルゴレを投げ飛ばす。
「ちっ……」
フォルゴレの攻撃も速さはあれど、守備魔法を突破する威力はない。 獣達の攻撃など、もはや歩いているだけで躱せる。
唯一の問題は攻撃手段がないことだが、クエラの耳はここに迫る人物の足音が聞こえていた。
「そろそろですね」
「よく耐えてくれた。クエラ」
現れたのは、セイントだ。
「略さないでください」
フォルゴレの攻撃を防ぎながら、クエラは答える。
「わかった」
セイントは小さく頷いて、懐から貝殻を取り出した。それを壁に向かって投げつける。
貝殻が割れると、中から城の廊下にあるのと同じ鎧が飛び出した。
「避けろよ。クエラ」
鎧を隣において、セイントは鋒を二人に向ける。
「名前は略さないでください」
クエラの返事を聞き流し、セイントは剣に魔力を込めていく。それは、白い光となり、剣を包み込む。
「行くぞ! 神聖・光線魔法」
「置換魔法」
セイントの剣から白い輝きが放たれた。
同時に、クエラとセイントの横に立つ鎧が入れ替わる。
フォルゴレの一撃が、鎧を破壊した。
その顔には焦りがありありと浮かんでいる。
「フォーリア!」
光に包まれる直前。フォルゴレは叫んだ。
◇
神聖・光線魔法。
とても強力なかつ、セイントの得意魔法だが、彼が実際に使っている姿を見たことがある人はとても少ない。
理由は簡単。射程内にいるものは、敵も味方も関係なく巻き込まれる大技だからだ。
ブラストと戦った時も集団戦であり、城の中であったため使うことは出来なかった。
この城においても使う機会はないだろう。
セイントはそう考えていた。
しかし、城の警備について話し合っている時に、有効活用する方法が一つ見つかったのである。それがこれだ。
クエラが投獄時に使う魔法と、セイントの一掃する魔法は相性が良かった。
「やりましたかね?」
光を見つめて呟くクエラ。
幅が狭い通路を利用して彼が足止め。セイントは彼が入れ替わるものを用意しておき、セイントが魔法を放った瞬間に、クエラは魔法で安全圏に回避する。
サマルカンド王や学者カイなどの協力があって実現した作戦だ。
「やっただろう」
成功してないはずがない。
そう思いながらセイントは剣を下ろした。媒体となる剣を下ろすと光線も消える。光が消えて現れたのは、獣が積み重なって出来た、小さな山だ。
「あぶねぇな」
その中から姿を現したフォルゴレは無傷だった。
床や壁、天井には多くの亀裂が走ってる。
余波でそれだ。魔法の直撃を食らって無傷なわけはない。
しかし、フォルゴレは無傷だった。
剣こそ持ってはいないが、体に傷らしきものはない。
「死ぬかと思ったぜ」
見た目は変わっていないが、声のトーンは少し低くなっていた。それが示すのは怒り。
フォルゴレの顔を見た瞬間、それは確信に変わった。
「今度はこっちから行くぜ!」
フォルゴレの全身から雷が迸る。
それに合わせて体のほうにも異変が起こった。
腕や脚は太く、長く。上半身はより筋肉質になり、ローブが裂ける。瞬く間に、フォルゴレは人ならざるものへと変わっていた。
「シャァッ!」
元より二回り近く大きくなった体躯から、元よりも速い速度で距離を詰める。
武器は、握り拳――その先に生える雷の爪だ。
セイントは反応すら間に合わない。
クエラはしっかりと剣で受け止める体勢を取ったが、雷の爪は防げなかった。
爪は二人の腹部を抉り、床を砕く。
「速い……」
セイントが膝をついてしゃがみ込む。爪痕は胸から太腿まで続いており、剣を杖代わりにしなければ膝立ちも出来ないだろう。
「くっ……」
それに比べれば、守備魔法を自らにかけていたクエラの傷は深くない。
肩口から腰のあたりまでは爪痕が残っているが、少なくとも自分の足では立っていた。
「次で仕留めてやるぜ」
フォルゴレが右手を高く掲げる。
全身から激しく雷が迸り、壁を破壊し、天井を崩した。
瓦礫はフォルゴレの真上に落ちてくる。
「ウラァ!」
フォルゴレは瓦礫を打ち砕くが、崩れ始めた天井は止まらない。壊しても、壊しても、壊しても、その余波で崩壊が加速するだけだ。
闘争か逃走か。
どちらにせよ、フォルゴレが瓦礫に気を取られている今は好機だ。
けれど、セイントは立ち上がることさえ出来なかった。
崩壊は広がり、フォルゴレの頭上だけでなく、セイント達の頭上にも、その背後にも瓦礫が落ちてきている。
フォルゴレが手を下さずとも、瓦礫に殺される状況だ。
「置換魔法」
セイントの目に映る景色が一転した。
崩れる瓦礫の真っ只中から、階段の中腹へと。近くにも瓦礫は落ちているが、頭上で崩壊は起きていなかった。
「置換魔法」
瓦礫と入れ替わるように、クエラが現れる。
ようにではない。
事実として、クエラは魔法を使って瓦礫と入れ替わったのだ。おそらくは、セイントと同じように。
「降りますよ。セイントさん」
「す、まな……い」
クエラに肩を借りて、セイントは階段を下りていく。
「あ? どこ行きやがった!」
二人がいないことにフォルゴレが気づいたようだが、そんなことを気にする余裕はなかった。
◇
セイントに肩を貸しながら、クエラは階段を降りきった。そこは牢獄まで真っ直ぐに繋がる最後の廊下だ。横幅は上の三倍くらいはあり、廊下を照らす照明の数も多い。そしてなにより、他の場所よりも造りが丈夫だ。
後ろを振り返ると、階段の途中までは瓦礫で埋まっていた。すぐに追ってくることはないだろう。
クエラはへなへなとその場に座り込んだ。
「問題、は……この、あ、……」
セイントが喉から声を絞り出す。
「無理しないでください。自分もあなたも回復系魔法は使えなんですから」
セイントの傷は深く、出血も多かった。このまま対処をしなけらば、まず助からないだろう。
「待っていてください」
セイントを仰向けに寝かせて、クエラは牢獄へと歩き出す。本当なら走りたい場面ではあるのだが、セイントほどではないだけでクエラの傷も浅くはなかった。
「まずは、上に行かないと……」
地下牢獄に使えるものがあるわけではない。
彼は助けを求めるために動き出したのだ。
サマルカンド王とクエラの二人しか知らない秘密の隠し通路を使って、上に行く。他の人にも通路の存在が知られてしまうが、セイントの命には変えられない。
牢獄と通路を分ける鉄格子。その近くにあるが、壁と同じ素材を使っているため知っていなければ気づくことさえできない扉。
クエラは扉を押し開けると、閉める暇さえ惜しんで前に進む。
普段使わない隠し通路であるが故に、整備のされておらず、床はいたるところが割れていた。さらに、道を照らすのは等間隔に設置された灯篭の光のみで、足元さえよくは見えない。
その中を、クエラは何度も躓きそうになりながら進んでいく。
ただ出口だけを目指して、気の遠くなるような道を前へ。前へと。




