謎多き少女達
第五十八話。敵はどこに潜んでいるのか。知る術は少ない。
デュース城に戻った狼刀の目に飛び込んできたのは、そこにはいるはずのない人々の姿だった。
忘れもしない軍服のような服装――エース城の兵士達だ。
中には見知った顔もある。
なかったことになってしまった過去とはいえ、同じ釜の飯を食べ、一緒に鍛錬に勤しんだことある人々だ。
しかし疑問なのは、彼らがなぜここにいるのかということである。彼らはエース城の兵士団で、ここはデュース城。赤よりも青が目立つ内装が、何よりもここがデュース城であると証明している。
その青の中に、純白の二人組がいた。
「またお会いできましたな」
「活躍しているみたいだね?」
ミソロギとセイントだ。
「もしかして、おふたりが?」
狼刀の問いかけに、セイントが頷く。
トレイス城に詳しい人物がエース城にいて、しかも話す機会のある人物だったというのは、狼刀にとって予想外だった。けれど同時に、ミソロギよりも詳しい人などいないのではないかと納得もしてしまう。
「では、お願いします」
「えぇ、行きましょう?」
セイントと兵士団はミソロギの護衛なのだと、狼刀は理解した。
玉座に座る王。
その目の前にテーブルがあり、四つの椅子が置かれていた。空席はない。狼刀とミソロギとセイント、そしてハーティルがそれぞれ座っていた。
「さっそく教えてもらえますか?」
狼刀が開口一番に訊ねる。
「まあ、そう焦らずに」
セイントが静かな口調でたしなめた。
狼刀に対する口調にトゲがあるのは、今回のループにおいて関わる機会が少なかったからだろう。彼と会ったのは、リヴァルを退けたあとにブラストと戦った時と、翌朝の見送りの時くらいだ。
「そういえば、スクラヴォスじゃないんですね」
城にいたのは兵士団だ。彼らのリーダーは新たに兵士長となったスクラヴォスのはず。セイントがいるならば、引き連れているのは近衛兵団ではないのか。
「元はその予定だった」
「元は?」
「私と交代になったのだ」
セイントは頭をかいた。
「奴はスペーディア様との面識すらないからな」
「ああ、なるほど」
ミソロギだけでなく、セイントもトレイス城に詳しい人物ということだ。護衛を兼ねて、もしくはエース城の警備を疎かにし過ぎないためにこうなったのだろう。
「焦っても仕方ないね?」
話が一区切りついたところで、ミソロギが口を開く。
「でも、世間話をするために来たわけじゃないでしょう?」
「わ、わかってます」
セイントは咳払いをしてから、改めて狼刀を見た。その視線は、すぐに隣の王へと移る。
「まずは、サマルカンド様から王族について、お願い致します」
「わかった」
王はゆっくりと語り始めた。
「エース城、デュース城、トレイス城は三勇城と呼ばれ、勇者の血族、つまり伝説の勇者の末裔たる王族が守る城である。
その中で、トレイス城の王はシャルムーン・ジャンヌ・トレイス殿。亡くなられてしまわれたのだろうが、我らよりは強い王だった。
勇者の血族とはいっても、皆が特別な力を持っている訳では無いのだ。
私は病弱であるし、ローレンス王も強いという話はうかがわない。それに対して、シャルムーン王は魔法適性があり、剣術の実力についても低くはない、むしろ、それなりに強いという話さえ耳にした。
交流をしていたわけではないので、真実はわからぬが。
ただ、その強さも王子達ほどではない。と言われておる。というよりも、次期世代である王子達と王女が勇者の血族としての力に恵まれておるのだ。
武勇に優れた、我が息子のサマルスカイ。エース城で最も高い魔法適性を持つといわれるローレンツ王子。そして、魔法適性は全くないが類稀なる剣の才能と、最強の格を持つスペーディア王女。
未来は明るい、はずだった。
はずだったのに、現在は三人とも行方も生死もしれぬ身となってしまったのだ」
サマルカンドはそこまで言って、押し黙る。
似合わないくらいの長台詞だったが、誰も余分な口を挟むことはしなかった。
「ありがとうございます」
セイントが頭を下げたのを見て、慌てて狼刀は頭を下げる。本題ではないにせよ、この世界の知識がない狼刀にとって価値のある話であったことには間違いないのだ。
「次はミソロギさん。スペーディア様について。偏見無く、簡潔に、お願いしますね?」
簡潔に、の部分を強調するように、セイントは言った。
その意図が伝わったのか、ミソロギは困ったような顔を浮かべる。が、その顔は一瞬だけだった。
「名前はスペーディア・ジャンヌ・トレイス? 年齢は君のいた世界に照らし合わせて考えると、十八といったところかな? 生まれた日を祝うという概念はこちらには存在しないものだね? 血に型番をつけて分類するというのは、こちらでは難しいだろうね? あとは――」
「簡潔に、とお願いしましたよね?」
王の言葉は切らなかったが、ミソロギの言葉は遮るセイント。その違いは、内容もあるだろうが、相手との立場の差もあるのだろう。
「わかったよ?」
ミソロギは肩を竦めて、ため息をついた。
「銀髪の美少女で、とても強い? 一級品の剣術と格の相性がいいことも強さの一因だね? あとは割愛させてもらうけど、血筋かな?」
「そこは略さなくて大丈夫です」
「そうかい? なら、説明させてもらうよ?」
ミソロギが懐から、出席簿を取り出す。否、あれは本型の魔法機――想創聖書だ。
ミソロギはその中から、長い銀髪の少女の人形と、銀髪で大柄な老人の人形を取り出した。
「彼女の曾祖父に当たる人物はドンバルディエ・リーパーという名でね? 騎士団長を務める家系の人だった?」
「騎士団はエース城でいう兵士団、近衛兵団に当たるもので、騎士団長は基本的に世襲制だ」
騎士団という単語を聞いて、セイントが補足を加える。
「彼には子が複数いてね? 騎士団長を継いだ長男の名がバルバロッサ? そして、当時の王に見初められて嫁いでいった娘の名がサラインだ?」
左目に傷のある男とウェディングドレスを着た女の人形が増えていた。ミソロギはさらに、豪華な服を着た男の人形を取り出す。
「その娘の子がシャルムーン王? スペーディア王女の父ですね? そして、彼女の母に当たる人物は、イザベラ・マージュ? 彼女にとっては剣の師でもあったみたいですね?」
新たに取りだした修道服を着た女の人形は、イザベラなのだろう。
「しかし、出生や経歴は不明です? どんな経緯で王に見初められることになったのかもね?」
「彼女も行方不明だと聞いています」
セイントが補足する。
「死んでるとは思うよー」
「なっ……!」
ここでは聞こえないはずの声が聞こえた。
「ほう?」
狼刀が振り向く。
他の四人の視線も、新たに現れた少女に集中していた。
「あはっ。驚きすぎじゃない?」
少女――ステイマーは可愛らしく首を傾げる。
「どうやってここに!」
王が立ち上がり、声を荒げた。
「どうって? あたしは、何もしてないよ?」
ステイマーは手をひらひらさせて、何も持っていないことをアピールする。だが、それを信じる人はいない。
「彼女は邪神教の神官です」
狼刀は二刀流の構えをとった。
セイントは純白に輝く両刃の剣を正眼に構え、ハーティルは鉄製の錫杖を左手に持って、右手も構える。
ミソロギはサマルカンドの斜め前に立ち、本を開いた状態で少女を見据えた。
「あたしは武器持ってないんだからさぁ。警戒しなくてもいいんだよ?」
四人が戦闘態勢を整えても、少女は武器を構えない。ただし、戦闘の構えが出来ていないかといえば、話は別だ。
「お前は獣使い……だろ?」
「へぇ。そんなことまで知ってるんだ」
ステイマーは怪しく微笑む。
「じゃあ、あたしたちの目的も知ってるのかな?」
ステイマーが一歩後ろに下がった。
狼刀が一歩踏み出し、セイントとハーティルも距離を詰める。
ステイマーがさらに一歩下がった。
向かってこないということは、目的は王などではない。獣もいないということは、ここで戦うつもりはないということか。
「……捕らえた神官か!」
「正解」
叫んだのは、ハーティルだ。
ステイマーは笑顔でウィンクをして、その考えを肯定する。
「でも、もう手遅れかもよ?」
ステイマーは後ろを向いて走り出した。
クレバー達が目的で、ここで足止めをするわけでもない。それならば、彼女がここに現れたのは何故なのか。
「ま、待て!」
疑問は尽きないが、逃がすわけにはいかない。
あとを追いかける狼刀とセイントとハーティル。
その前に、ステイマーと入れ替わるように入って来た男が立ち塞がる。
「行かせねぇぜ」
両手の手甲に剣をつけた武器――パタを使う男。彼も、邪神教の神官だ。
オルダー達を越えた先に待ち構えていた神官達が、今、オルダー達を奪還するために攻めてきた。
「防砦魔法」
ハーティルが立ち止まり、魔法を発動する。
その範囲は狼刀にはわからない。けれど、セイントは足を止めずに走っている。
ハーティルの目的は、神官を足止めして、狼刀とセイントを先に行かせることか。
「頼むぞ、ハーティル!」
その思いも無駄にしないためにも、狼刀は足を止めなかった。